第1話 森の中 逃げる赤髪と眠る武士
手○治虫先生の作品とは一切関係ありません。
あしからずご了承下さい。
『みなさんこんにちわ!リロア・リブロラです。
今日もいい天気ですね。空は青くて突き抜けるよう、風は柔らかく私の頬を優しく撫でるよう。そんな陽気の中・・・私は・・・今・・・
山賊に追われています!!!』
世界に魔法が溢れている。
大気は魔力に満ちて、空は澄んで晴れ渡り、水は清らかで淀むことがない。
見える全てが色鮮やかで、光はいつも7色に輝いて、夜の星空は宝石箱をかえすよう。
誰も彼もが祝福を受けて、奇跡が当たり前のことのよう。
世界に奇跡が満ちていた。
世界は魔法で満ちている。
魔法みたいな不思議なことなのに、当たり前の事。
魔法なんて当たり前のことなのに、不思議なこと。
【魔法の大陸マルカクリート】
この世界の人々にとって、魔法は何ら特別なものではなかった。
魔法と人々の生活は密着しており、またその生活も魔法技術の上に成り立っていた。
例えば、我々が壁のスイッチを操作して部屋に明かりを灯すように、この世界では魔法具に魔力を込めて明かりを灯した。
魔力を使って明かりを灯す・・・魔法のない世界の住人にはやり方のきっかけも分からないものかもしれないが、この世界マルカクリートに住まう人々にとってそれは当たり前のことなのだ。
赤ん坊が成長とともに自然と立ち上がり、歩きやがて駆け始めるように、自然と魔法を使い始め
やがてかけ算九九を覚えるように、魔法技術を習得していく。
言うなればこの世界における魔法はなんら特別な技術などではなく、鍵のかかっていない扉を開ける、袋の中に入ったものを取りだす、といったただの単純な動作にすぎない。
これはそんな魔法が当たり前な世界の物語である。
◆1 森の先客
街道から外れた森の中、あたたかな日差しが木漏れ日となって降り注いでいる。
暖かくて優しい光だ、彼女の首筋に伝う汗と反射してキラキラと輝いている。
風は涼やかに彼女を包んで、その赤い髪を揺らしていた。
ただ、彼女の表情には余裕がなかった。
陽気な日差しの中、彼女ーリロア・リブロラは必死に森の中を走っていた。
それを追う影が3つ・・・
「待てよ姉ちゃん。痛いことはしねぇからよ」
森のなかだというのに、軽快な足取りで先頭を進む小柄な男。
「俺らとねんごろになろーぜ、げへへ」
細身で長身の男は舌舐めずりを見せて生い茂る草木を掻き分けるように進んでいた。
「ひょろっちぃ魔法使いが、俺達から逃げ切れると思ってんのか?」
最後に進むのは、大きな盾を背負った男だ。枝や背の高い草で顔や腕を引っ掻けても、さして気にする様子もなくしっかりとした足取りで二人の少し後ろを進んでいる。
彼女を追う三人・・・下卑た笑いを浮かべた男たちは、その気になればいつでも捕まえられると言わんばかりに、どこかこの追いかけっこを楽しんでいるようだった。
そんな男たちに向かってリロアは吐き捨てた
「痛いことはなくてもお断りだし、ねんごろにはならないし、絶対逃げ切ってやります」
必死の強がりだ、男たちに比べて彼女に余裕はない。
「あっ、あんたたちみたいな山賊なんか、私の魔法で・・っゴホっ」
吐き捨てる台詞の途中でリロアが咳き込む。
息があがる、酸素がたりない、視界が白くかすんで来る。
限界だ、もう走れない。
大木の陰で男たちの視線が切れる瞬間を見計らってリロアは茂みに飛び込んだ。
走れないのなら、足を止めて身を隠す方に彼女は賭けたのだ。
「あぁ?私の魔法でなんだって、魔法使い様よー?」
「街と国とで持て囃される魔法使い様も、仲間とはぐれてしまえば文字通り形無しよな!」
男たちが声張り上げている、どこか当てのない方向に叫んでいるような感じだが、
隠れたあたりの目星はついているのだろう、近くで男たちの歩幅は小さくなり、彼女が消えたあたりで周囲を見渡し始めた。
「隠れたって無駄だぞ魔法使い!お前ら臭いんだよ!」
盾を背負った男が叫んだ。
(女の子に向かって失礼な!旅の途中でも気を使ってるっての)
乙女のプライドを傷つけられ、立ち上がって反論したい気持ちを抑えて茂みの隙間から男を睨みつけた。
「臭い?兄貴、アイツ結構いい匂いしてたぜ?げへ」
「そういう事じゃねぇだろ!アイツらいっつも俺らのことを見下しやがって、俺は使い捨て装備じゃねぇんだ!」
その言葉を聞いてリロアはハッとなった。
男の言葉は彼女だけに向けられたものじゃない、不特定多数の魔法使い"達"に向けられている。
(あいつ・・・盾崩れだ!)
