第7話: これが魔女との契約で
忘れていた。
この短時間で一気に色んなことがおこって、普通じゃ体験できないようなことをして、どこか良い気になっていたのかもしれないし、ただ単に、頭のどっかではまだこれが夢の中だと思い込んでるのかもしれない。
いずれにせよ1つだけ明らかなことがある。
俺はなんの取得もない平凡な人間だ。
ソシャゲで作業ゲーしまくったってランカーにはなれないし、ガチャで課金したって欲しいものはでない。体育祭でリレー選手に選ばれたり、絵画コンテストで入選したり、近所の喉自慢大会で準優勝したり…そういった小さなことにすら選ばれない、それが、俺だった。
小さなことと言ってしまえば語弊がでるかもしれないが、小学生の時に至ってはすぐ隣のやつが硬筆で金賞をとっていたじゃないか。クラスの2分の1は金賞をとれるのに、俺はいつも銀賞だった。
つまりはそういうことだ。
誰かを引き立てるためのモブキャラ。他人の物語の中の通行人A。
それが俺だ。
何をがんばっても中途半端、ゲームやSNSの中ですらいきがれない、それが俺。
こんな生きてて何の価値も生み出せないような俺に、一体何ができるというのだ。
どうやって、殺されようとしているルーゼとアヤメを助けられるのだ。
「…イアリー。」
掠れた声を絞り出す。
「2人を、助けて、くれませんか。」
情けない。
結局は人に頼ることしかできない。
それでも、今だけは、どうにかして、あの心優しい姫様を、偶然でも出会えたあの女の子を、助けたい。だからみじめでも、目の前の女の子に頼むしかなかった。
「力だけでも、貸して欲しい…」
「ようやっと我を頼ったか。」
イアリーはにやりと不敵に笑っていた。
「貴様は我の使い魔。
ひょろっちいし、何の魔力も力も持たんことは知っておる。
誰にも注目されることなく、静かに生きていたことも知っておる。
おそらく貴様は、一生あの2人の小娘すら救えんような、情けない男であり続けるだろう。」
返す言葉がなかった。
目の前がぼやけるようで、地面に触れている足はふらふらとした。
「…しかし、それならそれで良いではないか。」
イアリーは静かな声色で続ける。
「我らのような異端な存在は除いて、普通の人間はな、はじめから特別な存在にはなれんのじゃよ。
貴様も同じじゃ。
嘆いて諦めて立ち止まって、そんな奴が何かになれるとでも思っているのか?」
努力しないで幸せがつかめるわけではない、そんなことは分かってる。
「…俺だって頑張ってるよ、上手くいかないことばっかだけど、それでも、悩むくらいには頑張ってる。」
「悩むくらい…?
笑止じゃな。
死ぬ気で頑張れ…いや、頑張って死ね。」
「し、死ね…!?」
「それくらいの心意気で挑んでみよと言うことじゃ。
貴様はそれくらい頑張ったのか?
飯や寝る時間を削ってでも、命を削ってでも、本気で何かに取り組んだことはあったかの?」
何も言えなかった。
果たして今まで、胸をはって死ぬ気で頑張ったと言えることはあっただろうか?
いくら思い出そうとしても、出てこなかった。
「…努力が全て報われるとは言わん。
しかしな、それでも立ち向かってみるのが人間に与えられた唯一の強さじゃ。
そして貴様は今、それを我に示した。」
「示した…強さを?」
「うむ。
己の力量を見極め、何かを成し遂げるために悩み、最良と思える選択を行った。
女子を救うために頭をさげ、己のプライドをねじ曲げたそれを、強さと言わずに何と呼ぶ。」
「こんなの、強さじゃない。ただ頼ってるだけで、1人じゃ何もできなくて。」
「ええいウジウジじめじめ、貴様はキノコか!
…誰かを救いたいと願えたお主の心はダイヤよりも強く美しいんじゃよ。
…ヒーロー役は我に任せよ。
貴様という使いっ走りの願いによって、女2人を救ってやる。」
救う…そうだ、こんな時に何を悩んでたんだ俺は。どんなことをしてでも、ルーゼとアヤメを助けるんだ。
「イアリー、頼んだ。俺は何ができる?何をすれば良い?」
「正式に我の使い魔となれ。さすれば颯爽快活に、貴様の願いをかなえてやれる。」
「なる。使い魔にでもなんでもなる…。」
「言ったな…?」
イアリーは口の端を吊り上げて小首を傾げた。
そしてゆったりとした足取りで俺のもとに近づいてきて、ふわりと空中に浮かび上がり、同じ目線になった。
そして、イアリーの唇が俺の唇に重なった。
柔らかくて温かくて、少女の息づかいが唇を通して伝わってくる。甘い香りに鼻腔がくすぐられ、止めた息が熱をおび、体中をぐるぐるかけめぐって頭がぼんやりとした。
「…唾液による、いわばマーキングじゃ。
使い魔契約は成立した。
服従せよ。」