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Yiglit  作者: 旭 河埜
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アムンゼン通りのハンニバル

 工房の隅に、一つの人形がある。

 製作者はハンニバル・リエト・ウォン。僕だ。

 僕は人形の頭をはたきで撫で、埃を落とした。次に濡らした雑巾で人形の全体を拭く。毎日の朝食前にこの人形、「終焉」の手入れをするのが、僕の日課になっている。

 僕と妻のリョウちゃんは、この町デュナワウレのアムンゼン通りにある、木造二階建てに住んでいる。一階はリョウちゃんがマスターを勤めるカフェで、二階は僕たちの部屋とかお風呂とか、普通の家だ。

 何年か前、僕の部屋は仕事の道具や完成した人形や素材などで溢れかえっていた。人形師の仕事に手がつかなくなってからは、部屋を埋め尽くした人形たちも殆どが売れてなくなり、現在、部屋は寂しいぐらいに空っぽだ。今の様子だけ見たら想像もつかないだろうけど、前はこの国でハンニバル・リエト・ウォンの名前を知らない者はいなかった。プレゼントが気に入らなくてゴネている駄々っ子に、「リエト・ウォンの人形を買ってあげるから。」と言えば、文句なんか言わなくなるくらい、有名だったんだ。僕は。

 僕に創作意欲が無くなったすべての原因は、五年前にある。


~五年前~


 少し世の中に嫌気がさした。くだらない、根も葉もない噂を広げていく記者たち。毎日のように路地裏で繰り返される喧嘩。権力を振りかざす貴族たち。僕の住む町はまだ良い方だが、もっと田舎に行くと、ぼろぼろの家に住む痩せ細った人々が居る。日常的に見る風景だ。だからこそ嫌になる。改変される見込みなど無いし、不満を持った人々が反乱を起こしても、すぐに貴族だけが使えるなんらかの不思議な力で、周りの町ごと吹っ飛ばされる。まるで平民など人ではない、虫けらか何かのように。

 ああ嫌だ。金と権力だけが物を言う、こんなくだらない世界終わってしまえ!そんな気持ちに動かされるままに、僕は仕事ではない、全く私的な理由で人形を作り始めた。

 まず、この世界に生息する数多いモンスターの中から、こいつらが争い始めたらきっとこの世は終わりを迎えるだろうというような、危険なモンスターを六種類選んだ。最高位のモンスターである、天使と悪魔。人に似て異なる者、人狼とメデューサ、食人鬼。大地を凍らせ公害を撒き散らす凍結バッタ。これらのモンスターから一部ずつ取って、美しい女性の人形に取り付けた。知恵と美貌を兼ね備えた女性は時に世を狂わせるからね。

 背中には蝙蝠のような悪魔の羽と、白鳥のような天使の羽を持ち、肘から先は茶色い毛と鋭く長い爪を持つ人狼の腕。腹部に、見る者を石に変えるメデューサの瞳があり、膝から下は、折れそうなほどに細いが踏んだ物を凍らせる凍結バッタの足だ。そして頭は、胸までの少しカールした金髪に鼻までを包帯で覆っている、食人鬼の頭だ。キリッと結んだ口から、食人鬼特有の尖った牙が覘いている。そんな奇怪な風貌の人形がそうこうするうちに出来上がった。自分で言うのも何だが、なかなか良いできだ。

 少しは気分が晴れて、階段を下り一階のカフェに向かう。

「ハンニバル、仕事は終わり?」

カウンターに座ると、金属のコップを拭きながらリョウちゃんが聞いてきた。

「今回のは仕事じゃないよ。ちょっとした気晴らし。」

「そう。どんなのができたか、後で見せてちょうだい。」

「今すぐでも良いよ!」

リョウちゃんが見たいと言ってくれるのが嬉しくて、つい身を乗り出して言ってしまったけど、

「今はまだお客さんがいるから、お店を閉めてからにするわ。」

と、諭された。

 家のカフェは昼、十一時くらいに開店し、夜はバーも兼ねているため、日付が変わるくらいに店を閉める。木目の温もりと席だけに光が当たるように電灯に覆いを掛けた隠れ家のような雰囲気は、町の人たちに結構好評で、今日も閉店ギリギリまでいたお客さんが、名残惜しそうに帰っていった。最後の一人の背中を見届け、外に「閉店」の札をかけて扉のカーテンを閉め電気を消すと、リョウちゃんは僕に向き直り、

「さ、新しいお人形を見せてもらいましょうか。」

そう微笑んだ。僕もリョウちゃんも仕事がそれぞれで忙しく、リョウちゃんに人形を見せることはほとんど無い。僕はつい浮かれてしまい、跪いて手を出して、

「お手をどうぞ、お嬢様。」

とリョウちゃんの方を見上げた。リョウちゃんは困ったような笑顔で僕の冗談を軽く流し、階段に足をかけた。

 そのときだ。

 二階の僕の部屋の方から、ズドン!と大きな音がして、そのすぐ後に振動が家を揺らした。僕もリョウちゃんも浮かれた気分なんてすっ飛んでしまい、階段を駆け上がり僕の部屋まで走る。何が起こったか分からないのでリョウちゃんを後ろに庇うようにして、僕は扉を開けた。

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