表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/21

九話「推しが家に来ている」

 俺は萌香が配信をするときは、その気配を察して家から出ている。

 だって、萌香の配信の邪魔をしたくないのだ。妹は俺が出演することに何故か乗り気なのだが、取り敢えず俺は一般人なので邪魔はしたくない。


 後でアーカイブを見直すのが楽しみになっている健やかな休日。俺は少し街にまで買い出しに出かけていた。

 少し大きめのショッピングモールへと足を運んでいた。こうやって、必要な買い物をしながら、ウィンドウショッピングをするのも乙なものである。


 こうやって時間を潰して、そろそろ帰路に着こうかと思った、矢先のことだった。


「あのぉ……すみません、ちょっと聞きたいのですが」

「ん? 俺ですか?」


 唐突に女の子に話しかけられた。背丈は小さめの女の子で子供かな。もしや迷子だろうか? 

 と、思っていたら案の定……迷子、いや道を聞かれただけだった。

 女性は自身のスマホを取り出して、マップを表示させる。すると表示された場所は俺もよく見覚えのある所だった。


「あっ、ここなんですが……」

「えっ」


 っていうかこれって……。俺の家じゃん……。

 何回も見直しても、表示されている場所は俺の家だ。もしかして住所を間違えているのか? 


「お友達の家に遊びに行こうと思ってて……でも、迷子になってしまって……」


 と、友達……。

 俺にこんな女の子のお友達はいない。だとすると……萌香か? 

 うむ、考えても仕方ない。俺の方の素性を先に明かしておくか。


「ふむ、ここは俺の家ですけど……何かご用ですか?」

「え!? じゃあ、貴方がお兄さんですか!?」


 おおっと、急に大きな声を出すなぁ……。

 しかし、俺のことを知っているとは……いや、もしかして秋風幽香関係の人だろうか? そう思ったらどこかで聞いたことのある声だな。


「えーっと、貴女は?」

「あ、僕は秋風幽香さんの後輩の天春照美ですっ!」

「え?」


 ほわっとした笑顔を浮かべて俺に言ってくる彼女。

 バチバチ聞いたことのある人だった。


 ────


 あの後、家にまで案内すると、中からおめかしをした萌香が出てきて出迎えてきてくれた。

 二人とも手を取り合って、はじめましてって言っているので、初対面なのだろう。しかし、萌香がここまでテンションが高いのは初めて見た。

 まあ、それものはずである。てるみんと幽香は仲がいい設定……、いや設定でもなくガチで仲がいい。

 幽香がよくコラボする相手がてるみんであり、俺はてるみんの配信から幽香の存在を知ったのだ。


 そう……天春照美は俺の推しである。

 一回だけ仕事のストレスなんかで、少し落ち込んでいた頃。天春照美の配信を偶然目にした。そして……なんだろうな。何故か心に染みたのである。ほわっとした喋り方に優しそうな雰囲気の彼女。よくリスナーがママと言っているのが分かってしまうような女の子だ。


 そんな配信が心に染みてしまったのだろうか。あれ以来ずっと見ているのだ。

 推しが家にいる事実に打ち震えながらも、俺は必死に心の中で呪文を唱えていた。


 中の人と天春照美は別人。そうだ、Vファンとして、これだけは忘れたらいけない。

 俺はてるみんが好きなのであって、中の人は違うのだ。中の人は萌香の友達。浮かれないで、ちゃんとお客さんとして相手をしよう。


「お茶どうぞ」

「あっ! ありがとうございます〜!」

「お兄ちゃん、私の〜!」

「はいはい、ちゃんと用意してるよ」

「ありがとっ!」


 お茶を飲みながら、笑顔で話し始める二人。

 ふむ、プライベートでも仲がいいと配信の時に話していたのだが、どうやら本当のようだ。萌香が初対面の人とここまで打ち解けて話ができる存在はまったくと言っていいほどいない。

 それほど二人の波長が合っているということなのだろう。

 喜ばしいことだが、少し妬けてしまうなぁ。


 天春さんはどうやって妹と打ち解けたのだろう。ちょっと聞いてみたくなった。


「天春さんは妹とどうやって仲良くなったの?」

「ああ、僕が始めに幽香先輩のファンですってお話したんです。そして、そのままお話してみると、趣味も合ってて、お話するのが楽しくなちゃって」

「そうだよね! お兄ちゃんの事もよく話したんだよ」

「えっ、俺の事も? はは、恥ずかしいな」

「幽香先輩がお兄さんの事をすっごく幸せそうに話してて、ああ、本当に優しい人なんだなって思ってました。ずっとお会いしたかったです」


 やばい、さすがにこれはまずい。

 少し泣きそうになってきた。ここまでストレートに言葉を投げかけられたのは初めてで、ストンと俺の心に入ってきた。

 俺は慌てて、席を立つ。


「あ、ごめん。少し席を外すよ」

「はい」

「この後配信するからね〜」

「はいはい、物音は立てないようにするよ」


 そして足早に、トイレへと駆け込んだ。

 そうだ、お友達が来ているんだから、こんな所で涙なんか見せちゃいけない。俺は強いお兄ちゃんでいないといけないんだ。

 さっきの言葉を反芻しながら、静かに涙を流した。ダメだな、ここ最近ちょっとのことで泣いてしまう癖がある。さっきのは不意打ちだ。もう大丈夫。


 よし、もう行こう。

 俺は涙の跡を見せないように、顔を洗いタオルで拭いた。

 そして、物音を立てないようにリビングへ戻ると、いつのまにかPCを持ってきて二人で並んで喋っている。

 どうやら配信が始まったようだ。


 俺は踵を返して、部屋へ向かい、配信を見ようとポケットからスマホを取り出そうとしたのだが……。あれ? 無い? 

 なんでだ? もしやどっかに忘れてきたとか? 

 ああ、そういやリビングに置きっぱなしにしていたな。

 仕事の連絡とかも入るかもしれないし、慎重に取りに行こう。


 俺がリビングへ入ると、机の上に画面が上になるように置かれているスマホを見つけた。

 二人は物音を立てないように入ってきた俺を気遣い、何事もないように話している。

 良かった、ここで萌香が『お兄ちゃん! 来た!』とか言わなくて。

 そしてスマホを取ろうとしたその時だった。


 俺のスマホに通知が来たのである。

 ブブッっと振動がして、画面が表示される。どうやら、大岩さんからのlimeらしいが……その表示された画面が問題だった。


 俺のスマホに天春照美の壁紙が映し出されたのだ。

 画面を上向きにしていたので、当然二人の目に入るわけであり。


「え? お兄ちゃん……?」


 口を開けてビックリしている天春さんと、何故か呆然として呟いてしまった妹。

 コメントでは。


 ・えっ! 

 ・お兄ちゃんキター!? 

 ・お兄ちゃん! 俺と結婚してくれ! 

 ・てるゆうコラボでまさかの兄登場!? 


 と、流れていたという……。

 えー、東雲純。推しの壁紙をロック画面にも設定してしまっていてそれを推しに見られるという大ポカをやらかしました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