EX.mmrr-1 二十五.五話 できることは何もない。
【旅のしおり】
―決闘について―
ビブリニアやその周辺国において、冒険者やその他戦闘能力のあるものの間での物事を決める手段として、古くから伝統的に決闘というものがある。
そのルールに関しては様々だが、現在ビブリニアにおいては命を奪うことを勝利条件とする過激な決闘が禁止されていることもあり、相手の胸の花を散らすことを勝利条件とするものが主流である。
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「ろま~。」
ちょうど無防備だった私の恋人を、後ろから抱きしめる。
ロマは「ひゃっ!?」と小さく叫んだ後に、肩を縮めてちょっと小さくなるので、それに合わせてもっとぎゅうっとする。
「な、何よもう。いきなり。」
道具の手入れ中だったロマはちょっと棘を含ませて言うけれど、その棘がすっかすかなのはお見通しなのだ。
だってまあ、腕の中でだんだんロマが私に体を預けてきているのが伝わるからね。
「ロマに抱きつけそうだったから、抱きついた。」
「理由になってない。」
私の正直な答えはロマのお気に召さなかったようで、やり直しを命じられる。
「私が抱き着きたかった……から?」
「正直だねー、はいはい。」
今度はお気に召したようで……いや、諦めたのかな? まあいいや。
突き放すようなロマの口調は、それはそれで可愛い。
「ロマが嫌なら、もう抱きつかないようにするけど……」
「べ、別に抱きつかれるのがいやなわけではないわ! こ、これはその……作業中にいきなりっていうのは思っただけで……」
ロマが口をもごもごさせながら弁解する。可愛い。
「作業中じゃなかったら、何しても良いのね……?」
ちょっといやらしく、含ませて聞いてみる。
ロマは恥ずかしがり屋さんだから、否定するだろうなぁ、と。否定してから、さっきみたいに可愛い訂正を入れるのだろうなぁ、と。期待する。
「お、お手柔らか……に。」
はれ? 思ったより反応が穏やかだなぁ。
「……どうかしたの?」
なんとなく感じた違和感を、そのまま言葉にする。
そうするとロマはいつも、それだけで答えを教えてくれる。
「ど、どうかしたって、何が?」
「いやぁ、ロマちょっと変だったからさ。もうすぐリリ達が来るっていうのが関係あるのかなぁ~?」
「い、いや別に! そんなことない! 仲良くなれるか不安だとか、モモが私のこと忘れないか心配だとか、全然そんなこと思ってにゃい!」
キュートラップ!
「ちょ、ちょっとモモ?……そんな強く肩をつかまないでくれる?……」
頭の中が真っ白になり、ただ目の前の輝かしい存在への愛しさだけが増幅していく。
「ねえ?……ちょっと聞いてるの?」
私はロマをベッドに押し倒した。
*
あのあとめちゃくちゃドリーミラクル。
とまあそんなこんなで、私はリリと決闘することになったの。
へ? もうちょっと解説ほしい? 仕方ないなぁ。
まず、ロマは自身が心配していたよりあの子達に馴染めていたみたい。リリとはともかく、チェリとは妬けちゃうくらい仲良くなってたみたいだし、トモ君とも普通に話していた。
それで、私がロマと決闘することになった理由なんだけど、どうやらあの子、チェリのことがとっても好きみたいなの。それも、姉妹として以上にね。
でもね、私としてはちょっぴりイヤーっ! なわけ。だって同性とはいえ姉妹でそういうのって、ストレンジ過ぎるっていうか……
「いいじゃない別に。普通かどうかとか、あたしたちが言えたことじゃないでしょ。リリちゃんの好きにさせてやんなさいよ。」
思うがままに話していると、聞いていた恋人に中断された。
「それはわかってるけどー。わかってるからあんまりそういう態度はしないようにしてたんだけどー。でもあの子勘が鋭いとこあるから、私の気持ちが伝わっちゃったみたいなの。」
いやー、妹と心が通じるほどの絆を持っているのも、たまには困ったものだね。
「それで、どうするの? 受けるの?」
「大事な妹を傷つけるのは嫌だけど、決闘を受けてリリが勝ってくれたら、リリも私もスッキリだと思うの。もちろん多少はハンディもつけるけどね。」
*
鋭い水の棘がしなやかに私の胸の花を襲う……でも、遅い。
交わしたところでまたこちらへ向かってきたそれを、最小限の炎魔法で蒸発させる。
「……くっ!……これも避けるのか……ならっ! 水鞭!……それから水砲!」
「炎盾……炎盾」
襲い来る水の鞭を揮発させ、残った根元の水が丸まって飛んできたが、それもまた打ち消す。
リリはいろんな技を試行錯誤して私を襲っているよう見せてるつもりみたいだけど、詰めがまだまだスウィート。それが演技だってことは、おねーちゃんにはお見通しだよっ!
