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十話「推しに推しがバレるという地獄」

 あの後の妹の行動は早かった。

 俺のほうをじっと見つめたまま、自身の隣の椅子に座れと俺に促す。正直言って滅茶苦茶に怖い。うちの妹の様子が完全におかしい。もしや俺が幽香以外を推しているという事実に怒っているのだろうか。安心したまえ妹よ……リアルでの一番の推しは君である。なんて心の声が届くはずもなく、しぶしぶ俺は萌香の隣に座った。


 しかし、配信に強制参加させられる兄の気持ちにもなってほしい、俺は目の前に流れていくコメントを流し読みする。



 ・きゃー! お兄ちゃんみってるー??? 

 ・早く俺と結婚しろよ

 ・俺がお兄ちゃんを幸せにする

 ・↑いいや俺だね


 もうえらいこっちゃ状態である。カオスすぎて開いた口が塞がらない。ていうか、なんだ俺に事あるごとに求婚してくる奴は。いい加減にしろ。

 恐る恐る横をちらりと見てみると、萌香がまだ俺のほうを見ていた。なんだ、この迫力は……。

 もう俺を殺す勢いで見てきているじゃあないか……。


 そして、萌香は急にパソコンのほうに向き、すごい勢いで配信タイトルを変えていた。


『緊急家族会議・てるみんを交えてお送りします』


 画面に表示させられるタイトルが目に入った。

 まてまてまてまて、家族会議は一歩譲ってもわかるがなんで配信でやる必要があるんだ!? というより、てるみんも交えて!? 正気か、妹よ……。

 よく見たら妹の口がほくそえんでいた。ああ、いい話のネタが入ったからテンションが上がっているだけか……。この表情はそうだ、そうだと思いたい。


「さて、急遽始まった家族会議ですが」


 ・???? 

 ・何が起きたんだってばよ……

 ・もしかして、お兄ちゃん何かやらかした? 


「大正解です、こともあろうにお兄ちゃん、スマホのロック画面をてるみんの画像にしていて先ほど本人に見られました」


 ・おう……

 ・兄よ……

 ・慰めてやる……こっちこいよ……


 いかねーよ。


「さて、お兄ちゃん、弁明は」

「……これ話さないとだめ?」


 ・お兄ちゃん喋った────!! 

 ・相変わらずのイケボだねぇ! 

 ・孕んだ

 ・↑お前男だろ


 俺が一言発した瞬間コメントの速度が一気に早くなった。

 阿鼻叫喚とはまさにこのことである。続々と視聴者数も増えていき今では五万人が見ている配信となってしまっていた。

 まじか、こんなのに五万人も見ているのかよ……。吐き気してきた。


「ぼ、僕も知りたいです! なんで、僕の壁紙を?」

「いや、まあ、これには……ね?」

「男ならはっきり喋らんかい!」


 くっ、妹よ、急に元気になってきたな……。兄をこんな地獄に送り出して楽しいか……。楽しいだろうな……。

 お兄ちゃんは萌香の笑顔が見れるだけでそれだけでいいよ……。

 こうなったら話すまで開放してくれないだろうな……。腹をくくるしかないか。


 こうして俺はポツリとだが、壁紙にしていた経緯を話した。

 推しであること、トライアングルはてるみんから知ったこと、まさか妹がトライアングル所属だったとは最初は知らなかったこと。最初はとぎれとぎれだったが、徐々に舌が回るようになってきて、少し熱弁してしまった感がある。しかし、こうでもしないと妹が納得いかなそうだし、できるだけ話せることは話してしまった。


 しかし、妹よ少し気になっていたのだが途中から画面に表示されているイケメンは誰だろうか? 

 動きはしないが幽香とてるみんの中に混じっているイケメン。どう考えたって百合の間に挟まるくそ野郎だろ、早くどけなさい! え? 俺? マジすか……。

 どうやら、いつの間にか俺の立ち絵ができているようであった。勘弁してくれよ……。

 俺の立ち絵なんて誰得なんだよ……。


 ひとしきり突っ込んだ後、俺の耳に嗚咽が聞こえた。


「うっ……えっ……」

「天春さん!?」

「てるみんどうしたの!?」


 まさか俺たちが急にこんなことを始めてしまっていたのが原因か!? 

 ああ、ごめんなさい! 妹も悪いし俺も悪い! 土下座でも何でもしますから! 

 と、思ったが少し違っていたようだ。


 天春さんは涙を拭きながら、俺のほうを見てくる。


「お兄さんが、僕のことをそう思っていてくれてとても嬉しくて、涙が出ちゃいました。ごめんなさい、びっくりさせてしまって」


 ・推しを泣かすな

 ・お兄ちゃんいけめんさいてー

 ・だけど、そんなお兄ちゃんが好き

 ・さっきの話聞いて泣かないやつおる? 

 ・くぁwせdrftgyふじこlp

 ・↑涙で何も見えずにコメントしてて草


 う、むう……図らずも推しを泣かせてしまったことに関して心が痛む。

 もう、今後このようなことがないように精進いたしますのでお許しを……。


「いや、こちらこそすみませんでした。長々とお話に付き合っていただいて」

「お兄さん」


 天春さんが俺の目をじっと見つめてきて、にぱっとした笑顔で俺に笑いかけてくる。

 それはなんだか、俺が好きなてるみんのアバターと被って見えてしまい……。


「これからも僕を推してくださいねっ!」


 完全に一致してしまった。

 やべぇ!!! 


 その瞬間俺は何をとち狂ったのか、盛大に頭を机の上にぶつける。ゴンという鈍い音が聞こえた後、視界がくらくらしている感覚に陥った。


「お兄ちゃん!?」

「お兄さん!?」


 そう、一言で言い表すなら本当に「やべえ」なのである。推しと中の人を一緒にしてしまったら最後。厄介オタクの出来上がりである。それはなんとしても阻止しなくてはならない。

 そう! たとえ妹や推しに不審な目で見られようと立派なVオタたるもの浮かれてはならないのだ! 


 ・なんだ今の音……

 ・頭ぶつけた音がしたにゃ……

 ・何やってんだよ! 団長! 

 ・せっかくてぇてぇだったのに草生える

 ・てぇてぇを狩るオタク


 コメントもすごい勢いで流れて行っている。俺の突然の奇行に驚いているようだ。しかし、このままでは俺が死んでしまうのでな。許せよ……。


 結局この日の配信は、そのままお開きになり終了した。

 そのあと、天春さんは家にお泊りする予定だったらしく、リビングに布団を敷いてあげて、俺はビジネスホテルへ向かい、普段は飲まない酒を一人で静かに飲んでいた。死にそう。

 後日、この配信がまた急上昇に乗ったり、トレンドに入ったりしているのはご愛敬だ。

 妹のチャンネル登録者数に貢献できるのなら本望よ。


 と、思っていたら大岩さんからlimeが来ていた。

 何かいい本でも見つかったのだろうかと、開いてみるとそこには「保護者会配信に参加いたしませんか?」という内容だった。

 どうやら、ライバーたちの保護者ポジション。絵師や、他企業のVtuberたちが集まる催しということ。

 俺は、何も考えずに不参加にしようと、文字を打ち始めてから、俺の腕を後ろからつかんでくる存在がいた。


「……萌香?」

「いこ、お兄ちゃん?」


 ……どうやら、俺は妹に逆らえないらしい。



 シノノメ 参加します


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