第零話:愛を。
愛を、求めた。
望んで願って縋って泣いて、其れでも尚、有り余る程の愛を。
みすぼらしい少女がいる。
まだ十にも満たないであろうその少女は、袖が既に千切れている汚れ切った麻の服を纏い、その場に佇んでいる。
貧相な体に、燻んだ髪の毛。瞳には一筋の光すらなく、それは唯只管に目の前の光景を写していた。
暴力を振るう男たち。
少女の檻の前で何かを争う男たち。
誰かの悲鳴、下卑た笑い声、それから、少女の値を競って怒鳴りあう声。
あぁ、これは過去の私だ。
裏切られ、捨てられ、絶望して。狂う程に、愛を求めた。
「嫌な夢」
ポツリ、私は夢の中で呟く。
このあと少女がどうなるのか、私は全て知っている。
綺麗なお洋服一着にすら満たない値段で、少女は娼館の主に買われる。
そして、自身の値より高い、黒いドレスを着せられて、お化粧を施されて、一人の男の前に立つのだ。
ベッドに連れて行かれて、嫌だ嫌だと泣き叫ぶ私に、男は––––––。
目を背ける。こんな、愛のない情事を、今の私は見たくない。
耳をふさぐのはやめる。これは、私への戒めだから。
聞こえるのは、少女の拙い嬌声だけ。
……それだけ? 本当に?
「……ビー、アイビー!」
私を呼ぶ声がする。
嫌な夢は、もうおしまい?
目を開けると、心配そうに笑った男が映る。
「魘されていたけど、何かあった?」
「……ううん。大丈夫」
儚く笑って、私はそう答える。
こうしたら、この人が心配してくれることがわかっていたから。
私に、もっと溺れていくことがわかっているから。
「何か僕に、できることは」
「そうね、……じゃあもう一回」
私は躊躇わずにそう言って、彼の体を押し倒す。
二人ぶんの体重でベッドがふわりと沈む。表情を硬くした彼は、まだ朝だよ、と低く呟く。
ねぇ、そうやって言い聞かせる様にしながら、獣みたいな目を私に向けていること、わかってる?
起きたばかりの彼の、低い声が好きだ。
私にだけ、小さな気遣いをする彼が好きだ。
名前も忘れてしまった彼の、理性をなくした瞳が好きだ。
だから、今もまた、私は彼に溺れてく。
彼も、私に。
「朝も何も、私はこれが仕事だもの」
「僕はこれから仕事だよ」
「私を置いて? 驚いたわ」
そこまで言うと、完全にスイッチが入ったのか、彼は何も言わずに私を押し倒した。
形勢逆転。
「愛してるよ」
その言葉とともに、私は彼に貪り食われた。
余裕がない時だけ、彼は少し乱暴になる。くす、私は少し笑って、彼の頬に口付けた。
ねぇ、貴方は知ってる? 小さな頃、娼館に売られた美しい少女を。みすぼらしい少女を。
知らないでしょうね、偽りの愛で育った少女のことなんて。
皮肉にも、私を捨てたあの人が教えてくれた。
アイビーの花言葉は、『永遠の愛』。
偽りの愛でもいい、汚れた愛でもいい。
永遠に私を愛してくれるのなら。
夢に浮かされた純粋な少女の様に。
この愛を、咲き誇れ。
主人公ちゃんがビッチです。
最終的には誰かとくっつかせたいと考えていますが、しばらくこれが続きますので、地雷な方は自衛お願いしますm(_ _)m