EX.shch-1 二十一.五話 きっと、迷わない。
【旅のしおり】
―獣人族―
獣に似た特性を持つ種族の総称。猫族や狼族(月変性を持つ種族も含む。)、狐族など。人の状態の竜族を含むか否かなど、考え方や状況によって変化する部分もある。
基本的に大きな特徴として、獣によく似た耳と尾を持っているものが多い。
欲望が強いとされ、ビブリニアでは迫害されることも多い。
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あっつい。
熱いと暑いが混ざり合って、このまま溶けてしまいそうだ。
私の腕をがっつりと掴む彼女の腕。あつい。
伝わる彼女の乱れた吐息。あつい。
もう片方の手で刺激され、内側から溢れ出す愛。あつい。
あつい。あつい。愛してる。
あつくてあつくて、ベッドの上で体が跳ねた。
*
「ごめんね、またこんなこと……」
心まで獣のようだった彼女の名残はなく、叱られている子犬のように小さくなる。
「いつも言ってるけど、何も気に病むことはないのよ。なんなら満月の日以外にもチクから……」
「それは無理!」
彼女は涙目になって高い声を荒げる。なにこれ可愛い。
「えー、私はいつだっていいんだよー。よしよし。」
可愛いので撫でる。両手とも握り疲れていることも忘れて、撫でる。
つやつやの頭を撫でると、モフモフの耳がひくんと跳ねて頬を赤らめる。
なんだこの可愛い生き物。
「だから……恥ずかしいから無理だって……!」
「そう。じゃあ今度は私から……あ!」
急に忘れていたことを思い出し、さっきまでとは違う、冷えた汗が吹き出る。
「シーク? どうかしたの?」
きょとんとした目で見つめる彼女のきらめきに、やっぱりまだ忘れている事にしようとすら考えてしまう……が、そういうわけにもいかないのです。
「いやぁ……フラさんから仕事来てたの忘れてた。」
あーはは。と、誤魔化して笑ってみる。
「はぁぁいぃ!? そういう大事なことは早く言ってっていつも言ってるでしょ! いつまでにどこ!?」
うん。誤魔化せてないよね。
チクったら結構そういうとこ真面目だからなぁ。
「明日までに、インヴィディ。なんかヤバい組織を止めるとかなんとか。」
満月だったとはいえ、こんなことしてて仕事すっぽかしたってなったら、フラさん怒るだろうな……いや、今回のはすっごい重要だって言ってたから、もしかしたら未達成なら人類の危機……みたいなタイプのアレかも。それならフラさんも怒る暇はないね。まあ、それはそれでマズいか。てか、そっちのほうが余裕でマズいな。うん。
「仕方ない。この仕事はフレーゼ達に変わってもらおう?」
「あー、いや、実はあの人達ビブリニアにロズ君達を探しに行ってて……」
「え!? じゃあ明日までに行ってその組織を止めなきゃいけないってこと!? ラクサリからだと車を頼んでも一日半はかかるのに……あ、でもシークの水馬車なら頑張れば半日で着くよね。」
水馬車というのは私の十八番の魔法だ。水魔法で馬車のような駕籠を作って、空中を浮遊させ移動させる。
それなりに快適で、それなりな速度が出るからお気に入りなのだけれど、魔力と集中力を滅茶苦茶必要になるのが玉に瑕。
「うぅん……いいけど、疲れるなー。」
ただでさえ今夜は結構疲れたのに、また半日も水馬車を走らせ続けるのはなぁ……
「シークのせいでこうなったんだから、そのくらいは責任取ってよね。」
彼女は頬を膨らませて、ジトっとこちらを見上げる。
「あー、そうだね。ごめんごめん。あと可愛い。よしよし。」
「そうだよ。それとそろそろ頭を撫でるの辞めて。」
「その割には……結構嬉しそうだけど? 尻尾とかが。」
と言って、さっきから彼女の後ろでヴォンヴォンと動いているモフモフの塊を見つめてみる。
「ちょっとぉ!しっぽあんまり見るなぁ!」
そういう彼女の、ちょっぴり涙が溜まった瞳……
うん。今日も一日頑張れそうだ。
*
「ひっどいなー、僕のために頑張ってた組織の人達をみーんな殺しちゃうなんて。」
人であった物とその血が床に散らばる惨状に似つかわしくない、純白の服を着た少年が、これまた似つかわしくない無邪気そうで楽し気な笑いを施設に響かせる。
「悲しいよ僕は。あはははは。でも面白いんだ! あれだけ必死になっていた組織の人達が、こーんなあっさりやられちゃうだなんて。やっぱりあの人たちもパンプキンだったんだね! みーんなみんなパンプキンで、僕だけが特別なんだ!」
少年が叫び、その中でその頭上に水の渦が浮く。
どんどんと膨張する渦からは、瘴気が溢れる。
「すごい魔力だね。……えぇ。一体、不完全な手術だけで何人を取り込んで来たんだか……」
「キミもパンプキンなんだろう!? そう証明して見せるさ! そして僕の国へ連れてってあげる!」
すっごいねじれた魔力だね。なんか可哀そうになってきちゃったよ。
とか言って、逃がす気なんかない癖に。
逃がしたって救えないよ。ここで終わらせちゃうのが、一番手っ取り早く救う方法。
それはそうだけど、それって言い訳でしょ?
