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七話「私のお兄ちゃんです」

 秋風幽香として活動を初めて早、二ヶ月がたった。

 今や、登録者数1万人を誇るチャンネルとなってしまっている。1万人……。それだけ多くの数の人が私のチャンネルを登録して、私の動画を見てくれているとは到底思えなかった。


 そして、私は通信制の高校にも通っている。お兄ちゃんに勧められて入った高校だ。

 流石に企業に所属する上で中卒はまずいだろうと思って入った学校。

 一ヶ月に一回だけお兄ちゃんを連れて登校する日がある。


 今では少しだけ話す人もいて、それなりに楽しい。

 Vtuberという活動の中で、喋ることに抵抗がなくなるってかなり良いことだと思っている。


 でもまだまだ、お兄ちゃん程の稼ぎにはなっていないのでお兄ちゃんには内緒だ。

 お兄ちゃんに喋るのはお兄ちゃん程の稼ぎになってから、私はそう決めていた。


 しかしなかなか厳しいものがある。

 収益化も通り、スーパーチャット(投げ銭)みたいなのもしてくれるようになって大変ありがたいんだけど、それでもやっぱり企業にも何%か渡さないといけないので、まだまだお兄ちゃんの稼ぎには達してはいない。


 どうしようかと思っていた時だった。


「なんだ? 考え事か? 萌香」


 私の長い髪をくしで丁寧にとかしてくれる。

 上を向くとそこにはお兄ちゃんの顔。切れ長の目だけどどこか優しそうな雰囲気を感じる顔。全体的に整っていて、私がボーッとああ、お兄ちゃんってやっぱり綺麗だなぁって思ってしまう程の美形。

 私はお兄ちゃんの手を取って、私の頬に当てる。暖かい。私の好きな温もりだ。


「おいおい、どうしたんだよ」


 お兄ちゃんは苦笑しながら、私の頭を撫でてくれる。

 お兄ちゃんのことは好きだ。とても。昔から私に構ってばかりのお兄ちゃん。だけど一度も疎ましくなんて思ったことなんかない。


 だからこそ、お兄ちゃんを振ったという女が許せなかった。

 昔、両親がいた頃、お兄ちゃんが彼女を家に連れてきた。確かに美人ではあるが、それは作られたものって感じがして、私は少し苦手だった。

 でも、お兄ちゃんが選んだ人だから、優しい人なのではないのか、そう思っていたのに。


 ある日お兄ちゃんが泣きながら帰ってきた。

 お兄ちゃんが泣くなんて珍しくて、心配になってお兄ちゃんの側にいた。

 布団にくるまって泣いているお兄ちゃんの頭を撫でながら何時間も側にいたっけ。


 そして徐々に泣き止んで行ったお兄ちゃんの口から出た言葉は到底信じられない言葉だった。


「……俺の事は……キープだって言ってた……。あの子が他の男と歩いてるから……なんでか聞いたら……隠しもしないで……」


 その瞬間、私の頭の中の何かがプッツンと切れた。

 お兄ちゃんの部屋から駆け出して、リビングに向かって包丁を手に取ったけど、その場でお兄ちゃんに取り押さえられて、泣きながら「ごめん! 大丈夫だから! 俺はもう大丈夫だから!」と言ったので、一旦は落ち着きを取り戻したんだっけ。


 だけど、あいつを許せるはずもなく、次にお兄ちゃんの前に出てきたら容赦なく排除するつもりだ。


 お兄ちゃんは優しい。

 お兄ちゃんは超がつくほどのお人好しだ。なので、お兄ちゃんを利用するような女が群がってくる。だから、私は考えた。


 お兄ちゃんのお嫁さんを私が探したら、良いのではないだろうか? 


