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二十一話「エーリカさんは一番マトモ」

 一週間のうち、エーリカさんに会う機会は意外な事に多かった。

 割と彼女は事務所のスタジオに常駐しているみたいで、たまにエメリーさんから送られてきた、曲のデモみたいなのをかけながら歌っていた。

 彼女は歌唱力はかなりある方で、元素人とは思えない程の声量もある。

 素人目から見ても感動する歌声だというのが分かるだろう。


 Vtuberというのは声が生命。

 イラストなど、それらもVtuberを構成する大事な土台の一つではあるが、それは有名になる手段でしかない。

 やはり、一番大事なのは声であり、トークの面白さでもある。

 ずっと聞いていられる声かどうか、それが一番大事な事だろう。

 その点で言うと流石、企業勢として入れるだけある。


 俺はマネージャー業を大岩さんにいろいろ教えて貰いながら、エーリカさんとコミュニケーションを取る事を優先した。

 こういう子は手っ取り早く、ビジネス上仲良くなっておいて損はないだろう。


 そんなある日だった。


「お兄さん……!」

「ああ! 旭さん!」


 久しぶりに旭さんの顔を見かける。

 よかった、元気そうで何よりだ。


「お久しぶりです! トライアングルのマネージャーになったって本当だったんですね!」

「はい、三期生限定ではあるけども」

「……でも、これからはお兄さんと一緒にお仕事出来るかもしれないんですね……。私、とっても嬉しいです!」

「そうだね、改めてよろしく」


 俺は旭さんと握手を交わす。

 どうやら、一旦休止していた配信も明日には復帰するみたいで、安心した。

 でも、あまり無理はしないで欲しい。


「あの……で、ちょっと……お願いがあるんですけど……」


 旭さんが上目遣いで、体をモジモジさせながら途切れ途切れになりながらも言葉を紡ぎ出す。

 お願いとはなんなのだろうか? 一応、俺はこれから一緒に働く仲間として、いつでも相談に乗ってあげたいと思っている。

 遠慮なしで言って欲しい。


「こ、今度、お茶でも……どうかなぁって……えへへ」


 旭さんが綺麗な金髪の毛先をくるくると回す。

 顔も真っ赤で、かなり無理をしているようだけど、本当に大丈夫だろうか。

 しかし、旭さんにもトライアングル関連で聞きたいこともあるし、この誘いは乗っておこう。


「うん、いいよ。今度時間を取るね」

「あ、ありがとうございます!」


 そう言って旭さんは足早に、顔を両手で抑えながら去っていった。

 一応、limeは前に聞いたので後で日程を送ってあげよう。

 と、自身のスマホのカレンダーに予定を入力していた最中だった。


「旭先輩……? 今の、随分仲良さそうだったけど……」

「え? ああ、そうだけど」


 いつのまにかスタジオからエーリカさんが出てきていたようだ。

 俺の横で険しい表情をしながら立っている。


「……なるほど、旭先輩までも毒牙に……?」


 俺は思わず、後退りしようとしてしまう。

 だって……エーリカさんの後ろにゴゴゴって擬音が付いてそうな勢いのオーラが発しているように錯覚してんだもん。


「……もしかして、マネージャー……ここに彼女作りに来てる?」

「そんなことは断じてない、信じてくれ」


 俺はしっかりとエーリカさんの目を見て言う。

 俺はちゃんと仕事として来ているし、今の俺にはそんな余裕はない。俺は萌香を養っていかなきゃいけないんだ。

 まあ、今は収入的に俺なんか必要は無いだろうが、それでも俺は……! 


「……はぁ、まあ……信じる」

「……急だな」

「だって、今さっき旭先輩と握手した時、握手してない方の手……めっちゃ“震えて”たけど?」

「……」

「女嫌い?」

「いや、断じて違う。ただのトラウマみたいなものかな」


 まさか、エーリカさんに気づかれるとは思っていなかった。

 なんとか隠しているつもりだったのではあるが……。

 お喋りするのは問題ない、普通に女の人と会話は出来る。

 だが……どうしても触れるとなると……。


「ま、どうでもいいけど」


 心底興味なさそうに、エーリカさんは歩き出し、突然立ち止まって俺の方を向いた。


「あと、エメリーとススを空いてる日に無理矢理にでも引っ張ってくるから、連絡先教えて」


 俺は突如、真面目モードになるエーリカさんを見て、少し呆然とする。

 エーリカさん、もしかしてすごく良い子なのではないのだろうか? 

 まあ、三期生のリーダー役とも言える彼女だ、このくらいじゃないとやっていけないのだろう。


「なに、ボーッとしてんの? 早くしてよ」

「ああ、ごめんごめん」


 まあ、口は悪いが良い子なのだろうと俺は思い込む事にした。

 しかし、俺は思っていなかった。このVtuberバンドグループ『ARMORED GIRL’S』略してアマガ……。

 俺は、エーリカさんが一番の問題児なのかと思っていたのだが……。


「えっ…………あっ……あ……こ、こここ」

「うんうん、なるほどなるほど……ススちゃんは『こんにちは! マネージャーさん! 私はマグノリア・ススです』って言ってるよ! マネージャー! アタシ、ハリ・エメリー! もう帰っていい? つーか帰る!」

「ダメ! ここに居ろ! エメリー! というかススは焦らないでいいからゆっくり喋れ! なに言ってるか分かんない!」


 エーリカさんが多分一番マトモだった件。

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