EX.slmm-3 三十・五話 告げなくたって、幸せじゃない。
【旅のしおり】
―妖精について―
妖精には、大きく分けて、二種類が存在しているといわれている。
一つは、妖精族と呼ばれる、実体の濃いものである。
ヒューマンの子供に、身の丈より一回り小さい、半透明の羽が生えたような姿をしている。意識もはっきりしており、他の知的生命体とのコミュニケーションも可能。
現在、ビブリニア、その他諸国の共通認識として、人類の一種に数えられている種族の一つでもある。しかし、土地により偏りはあるものの、非常に希少な種族であるため、ほかの種族の人間で、実際に会ったことの無い者も、少なくはない。
もう一つは、単に妖精、また、妖精族と区別するために精霊などとも呼ばれている、実体の薄い者たちである。
様々な自然現象に関わっているとされるが、実体が薄いため、観測が難しく、様々なことが謎である。そして同時に、様々な説が、ほぼ未解決のまま立てられている。生命体では無いとする説、生命は無くとも魂はあるとする説、妖精族とは一切の関係がないという説、逆に、その起源であるとする説、妖精である限り寿命が無いという説、逆に、非常に短命であるという説、集合体だとする説、概念だとする説、一部学者の虚言だとする説……
また、そのように謎であるということは、人間の想像力を書き立てるということにもなるため、古くから良く創作物の題材にされる。特に、児童文学においては、妖精は、今も昔も、子どもの憧れとなっている。
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ある森の、ある小さな昔話をしましょう。
ある人間の女の子が、森の深く深くに迷い込んでしまいました。
女の子は疲れ果てて、草むらの上に倒れ込んでしまいました。
そしてそれを、森の妖精さんはずっとじいっと見ていました。――が、女の子の命が危ないと見て、妖精さんに一つ迷いが生まれました。
妖精の掟に従って、このままじぃっと見ていれば、この女の子は人知れず死んでしまいます。
しかし、掟を破って女の子に道を教えれば、この子は一命を取り留めるわけです。
妖精さんは、ほんの少しだけ考えた末に、結論を出しました……
「……」
ソレイユはもう寝たようなので、届きもしないのに唱えていたこの昔話も、もう中断しよう。
彼女の艶やかな髪を撫でていた手を、名残惜しくも、流して離す。
ランプ一つの、ぼんやりとした明かりが充満する部屋の中、私の膝の上で、すやすやと、一人の女の子が眠る。
外から聞こえる虫の歌と、彼女の愛らしい寝息が、ハーモニーを奏でている。
彼女の整った顔は安らかで、私も安心する。
ねえ、ソレイユ。私が言葉を取り戻したとして、一体あなたに、何と言えばいいのかしら。
あなたは覚えていない、私たちの昔話をするべきかしら。それとも……
言葉を取り戻したとして、本当に気持ちは伝わるのかしら。
「……ミモザ……は、私が……守る……から……」
そう寝言を言うソレイユがやけに子どもらしくって可愛くって、ついつい笑ってしまった。
さて、そろそろそっと膝を枕に差し替えて、私も寝ようかな。それと、その前に。
森の妖精さんは、女の子の唇を、そっと塞ぐのでした。
*
「ねえミモザ、これは……ちょっと……」
いつもボーイッシュな彼女が、私の差し出すフリルのワンピースにたじろぐのは、なかなか見ていて面白い。というか、可愛い。
今日は久しぶりに二人で買い物に来たので、彼女にちょっとばかし冒険者らしさより女の子らしさを求めてみているのだ。
一般向女性向けのコーナーは、冒険者向けに比べて、全体的に華やかだ。
ガチガチの冒険者装備に身を包むソレイユは、ちょっぴり肩身が狭そうに見える。まあ、次からこうならないためだから、仕方ないよね。
だってさ、ソレイユったら、今日は魔物討伐には行かないって言っているのに、鎧を着てくるんだもん。何で? って聞いたら、他は下着とインナーしか持っていないから、上に着られる服がないんだって。それは流石に、ねえ。
とりあえず、ソレイユはちょっと照れていても暫く押せば折れてくれる。なので、目線を合わせて、『着て欲しい』を耐えなく伝えている。
「わかったよ、着るから。でも、これだけだよ。」
ほらね。彼女は試着室に入ってくれる。
そして出てきた彼女は、見違えるほど可愛らしくなっていた。
艶のある長い髪がワンピースの背中に映え、彼女のほど良く細い体も、線を残しすぎず残さなすぎず、ふんわりと包み込まれて引き立っている。
普段とのギャップもあるのだろう。でも、それがなかったとしても随分と似合っているのは確かだ。
いつもは、動きやすそうな冒険者服。あるいは、その上に防御力の高そうな鎧。そのせいでそっちばかりの印象になっていだけれど、本来この子は、こういう女の子っぽい服のほうが似合っているのかもしれない。美人だし。
「……ど、どう……かな?」
彼女は恥じらって、私にそう聞く。私は、全力で首を縦に振った。
ワンピースが白というのも良い。彼女の赤面が良く映える。
ただ、あまりにも似合いすぎているために、他のお客さんからの視線も感じる気がする……というのは流石に、考えすぎだろうか。
「そうか。……こういう服も、たまには悪くない……かもな。」
彼女は、ちょこんとスカートの裾をつまむ。そういう仕草は、やっぱり子どもっぽくて、やっぱり可愛いな、と思う。
そして、その顔は嬉しそうで、私も嬉しい。
「それで、この服いくらぐらいで……あ、書いてあった。……て、えぇ!?」
あ、値段見ちゃったか……いや、ソレイユの鎧よりは安いと思うんだけどなあ……でも、インナーよりは高いか。
やっぱり、買えないよね。まあ、可愛いソレイユが見れただけ良しとするか……
「仕方ない、買うか。一応貯金はあるんだし……いや、でも旅行資金も貯めなきゃいけないから、節約はしないと……」
……え?
か、買ってくれるの!?
「……ん? いや、ちょっと高いとは思ったけど、こういう服は持っておきたいし、何より……ミモザが選んでくれた服だから、な。」
ソレイユ……!
「ちょ、この服まだ買ってないんだから、あんまりしわになっちゃうといけない……」
私は思わず彼女に飛びつき、ギュッと抱きしめる。彼女はちょっとよろけて、でもしっかりと受け止めてくれる。
柔らかく、華奢で、けれども頼もしい彼女の体。
愛しいその体からは、やっぱり、優しい優しい、陽だまりの匂いがした。
*
掟を破った妖精さんは、女の子を助けた後、妖精ではいられなくなってしまいました。そこで妖精さんは、自分の中に芽生えつつあった、助けた女の子への愛を利用し、魔女と契約したのでした。
しかし、そうして人に戻った妖精さんの、ひっそりずぅっと隠れていた想いは、まだまだ隠れたまんまです。
告げなくたって、幸せじゃない。
森の妖精さんは、そう、自分に言い聞かせました。
ソレミモのお話書くの楽しぃぃぃ!
取り乱しました。すいません。お久しぶりです。って、いつも言ってる気がします。虹村萌前です。
しばらくは書き溜めてるので、もうちょっと投稿ペース上がると思います。
七月中に完結させたいですが、結構キツそうです。でも、頑張ります。心の中のローレルさんに応援してもらいます。