第三十一話 或る日の夕食。
【旅のつぶやき】
―ローレルのつぶやき―
よく、無意識にしていたことを、「あざとい」って言われるんだよね。そうすると、何となく、意識的にもあざとくしてやるっ♪ って気持ちになるんだよね。それで、気がついたら、どこまでが無意識なのか、わかんなくなってるんだー。えへへ。
トモザネ君にも言われたいなー。「あざとい」って。
「いいじゃないの、ちょっとくらい。ね? 一回だけ、一回だけだから。」
「嫌だ! 絶対に嫌だ! 私はお姉ちゃんのために……!」
アンドレイヌから旅立って初日、今日は森の中で夜を越そうというときに、夕食の料理担当が、どうにもなかなか決まらない。
いや、料理の出来る人間が二人いる時点で選択肢は二つ発生するわけで、リリが夕食を、正確にはチェリの食事を作りたがるのも、なんとなくわかっていたことだったのだが、てっきりローレルさんが譲ってくれるものとばかり思っていた。
でもなぜか、そうはならなかったようだ。
そんなこんなで、もうすぐ日も暮れるという時に、まだ言い争っている。
「そもそもローレルさんは、どうしてそんなにも料理が作りたいの?」
二人の会話に進展が見えないので、とりあえず俺の疑問を投げ込んでみる。
ローレルさんは、割と融通の聞く人だと思うから、今反抗しているのも何か理由があってのことだとは思うのだが、その理由とやらの見当がどうにもつかないのだ。
「僕はみんなと違って、戦闘ではあまり活躍できないからね。自分の得意なことくらいは活かしたいんだ。……それに、リリ君の料理も美味しいけれど、多分僕の方が上手だよ?」
やっぱり本心が見えない。確かに、ローレルさんはこの中で一番料理が上手い。でも、リリの料理も美味しいし、いつものローレルさんならそんな風にいうことはないと思うんだけど……
「それでも、私はお姉ちゃんに、自分の料理を食べて欲しい。」
「僕の方が美味しく作れるのに?」
そう問い詰めるローレルさんの、キツい言葉づかいは、本心でないように感じる。だとすると、どうしてそんなに……
「そうだ。」
一切動じないリリの一言で、張り詰めた会話が膠着する。
辺りに残るのは、どうしようもない沈黙。
どこかから聞こえてくる虫の声は、前の世界の、秋のものと似ている。なんだか、妙に心が安らぐ。
そこらの茂みから聞こえてくる物音は、小動物のものだろうか。直接姿を見ることはあまりないが、それらは前の世界のそれと似ているのだろうか。いや、そもそも前の世界では、身近にそんなのがいるような生活は送っていなかったな。
しばらくの間、重い空気が流れた後、それはチェリによって搔き消された。
「うーん、よくわかんないけど、私はリリの料理好きだよ?」
チェリの発言と同時に、リリが堪えきれない程の幸福感の濁流が押し寄せたかのような、実に、実に幸せそうな様子になる。
「……ほ、ほんとに!?」
「うん。なんか、美味しいのもそうなんだけど、落ち着く味っていうか……」
「あーはは、それじゃあもう、僕の出る幕は無いね。」
「お姉ちゃんが……私の料理を……好き……好き……っ! ねえ、ほんとにほんとにほんとなの!?」
さっきまで仏頂面だった人間が、満面も満面、百二十パーセントの、ふやけた笑みに、大変身。
あぁあ、リリってば、もう完全にお姉ちゃん大好きモードに入っている。いやぁ、このパターンも、だんだん見慣れてきたな。
「だーから、本当だってさ! それより早くご飯作ってよ。」
ゔ、確かに俺も、腹の虫がきゅうきゅうと疼きだしている。というか、この体になってからというものの、妙にお腹の減りが早いような……
体は小さくなったはずなのに、前の自分二人分くらいは食べてしまう。身体能力が上がって気になんないだけで、実は体重が凄いことになってたらどうしよ。この世界では、今のところ、体重計は見かけていないけれど、これからも遭遇しないことを願う。
*
「わぁお。流石、あれだけ上機嫌で作っていただけあって、すっごい美味しいね。僕は、君の料理好きだよ?」
火を囲んで、リリの作ったシチューを、美味しそうに食べるローレルさんからは、先ほどまで、それを作ることを阻止しようとしていた、など、全く、疑うことすらできない。
「それはどうも。でも私は、あなたからそんな言葉をもらっても、ちっとも嬉しくないの。大体、そんなこと言うなら、どうしてさっき、あんなことを言ったんだ。」
「んー、気分かな?」
リリの質問を、ローレルさんは、笑って受け流す。
「でもまあ、自分に正直なリリ君は、結構カッコよかったよ。」
焚火に赤く照らされた、ローレルさんの笑顔は、とっても楽しそうで、
「はぁ……。やっぱり私は、お前が嫌いだよ。だいったい、その『君』付けはなんなんだぁ? 『君』付けはぁ?」
あっそれ俺も思ってた!……と口に出したいところだが、リリの美味しいシチューが、口に詰まっているので、残念、会話に参加できない。
「あっそれ私も思ってた!」
ぐぬぬ……チェリめ。小さい頃から食べるのが遅くって、いっつもこう、会話に参加できないってことがあるんだよな。でも、その弊害が、ここでまで出てくるとは。前よりは早くなったんだけど、食べる量も多くなっちゃったからなぁ……
「二人とも、よくぞ気づいてくれました。実は、これはですねぇ……!」
「やっぱりいい。なんか、面倒な気がする。」
「そ、そんなこと言わずに、聞いてってば。」
ローレルさんが、リリの肩をゆする。
「仕方ない。話すことを許そう。」
なんだろう、無表情のリリが、やけに楽しく見える。
それは、火に充てられてぼぅっとしている、俺の見間違いだろうか。それとも……
「これはだねぇ! なんか博識っぽいからだよ!」
「「…………。」」
火を囲んで、またまた沈黙が流れる。
でもなんだか、さっきより楽しい。相変わらず無表情なリリの顔も、呆れた、と笑っているように見える。
……あ、チェリが苦手な人参、柔らかくしてある。
なんかもう、リリが主人公でいいんじゃないかなって思ってます。