四話『語り合う』
休日。
突然ではあるが、俺は今アニメショップにいる。
理由としては、妹の配信スケジュールを見て今日はゲームをやると書いていた。
妹がゲームをやる=巻き込まれる可能性が高い。その事を察知した俺は妹に「欲しいBL本があるので買ってくる」と告げ、家を出たのだった。
BL本と言った瞬間、妹が遠い目をしたのは気のせいであろう。そうに違いない。
まあ、兄が腐っているなどと、あまり表立って言うことではないし萌香としては複雑なのだろう。
それと、家を出る前に萌香が配信を始めたので、スマホで少し様子を見ようと画面を開いた瞬間、バンっと、大きな音がした。どうやら机を叩いたのだろう。
『ごめんなさい、ビックリしたよね。虫がいて殺しちゃった。えへへ』
・ヒェ……
・ここ最近クソ雑魚だったのに……
・急なサイコパスムーブはやめて……
・虫さん……成仏してクレメンス……
・お兄ちゃん助けて
すまん、助けてやれないんだ。
しかし、妹のサイコパスムーブを初めて見たような気がする。2Dのアバターから発せられる独特の暗いオーラは見るものを恐怖させるだろう。しかも何故か笑っているのが尚更怖い。
少し話が逸れた。
一連の流れは上記の通りである。
しかし、欲しいBL本があったのは事実であり、ようやく今日が発売日なのだ。かなり人気の作者なので、もしやすると売り切れているのかもしれん。もしそうなった場合は電子版……いや電子版が出るのは一週間後……待てるか! そんな長い時間!
うおおおおお! 同級生の自称ノンケの男の子が、不意に友達の見せた色っぽい所作を目のあたりにして、心が何故かドキドキするけど、男だからそんなことはないと自分に言い聞かせながらもついつい目で追ってしまう。しかし、友達はそんな視線に気がついていて……? (ここまでがあらすじ)という純愛物を読みたいのだ!! 俺は! 一刻も早く!!
アニメショップに入り、真っ直ぐとBLコーナーへ向かう。
ここで必要なのは羞恥心などという物を捨てること。好きなジャンルの好きな作者様の本を読みたいという気持ちがあれば、恥ずかしいなどという感情は消え失せる!
俺はランキングコーナを物色して、目当ての本を見つける。
流石、俺の敬愛する『ことぶき先生』だ、堂々のランキング1位。見事である。しかしながら本は最後の一冊。俺は手早く手を伸ばしたのだが、横からスッと出てきた手と触れ合ってしまった。
反射的に手を引っ込め、相手を見て謝る。
「あ、すみませ……え?」
「え? お兄さん?」
手が触れ合ってしまった人とはマネージャーの大岩さんだった。
前にあったスーツ姿ではなくラフな格好をしている。前はかけていなかった眼鏡をかけており、前はキリッとした雰囲気だったのが、今はおっとりとした印象だった。
多分……この本が目当てだよな……ということはお仲間……。こ、これはお譲りした方が良いのだろうか……。しかし、これを逃すと一週間後……。くっ!
「お、お譲りします……」
「えっ!? そんな!」
「妹がいつもお世話になっておりますので……」
俺は後ろを振り向き、唇を血が出るほど噛み締める。
この本は通常の本屋に売っていないので、やはりここに集まってしまうか……。
そうして悲しみに打ちひしがれていたら、大岩さんが話しかけてきた。
「……お好きなんですか?」
「まあ、数少ない趣味の一つです」
「だったら、カバーつけてもらうので一緒に読みませんか?」
「いいんですか!?」
「は、はい……」
おっと、つい興奮してしまい顔を近づけてしまった。
大岩さんがビックリしているだろう俺の大バカ者め。
反省しつつ離れ、後で合流しましょうと言って、他の本を物色し始めたのだった。
────
「ぐっ……カズヤ……お前というやつは……」
「ですよね……ですよね……カズヤくんがヒロくんに涙ながらに『何でかお前を見てしまうんだ、この感情を教えてくれよ』ってセリフ……うう……」
「そしてヒロが……『大丈夫……心配しなくて良いよ』って優しく抱きしめて……ぐぅ……」
俺たちは近くの人気のない喫茶店に入り、本を読み始める。
しかし……こんな神本を軽率に世に放ったら駄目だと思う……。
一体この本を読んで尊死した人間が俺たち含めてかなりの数がいるぞこれ…………。
「そしてシンプルに顔が良い……」
「わかる……」
一言一句、大岩さんと感想を言い合い、それを噛み締めていく。
いやしかし……こうやって誰かと好きなものについて語り合うなんて機会が滅多になかったのでめちゃくちゃ楽しい。
自分の後ろめたい趣味が全肯定されているようで心地よいな……。
「大変面白かったです……」
「ですね……素晴らしい」
語彙力を無くした俺たちは本に向かって手を合わせ、拝み始める。
うん、電子版買うよ……絶対……。
そして何気なく時計を見ると、もう夕方になっていた。
もうそろそろ夕飯の準備をしなくてはならない時間だ。それにこれ以上妹を家に一人にはさせられんしなぁ……。
「あの、今日はありがとうございました」
「いえ、語り合えて大変面白かったです」
そういうと、大岩さんがおもむろに携帯を取り出し、とあるアプリを起動させる。
「あの、もし良ければで良いんですが……Lime……交換しませんか?」
Lime、それはトークアプリだった。一対一でメッセージのやり取りを無料でできる便利なアプリである。
そういえば、昔妹との連絡用にとアカウントを作ったままほったらかしにしていたな……。
萌香の奴、既読無視がデフォルトだからな。
それに……ここまでBLの事に語り合える人と出会ったのだ。つまりもう友達と言っても差し支えないだろう。あるかもしれないが。
それに、大岩さんと交換しておいて損な事はないだろう。俺の知らない妹の様子の事も聞けるかもしれないしな。
「良いですよ、交換しましょう」
「ありがとうございます……!」
こうして俺たちはLimeの交換をして、別れたのだった。
シノノメ 今日はありがとうございました。
オオイワ いえ、今度おすすめのBL本などがあったら教えてください
シノノメ 喜んで