「ならもう一度……水砲! 水砲! 水砲!」
私の使える魔力はハンディによって制限されているから、リリはそれを利用して私の魔力を削ろうとしている。
リリの魔力と私の使える魔力は丁度同じくらいだから、リリの攻撃をすべて相殺していたら共倒れになるけど、どちらかがある程度相手の攻撃をそのまま避ければそれは防げる。そしてリリの攻撃はさっきから私を確実にホーミングして、必ず相殺させに来ている。それに気づかないまま私がリリに攻撃をして、リリがある程度それを避ければリリは勝てる……そう考えたのね。
でも、それじゃあ私は倒せない。私はそのリリの作戦に気づいたし、その上でリリと全ての使える魔力を相殺しあったとしても、私が消耗したのはあくまで攻撃に使える魔力だけだから、魔力が足りずに倒れることはない。
ごめんね、リリ。おねーちゃん決闘には手抜きしないって決めてるんだ。
「炎槍!」
とは言えただ相殺し終わるのを待つのも面倒だから、一気に決着を付けるよ。
この魔法はリリには避けられない。かと言って相殺すればリリは立っていられない。
おねーちゃん、もう一度心の中で謝るよ。大人気なくてごめんね。
「水盾!」
……が、炎槍を相殺してもリリは立っていた。
「……どうして? リリ、あの量の水を生成して運用すれば、もうあなたの魔力は残ってないはず……」
不思議だ。不思議だがとりあえずリリにしてやられたということだろう。でもどうやって?
「私は、出した水を全て生成したわけじゃあない。」
「……どういうこと?」
そう聞くと、リリは掌をこちらに見せる。そこには魔法陣が書かれ、微かに光っていた。
「体の水分を抽出して、生成した水に混ぜて増してたの。これで狙い通りモモ姉の計算を覆すことができたようで何より。」
「ちょっと! そんなことしたらリリの体が危ないでしょ!? いつもそんな戦い方してるの!? もしそうならおねーちゃん……」
「いや、こんなことをしたのは今回が初めてで、たぶん最後。お姉ちゃんへの私の気持ちが承認されるための、今回きりの戦略。それより、そろそろ決着をつけていいかな?」
相手の胸の花を散らす。それが勝利条件。
「ふっふん。私はまだ動けるんだよ? 普段は魔法メインだけど、ちょっとくらいは投げ武器の心得はあるの、知ってるでしょ?」
「え、知らない。興味なかった。」
「ひっどいなー。しかも決闘中も何回か飛ばしてたよ? ……もう。ひどい子には……えい! っと」
上着の裏に隠しておいた釘を出し、リリに向かって投げる。
「水針!」
それと同時に、リリも水魔法をこちらに放つ。
今度はホーミングはしないみたいで、さっきよりずっと早い。
「……っ!」
胸の花が散る。
それと同時に、私の投げた釘は、狙い通りリリの頬を掠めた。
これでもう、私がリリに出来ることは何もない。
虹村萌前です。対人のバトルシーンは初めて、というかちゃんとしたバトルシーン自体ほぼ初めてなので、ちゃんと書けているか不安です。できてなかったらすみません。
おまけ回は一話完結にしようとしているので、長くなっちゃいました。でもいつもの一話は短めなので、このくらいがちょうどいいのかもしれません。