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桜子さんの奥様劇場

あおい色の囁き

作者: 秋の桜子

 午前6時



 アラームで起きる。今日は月曜日。職場に向かう日。 


 ベッドの中で先ず行うのは『ログイン』これをしておかなければ、後でメールが来て、事細かに『国の保険機関からのお願い。体調に関するアンケート』に答えなくてはならない。


 アラームを止めページを開く。ふざけた効果音と共に明るく光る画面、そこに現れる政府公認萌えキャラの『はなこ』さん、馬鹿みたいに明るい笑顔と(コエ)


『おはようございます!体調はいかがですか?今日も頑張ってくださいね』


 変化なしにチェック。更新。


 ポップな背景の中で3Dの彼女が、ふわふわとポーズを取っている。ラジオ体操しませんか?と誘われたが、仕事があるので取り合わない。


 とっとと消す。そして、ベッドから降りると、くしゃくしゃな頭のままで、テレビ電話に向かう。自動登録してある番号にアクセス。


 ……、……、……、フオン!


「あ!パパ!おはよう」


 こちらもくしゃくしゃな髪で、ピンクのパジャマ姿の離れて暮らす娘のアリスの姿が、モニターにパッと映る。おはようと返そうとした時、バタバタと足音と声と合わさり共に割って入ってきたのは、水色のパジャマ、アリスとは二卵性双生児のタケルの姿。


「ずるい!なんで開いちゃうの!月曜日は、ぼくだったのに!」


「おにいちゃん、起きてきてなかったもん!早いもんじゅんだもん」


 喧嘩を始める我が子達。何してるの!ログインした?と妻のマリコの声。


「パパの前でするんだもん、アリス『ひらひらワンピースを着る』に今日なるんだもん、きのうだったら良かったなー。見てみてー」


 ショッキングピンク色したキッズ端末を、手にしているアリス。えっと……と馴れた手付きで、保険機関にログインをし、それを済ますと、しばらく待ち、笑顔になる。そしてこちらに画面を向けた。


 毎朝、晩にログインするそれ、大人ならば忘れても、後から即座に届く、恐ろしく長ったらしい『アンケート』に、己の怠惰を呪いつつ質問事項にチェックをこなしていくのだが、子供にそれはまかりならんと、ゲーム方式を取り入れている『国の保険機関』


「頑張ったね、白いワンピースかわいいね」


 そう言うと、毎日ちゃんとしてるもんと、得意げに胸をはるアリス。


 画面のキャラは、娘が選んだ好きな色、青色の長い髪には、まだ飾りも何もない、昨日ようやくボサボサな髪の毛が綺麗になったと、喜んでたな。思い出し眺める。


 薄緑色の大きな瞳のお姫様キャラが動いている、白のキャミソールワンピを着ていたのだが、ひらひらしたのに変わりくるくる踊っていた。


「おお!凄いな。ほんとにな、昨日だったらパパと一緒だったのにな、タケルは?アイテム手に入れたのか?


 あー、うん!昨日とあんまり変わってないけど、ルビーが出たんだ。ね、何処に付けたいいかな、みてー。とゲームに出てくるような装束を着込んだ、勇者キャラを見せてくる。


「うーん、そうだな……、砕いてオーラに混ぜるってのもあるぞ」


「ふぉ!それカッコイイ!やってみる!」


 同僚から聞いた情報を息子に伝える、妻のご飯よとの声、そして他愛のない話を彼女と交わす。


()()()迄、体調調査を毎朝送信しなきゃいけないなんて、おかしくない?貴方はちゃんとしてるし、我が家は『外』には出ない事を守ってるのに、検体検査も回数増えるんだって」


「いよいよそうなるか、そうだよな。吉田の家族、こっちに遊びに来てたぞ、そんなのがあるからだろ、家族限定にしろ、移動制限緩めるからそうなるんだよ」


「半月ほどホテルに缶詰してから、戻って来てたけどね、どうしてそんな事するんだろ、こっちで出たら大変よ、賠償問題になりそう。あ!ちゃんと、消毒してから、自分のお皿にのせなさい」


 子供達に向かい声をかけている。


「うん、気をつけよう。こっちは今の季節は、発症者はほとんどいないんだけどな、でもウィルスは、進化と変化を繰り返す」


「うん、気をつける。アリスとタケルにも、しばらく遊ばないようにさせとく。でも……、たまにはそっちに行きたいわ、お店にしても何にしても、()()は物足りなくて、子供達も、一度そっちに行ってみたいんだって、成人になれば、移動(お引っ越し)出来るから辛抱しなさい、と言っても最近聞いてくれなくて」


