悪魔の悪戯
悪魔の悪戯。物に突然魂が宿り自我を持って動き出すことを、この国の人たちはそう呼ぶ。悪魔への濡れ衣のように感じるかもしれないけど、実際に悪魔がやっているんだから仕方がない。最近急に増えてきたらしく、僕は前に籠を乗せて主人の後をついてまわる椅子を見た事がある。僕の友人の新聞記者、ジョナサン・アルトー君は新聞の『今日の悪魔の悪戯』というコーナーを担当することになったらしい。
「きゃあっ!」
僕がドアを開けた時、そう叫んだのはリョウちゃんではなく、僕の部屋のど真ん中にいる、金髪で頭に包帯を巻いた・・・「終焉」だった。「終焉」はどこから見つけてきたのかタオルをお腹に当てている。
「ハンニバル、これが新しい人形かしら?」
「うん、見せようと思ってたのはこれなんだけど・・・。僕が見ないうちに変なことになってるみたいだね。」
という僕らのやりとりを聞いたのか、「終焉」がムッとしたように
「変って言うな!」
反論した。見た感じから悪魔に悪戯されたのは分かる。ついにコーナーに載る日が来たか!などと内心喜びながら、もう一度「終焉」を観察する。天使と悪魔の両翼は恥ずかしいからか怒っているからかバサバサ動き、話そうと口を開けるたびに恐ろしい歯がむき出しになった。腹部のタオルを支える手は人狼の鋭い爪を持った手。あ~あ、タオルに穴空いちゃうよ。きっと丸見えのメデューサの目を隠しているんだろう。もしかしたら単なる女子の本能かもしれない。
「ねぇ、ハンニバル。何か・・・肌寒くない?」
リョウちゃんがいかにも寒そうに両腕を擦っている。
「そりゃそうだよ。あの人形の足は凍結バッタだから、踏んでいる物はみんな凍って・・・って、ああああああーーーっ!」
僕は慌てて「終焉」の足下を見た。床が既に凍り付いて、滑る滑る。僕は階段を駆け下り、お湯で濡らしたタオルを持ってきて床を温めた。「終焉」も慌てた様子でしきりに翼を動かして足を床から離そうとする。
「ちょっと、『終焉』!その足どうにかならないの!?」
「無茶言うなハンニバル!お前が私の足を凍結バッタにしたのが悪い!」
「だってノリで作ちゃったし、それに君が悪魔に悪戯されるなんて思わないじゃん!」
「まあそれもそうよね。」
「リョウちゃんっ・・・!」
「ねえ、『終焉』・・・だったかしら?何かに擬態したりできないの?」
唐突なリョウちゃんの質問に、僕も「終焉」も顔を見合わせる。
「アルトーさんがね、悪魔に悪戯された物って何か特別な力を持っていることがあるって、言ってたのよ。だから何かできないかなって思って。擬態できたら、足も変えられるから便利かなって。」
確かにアルトー君がそんなことを言っていた覚えがある。二人で「終焉」を促すと、彼女は頑張って擬態してくれた。ちょっと子供っぽさの残る顔に、元々の金髪と同じ長さの真っ黒な髪。目も髪と同じぐらいに真っ黒で、くりくりとしている。完璧なる美少女だ。
「かわいいわ、『終焉』。私たちの子供だっていても大丈夫な年に見えるし、近所の人の目をごまかすのも簡単そうね。」
「そもそも僕の作った人形だから僕の娘で間違いないけどね。」
「私はお前の娘なんていやだからな。リョウさんの娘ならいいけど。」
え、それって要は僕の娘じゃん。リョウちゃん一人の娘だって言いたいわけ?ひどいな~この娘。
その後、いつまでも「終焉」と呼ぶわけにはさすがにいかないため、イグリットという名前をつけてやった。リョウちゃんの提案だったから喜んだけど、僕の提案だったら本当にうれしくても間違いなく断られていたと思う。女の子は本当に難しい。もう少し僕を尊敬してほしいと思う今日この頃だ。