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第8話: それは破滅の力で

「いや、服従せよってちょっと待ってください。」


「なんじゃ。」


「…俺ロリコンじゃないんで、キスとかそういうのはちょっと…ほら、幼女に手を出すとか法律的にアウトでしょ?」


 至って俺はおちついている。

 異世界とかファンタジーとか置いといて、これは白黒はっきりさせとかないといけない事案だ。


 幼女は趣味じゃない!


「…我は87歳じゃ。幼女ではない。」


 イアリーは舌ったらずな声で、それでもはっきりと言い切った。

 なんと、俺の婆ちゃんより年上なのか。こんな可愛い容姿で、嘘としか思えない。とは言えこの子は魔女。そもそも羽で飛んだり火を放ってる時点で嘘みたいな存在だ。魔女とはそういうものなのだろう。


「さて、契約も完了したとなれば急ぐぞ我が使い魔よ。

脆弱な人間どもに目にもの見せてやるわ…!」


 血気盛んなロリおばあちゃんは、瞳に炎をたぎらせその花顔には似合わない残忍な笑顔を浮かべている。

「いや、ルーゼとアヤメを助けるんだぞ!?」


 こいつは何かはき違えていやしないか?焦って口を挟んだ時すでに遅し。

 目を見開いたイアリーの体から、轟々と燃え盛る赤い炎が渦巻き現れた。俺は急いで魔女から離れる。


「…我ここに真紅の契をもって大地焼き払う消炎とならん。」


 イアリーが呟くようにそう言った。俗にいう詠唱とかいうものだろう。呪文を唱え終わる頃には、少女の背中からは大きな黒い翼が生えた。

 はじめて会ったときの姿だった。

 小さな体に白くて細い四肢。赤毛の長い髪によく映えた鋭い瞳。そして、その体を包まんばかりの漆黒の翼。その、息をするのも忘れてしまうほど魅惑的な美しさは、彼女をこう敬称せずにはいられなかった。


 悪魔、と。


「…行くぞ使い魔。スペースから出る。」


「うわっ…!」


 イアリーが飛び立つと、俺の体もそれに引きずられるように浮かんだ。そのまままるで風にでもなったかのように、赤いフリルで飾られた壁を突き抜け、暗闇の中に急降下した。

 急流滑りよりも激しく心臓を吐き出しそうになった。


「ぐへっ…」


 身を投げ出された俺は、水瓶の中に頭からつっこんだ。危うく溺れ死ぬとこだった。


 咳き込みながら顔をあげる、薄暗い部屋。冷たい床、剥がれた汚い壁、そこには不穏な器具がいくつも吊るされていた。尖った刃がたくさんついたもの、鎖、赤く錆びた鉄の塊。


 名称こそ分からないが、それを見た瞬間心がざわめき胸糞悪くなった。

 これがきっと拷問器具だ。とっさに悟った。


 イアリーはどこに行った?首をまわすも見当たらない。その変わり、はるか先の壁沿いから声が聞こえた。

 野太い男の声だった。


「ルーゼ・レルドリア第5皇女…いや、理の魔女。

貴様の刻印を渡してもらおうか。」


「それだけはさせません!」


 両手を鎖で縛りあげられ、壁沿いに立たされたルーゼの姿が見えた。ルーゼの隣には、アヤメも同様に縛られた状態でいた。メイド服を切り裂かれ、そこからは白い肌がちらりと見えた。

 そして彼女たちの前には、甲冑を着た兵士2人と、長いマントを羽織ったハゲ男が立っていた。


 咄嗟に立ち上がろうとした瞬間、ハゲ男がもう1度声を発した。


「刻印は、魔女が放棄を宣言しなければ殺しても奪えないのだ。

ここは素直に渡した方が身のためなんじゃないかね?」


「かりにそうしたとしても、あなたは私たちを殺すでしょう。殲滅の魔女にそうされたと見せかけて。」


 ルーゼは低い声で言い放った。

「刻印」がなんなのかは分からないが、ハゲ男はそれをルーゼから奪いたいのだろう。


「…せっかくこうして汚らしい拷問場に赴いたわけだ。

どうしても渡さないというなら、こちらにも考えがある。」


 男はもったいぶったように、嫌な笑い声をあげて、アヤメの胸元にナイフの刃をあてがった。刃が下に裂かれるこどに、シャツがじりじりと破れていく。


「やめなさい…!」


「気にしないでくださいよ、姫様。

刻印は魔女にとっての命も同然。

それを、こんなゲスな奴らに渡しちゃいけませんぜ。」


 アヤメは、落ち着いた口調ではっきりと告げた。本当は怖いだろ、縛られて、あんなことされて…俺はフツフツと煮えたぎったはらわたを押さえながら、立ち上がって、声を限りに叫んだ。


「…2人を、はなせ!」


 男たちのねっとりとした視線が俺に向けられた。邪魔が入ってご機嫌不機嫌か、ざまあみろ。けど、さて、奴らの注意をひけたは良いがこれからどうする。あまりもの極悪非道っぷりについつい怒りに我を忘れてしまっていた。この場合、おかれた状況に適切な判断をくだす理性がとんでただけじゃない、自分が凡人だということさえ忘れていたのだ。


 やばい、どうしよう。


 ハゲ男の隣にいる兵士たちが剣をぬいて迫ってくる。鎧越しでも、この男たちの鍛え上げられた体の屈強さが分かる。かないっこねえ、俺は金縛りにでもあったかのように、両足の裏が地面にくっついた。