 もちろん最終的な判断はお兄ちゃんと相手の人に任せる。でも、お兄ちゃんと私の信頼できる女の子を引き合わせるだけなら良いのかもしれない。

 というわけで早速お兄ちゃんのお嫁さん探しを始めた。


 しかし私の交友関係からお兄ちゃんのお嫁さんにふさわしい人物は三名ほどしかいない。

 旭ちゃん、燕ちゃん、大岩さんだ。


 旭ちゃんは今となってはかなりコラボも重ねてきている。

 なのでどのような人となりなのかは分かってるつもりだ。


 まず旭ちゃんは優しい。もしかしたらお兄ちゃんと同じレベルぐらいで優しいかもしれない。

 どんなに些細なことでも褒めてくれて、それが自信の向上にもつながる。

 例えば──。


『うわ〜! ごめんなさい! 撃ち負けちゃった!』


 私と旭ちゃんがコラボでFPSゲームを一緒にプレイしていた時のこと。

 私はあまりゲームが得意ではなく、こういった撃ち合いとかがすこぶる苦手だ。

 すぐに死んじゃうし、迷惑かけてるかなって思って、ビクビクしてたんだけど。


『大丈夫だよ〜! それにさっきのエイムすごく良かったね! 幽香ちゃんが削ってくれてるからすぐに倒せちゃった!』


 と、笑いながら一パーティーを壊滅させていた。

 それにリカバリーもすぐに入ってきてくれて、私は足を引っ張っていたのに。


『安心して! 私がカバーに入るね!』

『ナイスキル! すっごくカッコ良かったよ幽香ちゃん!』

『あ〜、ドンマイだね。でもさっきの動きは良かったね! この調子でいっちゃおう!』


 などと、褒める褒める、褒め倒してくれる。

 うえ、うえへへへ……。褒められて嫌な気はしない。

 失敗でもちゃんと褒めてくれる旭ちゃんは私のママだ……。


 次に燕ちゃん。

 燕ちゃんはとにかく元気だ。その独特な関西弁でかなりの人気を博している。

 実は燕ちゃんが一番最初に登録者1万人を突破して、「たはは、ほんまにええんかなぁ?」なんて話していた。

 彼女は陽のオーラを醸し出しているが、肝心なところでチキンなところもあり、それがギャップにつながっているのかもしれない。


 ちなみに、ホラーゲームが大の苦手で、よく視聴者の鼓膜を破いている。

 私とホラーゲームをやっている時も、「幽香ぉ……ゆうこぉ……、まってくれやぁ……怖いねん……うち怖いねん……」なんて半泣き声で喋っていた。かわいい。

 ホラーゲームで叫び声一つあげない私とは全然ちがう。

 お兄ちゃんも、この守ってあげたくなるような雰囲気に弱いかもしれない。


 私も少し、狙っていった方が良いのかなって思って、「怖いよお」なんて言ったら視聴者に。


 ・は? 

 ・嘘つけ

 ・ゆうゆうなら幽霊ぐらい殴り殺せるだろ


 なんて散々な評価だった。

 何もそこまで言わなくても……。


 そして最後に私たちのマネージャーである大岩さん。

 大岩さんは礼儀正しくて、年下の私たちにいつでも敬語で話してくれる。

 それに、配信の後必ずメッセージもくれて、「今日も面白かったです、明日もこの調子で頑張っていきましょう」とくれる、大人の女性って感じだ。


 ただ、あまり自分のことを表に出さない人で、プライベートな話を一切したことがない。

 ただ私からお兄ちゃんのお話をしたら、「へ、へえ……その方もBLがお好きなんですね……」って言っていた。

 うん、大岩さんは間違いない。腐女子である。

 腐男子であるお兄ちゃんとは話が合うかもしれないけど、もしかしたら、お互い地雷を踏みぬいて、地獄絵図が出来上がってしまう可能性もあるので、大岩さんは一旦保留と言う形にしておく。


 さて、この三人(実質二人ではある)の中からどの子を選んだらいいのか悩むところだ。

 でも、お兄ちゃんと他の女の人が一緒にいたらなんでかモヤモヤするんだよなぁ。なんでだろう。


 でも、取り敢えずはお兄ちゃんのプレゼンをしなきゃだよね。


『こんにちは〜! 今日もやってくよ〜!』


 ・こんちわー

 ・ゆうゆう今日もかわいいよ

 ・今日は何するの? 


『今日は雑談でもしようかなって思ってるよ。私のお兄ちゃんの話でもしよっかな』


 ・ゆうゆうのお兄ちゃん? 

 ・おっ、男の話とは挑戦的ですな

 ・ゆうゆうに男!? 


『いやいや……普通に私のお兄ちゃんだよ……でね、お兄ちゃんがこの前ね……』


 と私はお兄ちゃんの話をし始める。前に髪をとかしてもらった時の話や、今までのお兄ちゃんの優しさなどを、話進めていく。

 この目的は、おそらくこの配信を見ているであろう、旭ちゃんや燕ちゃん。それに二期生の応募も決まったので、まだ見ぬ二期生の人たちへのプレゼンみたいなものだ。

 こうして喋り続けていたら、いつのまにか一時間ぐらい経っていた。


 おっと、今日はここまでにしとこうかな。


『じゃあ、みんな今日はここまでにしておくね。おつー』


 ・オニイチャンスキ……

 ・一時間も兄貴の事を途切れず語っていくヤベー奴

 ・頭がおかしくなるかと思ったゾ……

 ・もうすでに手遅れのやつが居るんだよなぁ……

 ・妹がヤベーブラコンなら兄もヤベーシスコン


 その後この配信は話題を呼びに呼び、切り抜き動画まで大量に作られていき、急上昇にも下から数えた方が早いが、入ってしまった。

 その後私のチャンネルが四万人にまで増えて、少し怖くなってしまった。

 私のファンは全員、私のことをとんでもないブラコンだなんて言ってくる。失礼するなぁ、私はただお兄ちゃんの優しいところを語っていただけなのに。


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