冒険者パーティーの前衛役。圧倒的な体力と防御力で敵の眼前に身をさらし仲間を守る、パーティに不可欠な存在「盾役」。
兄貴と呼ばれた大盾の男は元々どこかの冒険者パーティの盾役だったのだろうか、他の二人に比べて上質な装備を身に着けているし、どこか安っぽい挑発のしかたも冒険者 盾役のそれっぽい。
本来「盾役」が守る存在であるはずの魔法使い。盾役は敵の攻撃から仲間を守り、その後ろで魔法使いが致命の一撃を与える、それが常道。
だからこそ盾役と攻撃役の魔法使い・・・そこには互いの信頼があって然るべきはずなのだが…
しかし男から聞こえてきたのは、魔法使いへの恨みともいうべき言葉だった。
「出てこい魔法使い!!いくら持て囃されようが、人気職業だろうが!魔法使いなんざ、俺らがいなきゃなんも一人じゃなにも出来ないただのボンクラだって教えてやる!魔法!?クソくらえだ、オラっ!一端に魔法使えなきゃ、これ以上のランクは望めないだ。魔法で倒しても、剣で倒しても結果は同じだろうが!」
恨みの言葉のなかに、悔しさが混じっているように聞こえたのは気のせいだろうか。
魔法が当たり前で絶対的なこの世界では、肉体を駆使して戦う者たちは互いに信頼すべき魔法使い達から”下”に見られることが少なくない。
魔法の才なく、冒険者 魔法使いとして大成出来ないと判断された者。
落伍者、脱落者、落ちこぼれ…前衛役とは、そう言った人間が成るものだ。と思う人間が根強くいる。
前衛は無能な奴等がなるものだと
誰しも魔法が使える世界だが、その誰しもが魔法使いになれるわけではない。
私たちは当たり前に走ることが出来る、歌うことが出来る、でも走ること歌を歌うことで身を立てる事が出来るのは一握りの人間だけだ。
魔法の才なく、戦士としても半端者だった。冒険者として落ちこぼれとレッテルを貼られたものを指して"盾崩れ""剣落ち"などと呼んだ。
得てしてそう言ったものたちは、魔法使いへの恨みを多く募らせる。
「出てこいよ魔法使い!!」
大盾の男はさらに一声あげて気合を入れると、腰から抜いた片手剣を振り回し始めた。
剣の切っ先に触れて小枝が男の周りの宙を舞う、男はどこか我を忘れているようだ。
「あぁ、魔法使いの事となるといつもこれだぜ」
荒れる男の取り巻きだろう、細身の男がため息混じりに漏らした。
「兄貴落ち着いてくれ、あいつ少なくとも砲級だぜ。あの赤髪は噂の戦術級でもおかしくねぇ」
ひと際小柄な男の制止も聞こえない様子だ。
「今どき砲級が野良でいるなんて、そうあることじゃねぇ。捕まえて人買いに渡しちまえば、いい金になる!それにあれだけの上玉じゃねぇか、ぜってぇ色もつく」
細身の男が下衆な利を解いて説得する。
「うるせぇ、人買いに渡す前に足の一本でも抉ってやらねぇと気がすまねぇ!どこだ魔法使い出てきやがれ!!」
大盾の男が大きく振りかぶって振るった剣が木の幹に食い込む。
深くまで斬り込んだようだが切り倒すには至らなかったようだ。ただ深く切り込んでしまっただけに男が2度3度と引いても剣は幹から抜けなかった。
「…ッチ!……クソが!」
男は舌打ちしたあと、憎たらしいとばかりに剣が突き刺さったままの木の幹に蹴りを入れる。
何の罪もない木は揺れて青々とした葉が舞落ちてきた。
一瞬の静寂、木々と葉の隙間を風が通りすぎていく。
男はその大きな掌で自分の目元を隠すとそのまま上を向いて大きく一つ息を吐き出した。
それはいつも大盾の男が気持ちを落ち着かせるための所作だと、彼を兄貴と呼ぶ二人は知っている。
「兄貴が魔法使いに対して荒れちまうのはいつものことだ、その理由だって分からねぇでもねぇ」
細身の男は刺激をしないように、さっきより声のトーンを一つ落として話しかけている。
「でもこれはチャンスなんだ。あの女がもしホントに戦術級なら、商談相手は人買いなんてシケタ奴等じゃねぇ、名の知れた傭兵団、いや国を相手にだって金の話が出来る。そうすればまた…」
「そうだな…」
小柄な男の言葉を遮るように一言発した大盾の男は、もう一度大きく息を吐き出すと汗を拭うように、顔面から掌を外した。
その眼にさっきまでの狂気染みた色はなく落ち付きを取り戻していた。
「お前の言うとおりだなジンバ。砲でも戦術でも、その級なら欲しがるやつは多い、私兵団持ちの豪商や、不満と野望を抱えた貴族様とかな。いい金出すだろう」
「あぁ、そうさ。だから傷物にしちゃ値が下っちまう。あれだけの上玉だ、魔法以外の付加価値も十分さ」
ジンバと呼ばれた小柄の男はそういうと、薄汚く口角を上げてニヤリと歯を見せた。
「兄貴の言うとおり魔法使いなんざ、一人じゃ何も出来やしねぇんだ。さっさと取っ捕まえてお楽しみと行こうぜ」
「楽しんだら傷物になっちまうだろうが、いいのかジャゴ」
「未使用品だったら、って話だろ」
ジャゴと呼ばれた細身の男は両手を開いてとぼけた仕草を見せる。
「ッチ、調子のいいやつだ」
さっきと同じように舌打ちをするも、大盾の男の表情には不適な笑みが漏れていた。
「この森のなかで日が暮れたらなおさら面倒だ。とっとと取っ捕まえて森を出る。金の勘定は酒とさかなを煽りながらと行こうぜ」
「「もちろんだ、ゴズの兄貴!」」
ゴズと呼ばれた大盾の男の声に、二人の気持ちは昂った。
(冗談じゃない!捕まったら何をされるか分かったもんじゃない…大体想像つくけど)
茂みの影から男たちの会話を聞いていたリロアは気付かれないように中腰のままそろりと後ろに下がったその時
「うわっ…!」
お約束とばかりに何かに足を引っ掻けて尻餅を付いてしまった。
思わず漏れた声と立てた音の方を男たちは振り返る。
(見つかった!)