そうね。結局私は、自分とチク以外はどーでも良いのよね。
そ、そう……ぁ、あたしも。
「とりあえず倒しちゃおっか!……うん。そうだね。」
「お姉さん、一人で楽しそーに話してるねぇ。もしかして僕と同じ?」
「あんたなんかと一緒にしないでよ。あたし達はそんな下品な混ざり方はしてないから。」
という声は渦の轟音でかき消され、少年の耳には届いていないようである。
そして、その渦もゆっくりとこちらへ近づき、私たちを飲み込もうと迫る。
「チク、あれ壊したらお願い。…...うん。わかった。」
両足でしっかりと地面を踏みしめ、跳び上がる。
巨大な渦を真上から覗くと、描かれた螺旋は中心にある目で終息しており、なるほどしっかり竜巻状になっている。
その目に目がけて降下しながら、魔法を使うため右手を構える。
ぴちゃん。と、指に水が触れる。意外と生温い。
「解放」
指先から伝わる、水に込められた禍々しい魔力の繊維。それを私の魔法が綻ばせ、解いていく。
縛られるものを失くした水の塊は、粒となり散る。
そしてそれに混ざり、
「同化」
あたし達は姿を消す。
敵を見失った少年は、混乱したままにどこから来るかも知れない攻撃を、成す術もなく受ける。
私は一方的な戦いはあまり好きではないけれど、これが一番手っ取り早いので、ついやってしまう。
「このっ! 透明になるとは卑怯な! 正々堂々と姿を表せ! このパンプキンがぁ!」
少年がやっとの思いで魔法を放つもひらりと避けられ、その隙に懐を許すことにしかならない。
透明だからこその一方的な攻撃……我ながら酷い戦術だよ。
でも、あたし達の目的のためなら仕方ないよ。ただ無責任な奴らとは違う。
「痛ぁい! 痛いんだよ僕は!」
「大丈夫だよ、私達はわかってる。でも倒さないといけないの。」
「僕は! 僕はパンプキンなんかじゃあない! 王様なんだよ! 誰よりも名のある王様なんだ!」
「あら、そう。それなら誰よりも名のある王様を殺した人間も、きっとかなり名のある英雄になるわ。」
「お前らなんか英雄じゃな……ぅぐっ……!?」
尖らせた水を、彼の喉元まで飛ばす。
「当たり前じゃない。だってあなたも、王様なんかじゃあないのだもの。」
もう声も出ない少年は、辺りに血を吹いて倒れた。
鼓動が良く聞こえるようになった頃。さっきまで動いていたモノの赤が、私の頭に飛び込んできてしまう。
ああ、またこれだ。
私は私にとって一番正しいことをしている。それなのにまた、不可逆というものの恐ろしさに、胸を埋められている。
「なんだか、寂しそうな人だったね。」
そうね。きっと彼は、独りぼっちを遠ざける物を見つけられなかったのよ。
「シークには、あたしがついてるから。」
うん。ありがとう。
朱の滲む空は、私の視界を包み込む。
たとえそれすら幻でも、ずっとずっと一緒にいよう。
そうすればきっと、迷わない。
やっぱりおまけ回は書くの楽しい! どうも、虹村萌前です。
いや、本編も楽しいから書いてるんですけどね。でも今回は特に楽しかった。
少年(ジャックって名前まで考えたけど出す機会なかった)はもともと出す予定なかったんですけど、何も考えずに書いたエイプリルフールに設定後付けしたいとかチラッと思ったら浮かんでました。