 何時もの愚痴が始まる妻。全てが揃っているとはいえ、週末ごとに過ごしてみれば、確かに不便を感じる手狭な空間、そこでの暮らし。


「うん、よく頑張ってるよ、君は、子育ても、ほぼ一人でこなしてくれて……、次行くときはなんか、仕入れて行くよ」


「朝から何?ご機嫌とって……、やだわー、でもこっちもいいものよ、なにせマスクしなくてもいいし、アルコール除菌まみれにならなくていいし、あ、そろそろ時間じゃない?私も準備あるから」


 慌ただしく話を終える。肝心な土産を、何にするか、聞こうとしたのだが、夜でもいいかと思い回線を閉じた。


 家族との定時連絡を終える。





 午前7時10分過ぎ



 真空パッケージをされた、冷凍のスクランブルエッグサンドイッチを、レンジにセット。ケトルで湯が湧くと、直ぐに入れれる様に、インスタントコーヒーの準備。


 チン!


 テレビのニュースを見ながら朝食。併せてタブレット端末を取り出し、ネットのニュースも取り込んで行くのだが、月曜日と木曜日に限り朝食前にすることがある。


 これを必ずしておかなければ、週末に、あっち側(クリーンタウン)に住む家族の元に、行けないどころか、仕事に支障をきたす。


 出社停止を喰らい、収入の減収に即決してしまう。妻の稼ぎもあるが、子ども達も大きくなり、そしてこちらとあちらを行き来している今、手取りが減るのは痛い。


 冷蔵庫から保険機関から毎月送られて来る、ステンレスの容器を出す。先ずは口腔洗浄剤で丁寧に、幾度も繰り返しうがいをする。手を消毒し、専用のトングも、これでもかと消毒液を噴霧する。


 蓋を開け、中からビー玉を、少しばかり大きくしたサイズ、見かけはトイカプセルの様な物体を、トングでそろりと挟み取り出すと、口の中に放り込んだ。情けない事に、何時もこの時目を閉じてしまう。


 ……ジーカチカチ、ピピピピ、ピピ……


 小さな音が感知を始める。口を閉じてタオルでおさえる。どうにも馴染めなくて、幾度か思わず吐き出してしまったからだ。


 ……ジー、ジー、キュイン、キュゥゥゥ……


 ウッと瞬間、こみ上げる感覚。中の異物が全身に不快感を送る。頬を膨らませ耐える。


 機器が唾液を採取しているのが分かる。舌が、喉の奥が引っ張られる様な奇妙な触感。


 ……シュゥ、ピピ、ジー、カチカチ。カチン。ピー……


 ほんの1分30秒。終了の音。タオルの上に吐き出す。


 唾液に濡れたそれを拭うと、指定のボックスに入れる。後は最寄り駅にある回収窓口に持っていけばいい。


 センターに運ばれ検査を受ける検体、結果は翌日ログインをすれば『はなこ』さんが知らせてくる。


 くそったれなほどに明るく。馬鹿みたいに可愛らしく。


「おはようございます。昨日の結果は陰性でしたよ、今日も頑張ってくださいね」


 ラジオ体操しましょう、健康習慣ですよ、と柔らかく動きながら……。


 冷蔵庫からミネラルウォーターを出し何回も口をすすいでから、アチチ、まだ冷めやらぬサンドイッチの袋を、レンジから取り出すした、食卓に座る。粉が入ったマグカップに湯を注いだ。


 ピリ……小さく口を開けている袋を破ると、もわりと熱を感じる。


 温かいパンを食べた。合間にコーヒーを挟みながら。


『今日の感染人数は……』


 アナウンサーの声。それを右から聞き左に流し聞く。食事を終える。スーツに着替えて、忘れず様に検体ボックスの準備、タグが付けられた専用の手提げ袋に、それを押し込み家を出る。



 午前7時45分頃


 マスク、マスク、マスク、マスク……、かつて熱中症対策の為に設置されたというエアミストからは、アルコール除菌薬のミクロな霧、朝日を浴びてプリズムの色をまとっている。


 多くの人々が行き交う。その中に組み込まれている、ここに住まう人々。AIが多くのシステムに組み込まれているが、人の手を必要とされる仕事は存在していて、消えることは無いどころが多忙を極めている。


 子育て支援を受けている我が家。妻と子供とは、少しばかり離れて暮らしている。郊外にある『清浄地(クリーンワールド)』と呼ばれる、完全に外界と隔離された街に家族はいる。


 そこは子育てをするためだけの空間。

 そこは子供を作るために造られた街。


 出逢い、正式に結婚をすると、その街に住める権利を持てる。そして一応定められた期間内に子供を授かると、人口制限のために、夫婦のどちらかが、外に出ることが決められている。


 そんな街が国の方針に基づき、様々な形で造られ機能していた。


 そしてそこでは、3年以内に子供が授からなかった場合、街を出ていくことになっているのは当然の事。その時は滞在費として、安くない金額を、払って出ると聞いている。なので管理されぬ様に、自由結婚をし、そのままに暮らす者もいる。


