第三十三話 さっきの『島の影』って……
【旅のしおり】
―光魔法について―
最も主だった用途は幻覚。風魔法による幻聴と組み合わせることも多い。
戦闘においては、単騎戦には基本的に向かない。しかし、物理攻撃力の高い者であれば、透明化することで命中率を格段に上げることが出来るため、それなりに役立つ。
集団戦では、見方の透明化、幻覚による敵の錯乱、光源の供給などに重宝するため、パーティに一人はいると良いといわれている。
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雲一つない青空。真上で太陽が照り付ける中、村への門にたどり着く。
魔物を遮るためだろう。村の周囲に、背の高さより少し上ほどの、木の柵が並んでいる。今まで巡ってきた大きな街と比べると、非常に質素だ。
「なあ、リリ。さっきの『島の影』って……」
俺はさっきの問いの続きを、前を歩くリリに問う。
「ああ。あの島、影がない。この村は、あの島の真下にあって、しかも、今は太陽だって真上にあるのに、島の影は、どこにだって見当たりはしないんだ。」
……そう。そうなのだ。
この村には影がない。あるはずの、空島の影が。
「着いたよ、これがおいら達の村さ。」
村に付くと、島のことにも関連しているのか、それもまた奇妙であった。
門を抜けた先には、街ほどではないものの、ぽつぽつと人が行き来していて、建物もなかなか新しいものが多く、パッと見るだけではなかなか綺麗な村なのだが……何か、おかしい。
「これは……!? 静かすぎる……この村は。まるで、とうに人々から忘れられてしまった田舎の古びた墓地のように、寂しいほどに静かだ。どうやら、島の影だけではないようだな。村全体が、何かおかしい。いや、もしかすると、あの島は島ですらなく、この村も村ですらないのかもしれない。」
お昼時だというのに、静まり返ったこの村には、僕らの話し声と足音と、風の吹き抜ける音のみが響く。本当に、君が悪いほどに、物音一つない。照り付ける太陽も、人の影というものは、俺たちのもののみを作る。
村ですらない。そうだとするなら、この村に見えるものはきっと……
「ねーねー、そこのお二方。さっきからヒソヒソ話してるけど、僕も混ぜてよ。何か役に立てるかもしれないし、さ。」
後ろにいたローレルさんが、わざとらしく寂しそうに、顔を覗かせてくる。なんていうか、この人は……あざとい。
でも丁度良かった。光魔法について、聞きたいこともあったし。
「ローレルさん、そういえば、昔水晶を通して会ったとき、映像は光魔法で説明がつくけど、声はどうやって伝えていたの?」
「おー! そこに興味を持ってくれるのかい!? トモ君!」
ローレルさんは、あからさまに嬉しそうに笑う。たまに子どもっぽいんだよな、この人。
「実はだねぇ、そもそもさっき君は、映像は光魔法で説明が付く、そう言ったのだけれど、実を言うとそれも一筋縄ではいかない。流石にあんな遠距離で、あそこまで緻密な魔法を、生身の人間一人が発動させるのは、いささか無理があるんだよ。あ、もちろんハーフエルフの僕だって同じことね。だから、光を受けとる役割をするような魔法道具を用意する必要があるというわけなんだ。そこで僕はね、その中に、ちょっとした思い付きでね、ついでに、光で音を伝えられる装置もくっつけたってわけさ。それがどういう仕組みかって言うとね、人の見えないような色の光を、事前に設定しておいた言語を元に、音声に変換するのさ。それで、逆向きに変換する装置も作って、手元に置いたそれに喋る。そして、装置の出力した通りに不可視光線を出して、受信機まで伝えてやれば、ほら! まるで僕がその場で喋ってるみたいになるわけ! どうどう? 凄いでしょ!」
……長い。し、早口だった。だもんで、良くわかんなかった。けど、そんなことを言ったら、またわかりやすく落ち込むんだろうなぁ。まったくもう。
「ええっと、とりあえず、魔具を使ったりして、難しいことをしなくちゃ、光魔法で音を出すのは難しいんですね。」
そう。熱く語ってくれたローレルさんには悪いけど、聞きたかったのは、その一点……
「そうだよっ♪ あれは僕の自慢の作品だからね、ふっふん。そう簡単に同じことができちゃあたまんないよ。たとえ、古代の兵器かもしれない、謎の空島であってもね。」
「ふぇ!?」
予想外の回答に、変な声が出てしまう。
そうか。ローレルさんも気づいて……隠す必要はないのだから、そちらの方が話が早くて助かるけど、なんか心の内を読まれたようで、ちょっと胸がうずうずする。
にしても、古代の兵器って……?
