十五話「旭」
私には何もなかった。
頭もさほど良くなければ、運動もさして出来ない。親にも何も期待などされておらず、一個上の兄には冷たい目線で見られる毎日。
だから私は自らを着飾って、周りを威圧していたのだろうか。
気づけば髪は金に染め、耳にはピアスを開けた。
親は最初はビックリしていたけど、私には何も興味はないようで、すぐに見向きもしなくなった。
そうやって着飾って生きてきた代償として周りからは問題児として扱われ、私の周りに寄ってくる人間は私と同じようなロクでもない人間ばっかりだった。
私の周りで大きな声で騒ぐ女子たち。正直言って苦手だった。
でも、ここまできたらどうしようも無くなって、引き下がれなくなって、私はこの状況を甘んじて受け入れてしまっていた。
しかし、そんな私にも転機となる日が訪れた。
私は周りには隠しているが、オタク趣味を持っている。美少女アニメを見て、更には周りの目を掻い潜って美少女ゲームまで買っている筋金入りだ。
ゲームの中の女子は良い。みんないい子だし、キラキラしてて、それでいて優しい世界。
主人公の男の子と恋愛をして最終的には結ばれる。そんな青春を私はゲームの中で過ごしていた。
そして、私はいつものようにゲームの新作発表をMytubeで見ようと思っていた時のことだった。
ちょっとした配信が私の目に飛び込んできた。
名前は『黒鞠コロン』という二次元の美少女アバターを使って配信する、所謂、Mytuberというやつだった。
『いや〜私も、トライアングルのオーディション受けようかにゃ〜』
・お前には無理だ
・諦めろ
・年齢を考えろ
『なんてこというにゃ』
思わず吹いてしまった。
その人はリスナーとの掛け合いも面白く、イジリに対して適確なツッコミを入れるのが上手く、笑ってしまった。
「凄い……! すっごく面白そう……!」
その時の私は目を輝かせていたと思う。
私は元々配信者というものに興味はあった。しかし、顔を出すのがネックで、声だけとも考えたこともあったが、色々あり断念していたのだが……!
「やってみたい」
もしかしたら私は、この時生まれて初めて自発的に行動できたのかもしれない。
配信のやり方を学び、機材もゲームを買うために貯めていたお金で買った。ゲームが出来なくなってしまったのは非常に残念だが、それでも私は止まれない。
黒鞠さんが言っていた『トライアングル』というVtuber事務所にまずは所属するという事を目標に立てた。
声のチェックを欠かさず行い、どの声が、一番透き通るように聞こえるかどうか日々鍛錬した。
トライアングルのHPに三人のキャラクターが公開されているが、私が取りに行くキャラは『冬花旭』というキャラ。
私はこの冬花旭を見た瞬間、ビビッときた。性癖にぶっ刺さったのだ。
理由はそれだけで十分。後はおこがましいようだが、私は旭を見た瞬間『旭は私だ』そう確信したのだ。
どうせ親は私のやる事にケチはつけない。そもそも興味がないからだ。
なので私は問答無用で、オーディション用ボイスを事務所へ送りつけ、二次面接まで漕ぎ着けた。
「よし……、これでキメる!」
通話面談と、直接会って面接をする二つに分かれたが、私はもちろん後者を選んだ。
恐らくその方が、印象もいいだろうし、会って直接話した方が私のことも伝わりやすい。
問題は私の容姿だ。無駄にギャルっぽい風貌なので冷やかしかと思われてしまいそうで怖い。
と言っても、今の私には容姿を戻すだけのお金は無かった。くっ! 後先考えないで行動した結果がこれか!
なので私はせめて服装はと思い、スーツ姿で面接に臨んだのであった。
重苦しい雰囲気の中、なんだか偉い人たちの前でよく、話せたなと思う。
まあ、途中で何を話していたのか分かんなくなっちゃったけど。
落ちたかなぁと思った。
でも、私はやってのけたのだ。
その後きた通知は合格。
私は両手を上げて喜んだ。嬉しい! 嬉しすぎる!
そうだ! 私が冬花旭だ! やったー!
と、思ったのも束の間。私以外のデビューする人たちがサンプルボイスを出し、自己紹介動画を上げていた。
一人では常夏燕。すごく元気いっぱいで、アバターからも伝わる、私と違う本物の陽キャオーラ。
第一声も「よーっす!」で始まり、みんな親近感を覚えやすい子。
もう一人は秋風幽香。
この子はキャラと声が本当に一致している。まるで演じている人間が居ないかのよう。あまりにも自然で、完全に秋風幽香として独立していた。
急に不安になってくる。
本当に私で良かったのだろうか。私はこれからVtuberとしてこんな凄い二人の間でやっていけるのだろうか。
しかし、そんな不安も無用だった。二人もどうやら私と同じことを考えていたみたいで、初めての通話の時言っていた。
私たちは笑い合う。
この時思った。
この二人となら何処までも……!
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Vtuberとしてデビューを果たした私は、だいぶ配信にも慣れてきた。冬花旭はトライアングルのセンターを飾っているキャラクターということもあり、私はかなりプレッシャーを感じていた。
初配信は燕がトップバッターを飾り、視聴者たちは新たな風に期待を寄せているようだった。
次は私の番、どうすればセンターとして恥ずかしくない、かつ、面白い配信ができるだろうか。
私はノートを広げて上から順にどのようにすればいいか作戦を書いていく。
上から順に可愛い系で行くか、それとも燕みたいにテンションマックスで行くか。いや、本当は最初から決めているのだ。
私はVtuberの中でもかなり難しい、【清楚】というキャラをやってみたいと思っている。
清楚というキャラ付けはかなり難しく、後の配信で、かなりデメリットを被ってしまうほど難しい設定だ。
つい、本性が露骨に出てしまってり汚いことを言ってしまうと、その時点でそれはもう清楚ではない。
しかし私は清楚というものに憧れてきた。
もっぱら買うギャルゲーだって真っ先に清楚な女の子から攻略するし、何より、私自身が清楚というキャラにすごく憧れている。
私は心の中で決心するのだった。
「完璧な清楚を演じきってみせる!」
私がVtuberを引退するその日まで!