足を引っ掻けてしまったのは自分のせいだが、捕まる前にこの大ピンチを招いた原因の木の根っこには、蹴りのひとつでもくれてやらないと気がすまない。
「このなんでっこんなところに生えてるの!」
(えっ!?)
蹴りのひとつでも入れてやろうと思ったものは木の根っこではなかった。
「横になって休むにはこんなところかもしれんが、拙者には空腹に悩まされながらも、ようやく眠れそうな所だったのだ」
男だ、追いかける三人組とはまた別の男。
大きな外套で身体全体を包み込み、その身体を木の幹に預けている。
平べったい印象を受ける顔立ちに、延びっぱなしの無精髭。
特徴的に頭の天辺で一つに縛られた髪型だが、乱れ放題になってボサボサだ。
パッと見ても、じっくり見ても小汚ない印象しかない男だ。
ただその乱れた髪の奥から覗く目は突き刺さるように鋭くリロアを睨み付けている。
木の根っこだと思ったものはその男の足だったのだ。
「お主の言うとおりに"こんなところ"だとしても、男子の足を足蹴にした上、更に一撃を加えようというなら無礼にも程があろう」
男は今まさに振り抜かれんとする女の右足に視線を落として睨み付けた。
「っご、ごめん…」
リロアは気圧されたかのように慌てて足を下ろした。
男に睨み付けられた視線を追って彼女も視線を落とした。
自分の足が眼にはいる。
もともと動きやすさのために太腿まで露になった肌の露出の多い服と装備だ。
別に男たちの視線を集める意図はないし、そう言った眼には慣れていたつもりだったが、男の眼の鋭さに、道なき道なきを逃げてきたために木の枝、茂みに引っかけて赤くなった自分の足が晒されていることが分かると急に恥ずかしくなった。
「あっ…わっわ」
男の視線は蹴ろうとしていた事を諌めたものだ、劣情から来るものじゃないと解っているからこそ"見るなスケベ"とも言えず、彼女は布の少ない服で自分の足を隠そうとあたふたと身をよじった。
…バサッ
何かが広がるような音と共に、女の視界が急に暗くなった。
「年頃の娘が、そのように肌を露にするものではござらん」
男の身を包んでいた大きな外套を頭から被せられたのだ。
男くさい汗の臭いが鼻を付く、視界が無くなって余計に鼻が利く。
汗の臭いに混じって鉄の臭いも感じ取れた。
(…これって血の臭い?)
冒険者稼業に身をやつせば血なんて珍しくないが、男も同じ冒険者とでもいうのだろうか。
あの鋭い視線といい、変に訛ったようなしゃべり方も気になる。
(いったい彼は何者?)
被せられた外套の端をめくって顔をのぞかせる。
瞬間…
爽やかな光と木々の匂いと
分かりやすい殺気が彼女の肌を同時に刺激した。
三人組の男達とさっきの男が対峙している。
三人組の視線からリロアの姿を隠すように男は立ち、リロアからはその背中が見えていた。
見たことのない袖広の服、腰から下の緩やかな衣服、履き物。
不思議な出で立ちの男だ。
そしてその背中には彼女の身長と同程度以上はあろうか、長く反りのある棒状の物があった。
(なに…あれ?……ひょっとしてKATANA?サムライソード?)
パッと思い浮かんだのは、空想の物語に登場する異国の武器だ。
勿論実物なんて見たことないし有るとも思っていなかった。
それに物語の中なら、もっと短いものだったんじゃないだろうか。
(いや、でもそれ以上に………)
リロアは視線を男が背負う棒状の得物の先に移した。
(………すっごい気になる)
そこには男が醸し出す雰囲気にはおよそ似つかわしくない
可愛らしいリボンが結ばれて、爽やかな森の風に揺れていた。
_____続く