「逃げてください…!」


「そうですよ、あんたさん、足ガクガクじゃないっすか!」


 ルーゼとアヤメが声をあげている。俺なんかより自分の心配しろよ…くそ、もう考えてる暇はない、行くしかない。


「逃げるだけは、ぜったいしない!」


 声を張り上げ地面を、蹴った。

 兵士たちが剣を高くかまえた…鋭い刃がぎらりとした。


 俺はこのまま叩き切られて死ぬのか?だとしたら、2人はどうなってしまうんだろう。どうかせめて、2人だけでも逃げられたら、良いのに。


 そう思った瞬間、俺と兵士たちの間に割って入るように、轟々と燃え盛る1つの火の玉が現れた。金色と真紅の火は優美に踊りながら、不思議と触れても熱くなかった。しかし間も無くして、男たちの野太い叫び声が暗闇をつんざいた。

 2人の兵士は地面の上でのたうちまわっていたのだ。


「灼熱の瘴気じゃ。その甲冑の中では毒の蒸風呂じゃよ。」


 俺の頭上から、大きな黒い翼を広げたイアリーが降り立った。

 良かった、助かるかもしれない…!


「イアリー、なにしてたんだよ!」


 安堵のため息をついて声を上げる。


「乙女には色々と事情があるんじゃよ。」


「おばあちゃんのくせに?」


「そう言われると少し腹がたつのう。まあ良い。残るはあのハゲをやっつければ良いのか?」


 イアリーににらまれたハゲ男は、しかし余裕げに、にたりと笑った。


「せっかく見逃してやったというのに助けに戻ってくるとは…殲滅の魔女も愚かだな。

そこまでして逝き急ぎたいならば見せてやろう。」


 男はそう言うと、マントを脱ぎ捨て、豪奢に刺繍があしらわれた上着を引き裂かん勢いで、両手で開いた。その、厚い胸板の向こうには、赤紫色の奇妙なな印が明滅していた。

 昔ゲームで見た魔法陣よりも、見ていると気分の悪くなるような印象を受ける幾何学模様。それは黒い根を伸ばし、男の体に根ざしていた。


「…ほほう。

貴様、他の魔女の刻印も奪っておったのか。」


 イアリーが静かな声色で告げると、男は嬉嬉として笑った。


「その通りだ!我が命を苗床に、ワタシはついに魔女の力を手に入れることに成功したのだ…貴様らはこの刻印の糧としてやる!」


 男をとりまくように、渦巻く空気がどす黒く視覚化されはじめる。そしてその黒は、巨大な人の頭部…髑髏の形をかたどって、カッと口を開いた。


 これは、やばい。


 イアリーが来てくれた安心感はふっとび、俺の中にはただひたすら「逃げろ」という本能の警笛だけが響いていた。


 しかしイアリーは逃げない。

 依然として余裕の表情をたたえ、俺に向かって言った。


「…さて、身の程知らずにお仕置きをくれてやろうではないか。」


 イアリーの右手が俺に向かって伸びてきた。

 その手が俺の胸に触れた瞬間、まるで体中の力が抜けたかのように、全身の血の気がひいた。それと同時に俺の体には、真紅の光が波紋のように広がった。


 手を引き抜くように俺から離したイアリーの手には、赤く燃え上がる長い鎖が握られていた。


 それは龍のように雄々しくうなり、対峙する男の髑髏をことごとく、あっという間に貫いた。


「…なっ!?」


 四散して消える髑髏。

 その見た目とは裏腹な呆気なさすぎる幕締めに、ハゲ男は凍り付いたようにその場に佇んでいた。


「どうじゃ?我の刻印の力は。まだ本気の3割も出してないがのう。

して、貴様はどうする?」


「こ、こんなはずは……!」


 男は何事かをわめきながら尻もちをついた。しかしその顔はとたんに、真っ青に変わった。

 まるで息ができないとでも言うように首をつかみ、胸の刻印に触れようとして、その手は黒く変色した。


「な、なんだ、なんだこれは…ぐっ」


 男の口と目からドクドクと血が滴りはじめる。


「…魔女の刻印は、貴様のようなちっぽけな器には収まらんのじゃ。

さあ問題じゃ、使い魔よ。」


 イアリーは清々しいほどの笑顔で、言葉を失っている俺を見た。


「紙袋に、安売りの野菜を詰め放題しすぎるとどうなる?」


「…張り裂ける。」


 言った瞬間、男から断末魔が轟き、何かが爆ぜる音がして、返り血が床と壁を濡らした。


 これは、悪い夢なのだろうか…。


 俺は、男の方を見ることができなかった。


 ルーゼとアヤメは、助かった。けど2人も言葉を失っているようだった。


 目の前に広がった光景、むせ返るような血の匂いに、思わず嗚咽をもらした。


 視界の端では、苗床を失った「刻印」がゆらゆらと浮かんでいる。


「…結局我が手を出すまでもなく、こいつは自滅する他なかったのじゃ。」


「自滅…。」


 この男が死んだのは、

 この男に死をもたらしたのは、

 こいつ自身のあさはかさだけではない。

「刻印」によるものだ。


「刻印って、なんなんだよ…」


 俺は誰にともなく問いかけた。


「魔女の力の源…分かりやすく例えるなら、意志を持ったもう一つの命じゃ。」


「もう一つの、命…?」


「人間が所有すれば、まず張り裂けるほど大きな力じゃ。」


 イアリーはにこりとして、俺の頬にその冷たい手を添えた。


「今、貴様の体にもあるんじゃよ?」


 俺の体に、なにがあるって…?


 早くなる鼓動の音を聞きながら、俺は掠れた声をだす。


「何が…」


「我が炎の刻印じゃ。」


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