───
結論、無理でした。
いや、初配信、初配信から数ヶ月は大丈夫だったのよ。
しかし、その数ヶ月の間、仲良くなったVtuberの人がいて、桜乃まもちゃんっていう人なんだけど。その人がものすごく私好みの女の子で、ついつい配信でイチャイチャしていたら、ポロッと「ママ……」って言ってしまったのだ。
その時の配信のコメときたら大騒ぎで、私の属性に「幼女」っていう属性が付け加えられてしまった。
まもちゃんもまもちゃんだ、「……ふふ、はぁい、ママですよ〜」ってイヤホン越しに言われて、溶けそうになってしまった。
くっそ〜! 私は清楚っていう属性が有ればそれでいいのに!
はあ……私には難しかったのかな?
私は学校でも、ノートを広げてこれからの配信についてや、内容などどうすればいいか書き加えていた。
そんな時だった。
「朱里〜、今日カラオケ行くんだけど、朱里も行かない?」
「あ〜……私はパス。いいや」
「……ねえ、なんだか朱里、ここ最近付き合い悪くない?」
「あはは、ごめんね。ちょっとここ最近忙しくて」
「ふぅん、ま、いいけど」
友達の……いや、友達と言っていいのか分からない付き合いの人間に冷たい目で見られた。
Vtuber活動をしていく中で、どうしても学生だと忙しく、人付き合いが疎かになってしまう。
私はだんだん、学校での人付き合いをしなくなっていった。
それは私にとっても良かったのかもしれない。元はといえば、望まない人付き合いだったのだ。
それにこんな格好をしているので、寄ってくる男も男だった。
ニヤついた顔で近づいて来て、私の体に触れようとしてくる。どうせ、こんな格好しているからビッチなんだろうと決めつけている顔だ。
ワンチャンあるとか心の中で思っているのだろう。
本当に嫌だ。早く、私の理想の世界に戻らなくちゃ。
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今日は事務所に呼ばれて、収録する日がやってきていた。
今日の収録は初めて、一期生のみんなと顔を合わせるという事でかなり緊張している。
そういえば、トライアングルもかなり大きな箱になったと思われる。もちろんトライアングル以外にも活躍している箱もいるが、vtuberといえば、トライアングルとチラホラ、SNSでも言われているのを確認した。
二期生も入り、今では三期生もここ最近デビューした。このままいけば、トライアングルで、トップも狙えるかもしれない。
私は密かな手応えを掴んでいた。
と、思っていたら。
「まさか、電車が遅れてるなんて……」
私は収録ギリギリの時間に事務所へやってきた。
もう、二人は入っているだろうか。いや入ってるだろうなぁ。
兎に角急がねば。
私はやめとけばいいのに、事務所の中を走るとまではいかないが、かなり素早く移動していた。
曲がり角も、注意せずにそのまま行ってしまい、私は人にぶつかってしまう。
やってしまった。急いでいたので注意力が散漫になっていた。
「あっ! す、すみません! 急いでたもので!」
「いえ、大丈夫ですがお怪我は?」
「大丈夫です! どこも痛く……あれ? 足首が……」
私の足首に、鈍痛が走る。
どうやらぶつかってしまった拍子に捻ってしまった。私は顔が真っ青になる。
このままでは収録どころの話ではない。大岩さんには遅れると言っているが、それでも捻挫なんて。
「失礼、触りますよ」
「だ、大丈夫です……」
「……ああ、赤くなどはなっていないので、少し捻ってしまったみたいですね。ちょっと待っててください」
男の人は私をなんとか、自販機の近くにある椅子まで座らせてくれて、足の状態を見てくれる。
触る前に一声掛けてくれるので、恐らく悪い人ではないのだろう。
私は男の人は少し苦手だ。周りに集まってくる男が、似たような奴らばっかりなので、少し警戒してしまう。
そして、この人の顔……すごく綺麗だ……。
切長の二重の目に、シュッとした鼻筋。それにスーツを着ているのですごく大人っぽく見える。
それは、まるで少女漫画の中に出てくるイケメンのヒーローのような人だった。
「どうでしょうか?」
「あっ、少し楽になりました」
「それは良かった、それと急ぎだったようなのですが大丈夫ですか?」
「あ! 早く収録に戻らなくちゃ!」
「おっと! 立ち上がらないで!」
「う、ごめんなさい……」
男の人は自販機で冷たい水を買ってきてくれて、私の足首に当てる。
冷たくて、熱を持っていた足がスッと冷えていって気持ちいい。
そして私は男の人の一言で収録がある事を思い出して、急に立ち上がろうとして諌められてしまう。
うう……ごめんなさい。
「もしよかったら肩を貸しましょうか? その足では思うように動かないでしょう」
「えっ、良いんですか?」
「勿論」
男の人は優しい笑顔で、そう言って私に手を差し伸べてくれる。
そうだ、これ以上遅刻するわけにはいかない。私は少し悩んで、肩を借りることにし、手を握った。
男の人の手はあったかくて、それでいて力強い。
───そしてその手は、少し震えていた。