 しかしそうなれば生まれた子供は、存在を認められないばかりか、その前に、出産に必要な産婦人科にもかかれない。何故なら外の医療機関にはその科は無い。あるのはその街だけ。


 なのでまともな親ならば、授かれば正式に籍を入れる、しかし入れたからといって、そのまま直ぐには越せない。先ずは検査を徹底的に受ける。そしてその時点で、夫婦共に陰性が確認できれば、ようやく引っ越す事ができる。そしてペナルティを払うと聞いている。


 元々そういうルール違反で、自由気ままな暮らしを選んだのだから、それなりにあるらしい。それは法外な罰金と噂にはあるが、私自身家族含めて違反行為は、ここでもあちらでも、これまで起こした事が無いので、詳しくは知らない世界。


 ソーシャルディスタンスも、外ではマスクも守っている。当然だ。用も無いのに他人に近づいたり、意味もなくマスクを外したり、不埒な行動をすれば、たちまち批判の嵐に晒されてしまう。


 何処かの誰かに動画を取られて、配信されて……罰則は無いのだが、社会的に困った事になってしまう。それを消そうとすれば、近づいてきた怪し気な専門業者に、大枚払うらしいが。


 そう、細かい事に気を使い、感染のリスクから身を守り、きちんと暮らさなければ。今は、アリスとタケルが健やかに成長をし、成人を迎えれる日を指折り数え過ごしている。そう、ようやく家族揃って暮らせるからだ。


 その未来に備えて、ファミリータイプのマンションを用意し私は今、平日はそこで独り暮らしている。


 この街に住む他の皆と、それ程変わらない暮らしだ。


 黙々と駅に向かい進んでいる流れに沿う。何時もと同じ様に歩いている。そして、何時もの時間に、何時もの様に、駅舎のタイル張りの壁にはめ込まれている、大きなモニターを見上げる


清浄(クリーン)』という文字が出ている。ブルーの円の中に、数が一定数超すと、黄色の『注意』赤の『危険』と、感染リスクに対しての注意喚起の広告が、姿を表す。


 前夜雨が降ったのか蒸し暑い。立ち止まったまま、ポケットからハンカチを取り出し滲む汗を拭う。朝からコレだと些か気が滅入る。


 少しばかり先にある水たまり、そこは少しばかり窪んでいるので、誰もが避けて歩いている。そのいびつな中に、青い空色があった。どろりとぬるい水が、爽やかな(あお)を持っていた。


 妻と共に過ごした街で、ベッドの中で二人仲良く、朝を迎えたあの日、窓から見上げた色を思い出す。視線を上げれば紫陽花が丸く柔らかにしなだれ、目を合わしてきた。


 都市の緑化の為に造られた、欅が大きく枝葉を繁らす植え込み、その周囲の花壇には紫陽花のブルー。昨日家族で公園に散歩にでかけた先に、同じ物が咲いていた。


「パパ!青いお花、フォト、フォトとって」


 青い色が好きなアリスが近寄り、笑顔を弾かせた。言われるままに携帯で撮影をした。ついでにタケルとマリコも入ってもらい、待ち受け用のそれも撮影した。


 マスクを外そうかと、ふと思ってしまった。遥か過去に感じた梅雨の空気を、家族が住む場所にも通じている、同じ空の下の空気を、少しだけ吸い込みたくなったから。



 清浄の青、梅雨の晴れ間の青空、紫陽花の青が、私を唆す。



 それに応じる様に、うっかりと耳に手を持って行ってしまった愚かな私。一斉に、それを向けられる事を忘れていたのだ。



 目、目、目、目、眼、眼、眼、眼!



 視線が非難の力を持ち、飛んで来る。耳元の手に、私の顔に、ピシピシッと刺さる。慌てて、それに気が付かぬふりをし、運んだ手をそのまま頭に動かす。


 カムフラージュする様に、苦し紛れに髪を少しばかり撫でつけた。


 そして幾分その場から逃げる様に急ぎ足にし、人混みに混ざる、駅舎の中にへと進む。人工の涼しさが僅かにある、白い光のその中へと。


 月曜日の朝、私はもう少しで青い色の囁き声に、唆されるところだった。


 体内に取り入れてはいけない、目に見えないモノが支配をしている空間なのに……。


 終。


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― 新着の感想 ―
[良い点] しょーわろーがい(Do inaka 産)には刺さりますですなぁ。 主人公は、結局は何だかんだで、クリーンでコンビニエンスな街暮しを選ぶのでしょう。
[一言] 今の騒ぎがいつまで続くか分かりませんが、見事なディストピアものと感じました。
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