再び、絵を描いてみよう。
壁サー子が飽きてしまった。
僕が書いてももう読んでくれない。今後彼女の手によって、あの人物達が描かれることはない。
なんということでしょう。
このときSさんもやはりまだ育児に忙しく、彼女の担当する人物の物語もまだ無い。実質僕が1人で、みんなで考えたオフィーリアという国の話を書き続けている、という状況になりました。
僕に残された選択肢は、やめるか、1人でもやるか。
やめる、なんて選択、あるはずが無い。
僕はもうこの時、この登場人物達にとても愛着が沸いていました。もう見ないなんてできるはずが無いのです。
というわけで、僕は1人で書き続けることにしました。
壁サー子とすり合わせる、という制約が無くなり、大幅に改稿することが許されます。
彼女の人物のことを僕が書く必要は無くなったので、彼女の担当部分と重なる箇所をざっくりと削り、不要な描写は削除します。僕が見守るのは自分の担当する人物だけで良いのです。
その間に文章作法や物語構成についても勉強し、なんとか小説の体裁を整えます。
余談ですが、僕のなかでは「ワルツは自分がつくっているのではなく、どこか遠いところにほんとうにある世界、ほんとうにいる人の話。僕はただそれを見ることができる人」という認識で、「キャラクターをつくった」ではなく「見つけた」だと思ってますし、厳密には「創作小説」ではなく「観察記録」という認識です。
閑話休題。
そうして出来たものを、最初は個人ブログで連載していたのですが、どうせならと思って、「小説家になろう」に登録をしました。
そこで僕は「挿絵」なる機能を知ります。
そして、僕はふたたび、ペンを握ることになるのです。
「挿絵を入れよう」と。
その頃の僕の画力は、こんなものです。
変わってないのです。なにひとつ。上達、していないのです。
にもかかわらず、やはり持ち続けている「いける」感。
なんなら、Sさんや壁サー子と同じくらい描けていると思っていたのです。少し前のページで一目瞭然なのですが、客観的に見ること叶わず、「自分の絵は下手」ということに気がついていなかったのです。
どのくらい下手だったかというと、「手を描くのは難しい。指は4本のほうが見た目が良いような気がしてきた」とSさんに話したら、「私は指の間接がむずかしい。親指だけ間接が一個なのが変な気がする」と言われ、そこではじめて「親指以外の指は間接が2個ある」ということに気がついたくらいです。
慌てて見直すと、それ以前の僕の絵は、ほとんど全部指の間接がひとつしかない。たまに写真を見て描いたものは無意識に2個描いていたのですが。僕はその時はじめて、「ほんとだ! 指って関節2個あるんだ!」と目からウロコが落ちました。