第三十二話 変わった風景。
【旅のしおり】
―欲整の祭―
かつて、世界では人による争いばかり起きていた。
魔法科学の進展により、地は簡単に裂け、海は簡単に死に、空は簡単に燃えた。そうして人は、変わり続ける地図に嫌気がさして、ついに争いを消し去る決意をした。
しかし、既に人の手に負えなくなっていた兵器たちは、それを阻んだ。そして人は、それらを葬り去るため、欲を抑え込み、神から力を授かって、天使を創り出した。
悪魔と化した兵器と、と天使との戦争は、それまでよりも更に激しいものとなり、文明は衰退し、国家も消え失せた。
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「あーっ!!」
朝露の残る、少し涼しい森を歩く。
まだ寝ぼけている体に、足元の草の水滴が、冷たさを全身に響かせてくる。冷たくって、ひゃっ、と、声が出てしまいそうだ。歯を食い縛る。
そんなことをしながら歩いていると、チェリがいきなり叫びだした。寝ぼけた頭に、不意打ちの高い大声である。こっちはもっと響いた。
「なぁに、あの島!?」
チェリが指さす、その先。
森が切り取る空の隙間、そのずっと先に、何か浮かんでいる。
遠くて、点のようだが、でもよく見ると、茶色いような……緑のような……
「なんだ? あの点……」
「だーから、島なんだってさ!」
チェリは空を指さしたまま、こっちに向かって抗議をしてくる。
「島? 俺には全然……」
「お姉ちゃんは視が良いんだ。凄いでしょ。」
「いや、なんでお前が誇らしげなんだよ。」
あ、でも段々見えてきたような……気が……うーん、やっぱり良くわかんないな……
「望遠。」
後ろにいるローレルさんのものだろうか。頭の上に、ポン、と手が置かれ、魔力が流れ込んでくる気配が走る。
……っと、急に点がぐぐっと迫る。
いや、それが迫っているのではない。俺がそれに近づいて行っているのだ。だが、足にはきちんと地面の感覚があり、動いた様子など微塵もない。
距離はぐんぐんと近づき、このまま衝突するのでは? と、仰け反ってしまったが、どうやら無用の心配だったらしい。俺は、俺が丁度その全貌を眺められるくらいの、百メートルほど離れた位置で、風もなく静止した。
近くなったその点は、それがただの点では無いとわかる程に、くっきり見えた。
……島だ。チェリの言った通り、島が、それも、空の上に浮かんでいるのだ。
にしてもこの状況……
「……うわっ!?」
不思議になって足元を見ようとすると、物凄い勢いで景色が動く。
推測するに、俺自身もこの島も、少しも動いていない。変わったのは、俺の視界。俺の目が、島が近くなったように感じた。そういうことだろう。
俺はこの感覚を知っている。確か、子供の時、観光地のお城の天守にあった……
「望遠鏡みたい……」
「いーでしょ、この魔法。光属性ってこういう時便利なんだよね。」
ローレルさんは、嬉しそうに語りながら、頭に置いたままの手で、わしわし撫でてくる。
「えー、なにぃ? あれ、もっと近く見えるの? いーな、私もやりたーい。」
チェリが食い付いてくる。その声色からは、剥き出しの好奇心を感じる。
まあ、流石に肉眼ではここまでくっきりと見えないだろうし。いや、今見ているのは島からちょっと離れた空なわけだけれど。
「ごめんねー、二人同時に出来るほど、僕は器用じゃあないんだ。」
「ふっふん。いーだろ。凄いだろ。」
さっきのリリを思い出して、胸を張り、ちょっと自慢気に行ってみた。
「なんでお前が誇らし気なんだよ。」
「えへへ……」
さて、そろそろ雲の流れをどアップで観察するのにも飽きたし、ちょっと視点を……
「えっと……空島どこだ? えっと、えっと……あ! ……って、通り過ぎちゃった。えっと、えっと……ゔぅ、なんか気持ち悪くなってきた……」
景色が、首の動きに合わせて、超高速で動く。
視界の、その激しい動きに、脳は耐えられず、悲鳴を上げる。咄嗟に、望遠鏡から目を離そうとしようにも、俺が今見ているのは望遠鏡なんかではなく、それも叶わない。
ゔぁ、気持ち悪ぃ……
「ああ、ごめんトモ君。一旦弱めるね。」
*
「で、森を抜けてみたら、空島の真下に村があった、と。」
「ますます不思議だねー、トモザネ君。こんなところに、ポツンと一つだけ村があるだなんてね。」
開けた草原に、風がそよぐ。
森を抜けたと言っても、すぐ向こうはもう山だ。これではどうにも、人の住む土地にしては、外部との繫がりが、薄すぎるような気がする。実に奇妙だ。
でもまあ、閉鎖的過ぎる、という点さえ除けば、なかなか良い土地ではある。風も優しく、川も良く流れ、空気も美味しいし、日当たりだって良い。
「あんた達、ウチの村になんか用かい?」
暫し自然に魅せられていると、この村の人らしい、若い男が話しかけてくる。
「旅の者かい? 珍しいね。歓迎するよ。」
動きやすそうな軽い服装に、矢筒と弓を背負っている。猟の帰りだろうか。
「あの、この村は……」
「ああ、いったいどうして、こんな森のど真ん中に、村なんてあるんだい、ってか? そいつぁな、あの空の島のおかげなのさ。」
空の島の……おかげ?
「どういうことだ?」
リリが、何か引っかかるといった様子で聞く。リリは勘が鋭いから、本当に何かあるのかもしれない。
「ああ、実は、この村は一度、度重なる魔物の襲撃にあって滅びかけたんだ。だが、あの空島が救ってくれてねぇ……きっと、おいら達はもともと、あの空島の住人だったのさ。でも、太古の昔に地上へ来てね、それでも楽しく暮らしていたんだけど……多分、そんな理由で、空島がおいら達の村を救ってくれたのさ。」
そうゆっくりと話す彼は、どこか悲しそうに見える。
「その、救ったっていうのは、どういう風に?」
「ああ、俺もあんまり詳しくはわかんねぇんだが、魔物の去った後、街には俺だけしか生き残っていなかったんだ。そいで、そんだけ悲しくって、つらい状況でも、人って、疲れていたら眠ってしまうもんなんよ。したら、夢の中に空島が出てきて、朝起きたらみんな元通りさ。」
途中、急に声が落ちたり、かと思ったらまた、ぱあっと明るくなったり、なんだか忙しい人だ。
「もう一つ、質問していいか。空島の影についてなんだが……」
リリが、さらに話を続ける。
「もう質問はええな。とりあえず街に入れや。」
男は、少し先に見える、日当たりのよさそうな村を差し、歩き出す。
……あれ? 今のリリの質問、聞こえなかったのかな?
さっき、空島の影がどうって、確かにリリは質問したはず……影?
そこで俺は、この空島の、おかしな点に気づいた。
不意に、本筋に直接関係ない話も入れた方がいいかなって思ったので、入れました。
この小説はいっつも行き当たりばったりですが、今回は特に行き当たりばったりです。