「君は、君達は、あの島が、そして、この村自体が、全部光魔法が見せている虚妄だって、そう言いたいんだよね。」
ローレルさんは、はしゃいでいるような声色で喋り、いつもの不思議なほど変わらない笑顔で、覗き込んでくる。
何がそんなに楽しいのだろう。相変わらず、よくわからない人だ。こっちはこんなにも見透かされているような気がするのに、無効のことは全然わからない。
「……う、うん。この村には影がないのが不思議でね。幽霊なんかも、影が無いっていう話を聞くでしょ? あれってつまり、見えている様に感じるだけで存在しないから、感じているものにも何処かで穴が出てくる。それが、影がないってこと、だと思うんだよ。だから、この村も同じだとすると……」
「だとすると、その『見えているように感じるだけ』っていうのの理由が、光魔法の可能性が高い。そういうことね。」
「うん……」
そう同意しながら、リリの方を向くと、こちらもコクリと黙って頷いていた。
「でも、ローレルさん。古代兵器って……?」
「あぁ……そうか。古代兵器っていうのは、かつて滅びた文明の、超魔法科学による兵器のことだよ。と言っても、これがそんな都市伝説的なもののせいだなんて、さすがの僕も断定できないけど、でも、もしこの村が光魔法で出来ていて、その根源が一つなら、やっぱり古代兵器レベルの何かの仕業としか思えないんだ。」
古代兵器……古代兵器……うーん、どっかでそんな響、聞いたことがあるような……
「……あ、もしかして俺の『人間兵器』って通り名の由来になってるっていう禁忌魔術って……」
確か、受付さんがそんなこと言ってたような……そういえば、あの通り名受付さんにしか呼ばれた覚えが無いな。
「ああ。太鼓の戦争で猛威を振るった、二人分以上の力を持つ、謎の少年少女兵……それもその一つだな。一説には、同志を喰らって力を高めるとも……」
「ついたぞ。ここがおいらの家だ。」
*
恐ろしく白い壁の家だ。かと言って新築のような匂いもしない。きっとこれも、光魔法のせいなのだろう。
男は先程、姉に夕飯をお願いすると言って、隣の部屋の台所に向かって帰ってこない。きっと、存在しない姉の代わりに、自分で作っているのだろう。
でもまあ、その方が好都合だ。さっきリリを無視したようだから、都合の悪いことは聞かないようになっている可能性は高いが、それでも、こっちの話が聞こえると、ややこしい事になるかもしれない。
「それでさ、ローレルさん。どうすんの?」
「どうするって……何を?」
ローレルさんは、全く知らない様子で、キョトンとした目で見つめてくる。
何をって……!
「何をって、あの空島を、に決まっているじゃあないですか。このまま放っておけないでしょう?」
「何で?」
「何でって……惨めじゃあないですか。あんなの。」
厨房から、トントントン、と野菜を着る音が聞こえてくる。それと同時に、話し声も聞こえた。姉に話しかけているつもりの、あの人の独り言が。
「彼は凄く幸せそうだけどね。」
「でも……! そんなの、偽りの幸せじゃあないですか。」
そんな、騙されたみたいな幸せ……嫌だ。
「彼を夢から覚ましたら、彼は嘆くだろうねぇ。さっきまで幸せに暮らしていた村が、壊滅しているのだから。どちらにせよ、彼は現実を直視できないと思うよ。」
「つまりローレルさんは、この村を、彼をそのままにして出て行こうって言うんですか!? そんなの……そんなの、あまりに無責任じゃないですか!」
ジュー、と、油の跳ねる音が聞こえる。
「現実を直視させたとして、僕らにはそれ以上のことは出来ない。なのに夢から覚ますのは、それこそ無責任じゃあないかな。」
「でも! このままじゃあ彼は偽りの幸せに取りつかれたまま……」
「幸せに、嘘もホントもありはしないさ。」
ローレルさんは、そうにこやかに言った。
俺にはその表情が気味悪く……でもどこか、悲し気に見えた。
久々です。
もう打ち切ろうかと思いましたが、やっぱり続けます。愛着があるので。
でも、前より更新頻度はガクンと落ちるかと……すみません。