第6話: 奇妙な再会で
がちゃりと甲冑をならし、俺たちの前に1人の警備兵が現れた。
この、血塗れた部屋に1人だけで現れるとは…奇妙だ。アヤメが、先ほどの護衛から拝借した小刀を取り出した。
「待ってください。」
剣先を向けられた警備兵が声を出した。顔全体を覆うマスクの向こうから、高い女の子の声がした。その素顔は分からないが、しかしその声には聞き覚えがあった。
「…もしや、姫様?」
「アヤメ、どうしてあなたたちがここにいるのです!」
警備兵がマスクを脱いだ。長い艶やかな髪がふわりとあらわになり、丸い少女の瞳が不安げに俺たちを見つめていた。俺たちの前に立っていたのは、正真正銘、ルーゼその人だった。
…良かった、無事だったようだ。
「…あー、どうして私らがここにいるかは、この使い魔さんがしてくれるそうですよ。」
丸投げされた。
「それより姫様、一体この有様はなんなんです?拷問場とはいえ、いつもと様子が違いすぎる。」
「…私が踏み込んだ時には、すでにこの状態でした。」
ルーゼは素早く視線を部屋の四方に走らせながら続ける。
「殲滅の魔女の姿はどこにもない。しかし、人の気配はちらほらあります。かといって、騒ぎがおきてるわけでもないですし…何かおかしいのです。」
「静かすぎるんでしょうね。姫様と私たちの侵入を、こうも易々と許すこと自体おかしいです…もしかして」
アヤメが切羽詰まった声をあげた瞬間、地面が赤い光を放ちはじめた。
ちがう。俺の足元に、ボタボタと血のような赤い光が滴り、集まってきているのだ。
次の瞬間、声をあげる暇もなく、視界が赤い光に染まった。眩しくて目を閉じ、光の波が収まった頃、恐る恐る目を開く。俺の隣にいたアヤメとルーゼは、いなくなっていた。
それどころか、俺の周りにはおかしな光景が広がっていた。
ふかふかの絨毯、小洒落たアンティーク調の机に椅子。天蓋付きの大きなベッド。真紅のレースに彩られた部屋。
俺は、その部屋の中央のソファーに寝転がっていた。
ここは、どこだ。あの殺風景で血に濡れた拷問場とは違う場所だということしか分からない。あの短時間でいつの間に俺の体は移動した?アヤメとルーゼは無事なのか?体を起こして辺りを見渡す。やはり2人の姿はどこにもない。
2人に何かあったのかもしれない。なにか、良くないこと。心臓がドクドクと早鐘を打つ。
俺はどうすれば良い…立ち上がってもう1度部屋を見渡す。出口となりそうな扉が見当たらない。
「…よう、さっきぶりじゃな。まったくもってお主は、手間のかかる使い魔じゃ。」
背後から声がした。
少しの甘さと舌っ足らずさが相まった幼い声…しかしどこか威圧的で、その声を1つかけられるだけで思わず背筋を正してしまうかのような、そんな雰囲気をはらんでいた。
この声にも、聞き覚えがあった。ゆっくり、背筋を伸ばしながら、その声の主を盗み見る。
赤くストレートに伸びる長い髪に、炎をうつした猫のような瞳をした女の子がいた。
「…殲滅の、魔女?」
そう問いかけると、地面と天井が反転して息が詰まった。目の前の女の子にソファーに押し倒され、首をしめられていたのだ。
「我が名はイアリーじゃ。そんなくだらぬ名で呼ぶでない。」
低い声は俺の首筋をなぞり、鋭い眼光に射抜かれる。額から嫌な汗が流れてきた。
…この子に逆らうと、このまま首を掻っ切られてしまう。咄嗟にそう悟った。
「…イアリー、さま。」
「貴様には、イアリーと呼び捨てにすることを許可しよう。」
「イアリー、聞きたいことがあるんだ。」
「あの理の魔女と、その配下の女のことか?」
ルーゼとアヤメのことだろう。俺は勢い良く頷いた。
「2人はどこにいる…?無事なのか!?」
「…それより貴様は自分の心配をしないのか?
この空間は、我が創り出したスペースじゃ。
他の人間は誰1人とて侵入してくることも、介入してくることもできん。
したがって貴様は未来永劫この部屋の中に軟禁され、干からびて死ぬことだってありうるのじゃよ。
誰にも見つからぬまま、な。」
イアリーはとても楽しげに、その幼い顔には似合わない残忍な笑顔を浮かべながら、俺の首を指でなぞった。彼女の冷たい指が触れられる度、俺の体はまるで凍りついていくように硬直した。
「どうしてそんなこと…イアリーが、俺をこの世界に召喚したんだろ。」
「その通りだ。
我ら魔女には、どうしても使い魔が必要なんじゃよ。
長年の月日をかけて準備をし、ようやくお主を手に入れたというのに…
とんだ邪魔が入ってな。」
イアリーは素っ気なく告げると俺の上から降り、椅子の上に腰をかけ、優雅に足をくんだ。
「…ルーゼ。なあ、姫様とアヤメは、どこなんだよ。
2人もここにいるのか?」
俺はもう1度問いかけた。
「2人はいない。このスペースにはな。
ついでに言うと、2人は無事じゃ。
今のところはな。」
「今の、ところ…?」
「よく考えてみろ、我が使い魔よ。」
イアリーは鋭い瞳を細めて続ける。
「拷問場に連れてこられた我は、あっさり逃亡することができたのじゃ。
だから今こうしていられる。
しかしおかしいではないか。
何故人間たちは我を逃がした?
…他に目的があったからじゃ。
たとえば、我を助けにきたレルドリア王国第5皇女、ルーゼ・レルドリアの暗殺、とかな。」
自分の国の姫様を暗殺する、だって?
冗談だろ…俺は愕然として、イアリーを見つめる。
「人間たちは、暗殺に反対する仲間を殺し、ルーゼ・レルドリアを抹殺するつもりなんじゃよ。
あの拷問場で、我に殺られたと見せかけてな。」
異様に静かな拷問場。血塗れの部屋。
ほつれた糸が1本に戻るように解かれた気がした。
ルーゼは、国民の誰かに…それも、兵を動かせるくらい高い地位の誰かに、はめられたのだ。
「イアリー…ここから俺を出してくれ!助けないと!」
今すぐルーゼに伝えなければ、はやくここから出なければ、ルーゼは死ぬ。
「やめとけ。貴様は我が使い魔じゃ。
我にはお主を守る必要がある。
したがって、こうしてかくまってやってるということが分からんのか。」
「…助けてくれるのは嬉しい。けど俺はルーゼに何度も助けてもらったんだ、何度も何度も。
だからお願いだ、行かせてくれ。」
「主人に反抗するなんて、困った使い魔よの。」
イアリーはやれやれと言いたげに首をふった。俺を解放してくれるつもりはないらしい。
「ルーゼは君のことも助けようとしてたんだぞ!?友達だったんじゃないのか?」
「ともだち…?かたはらいたしわ。」
イアリーは吐き捨てるように言った。
「我らは敵対しあい、殺しあわねばならぬ立場。
やつもそれくらいは理解しておると思うておったのじゃがな。
…で、お主はここから出てどうするのだ。」
「だから、ルーゼとアヤメを助けに行くんだ。」
「どうやって。」
イアリーはにやりと笑った。
「貴様なんぞがどうやって助けるのだ?」