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第5話: とんでもない選択をしてしまったようで

「…あんたさん、馬鹿ですか。」


 アヤメはゴミを見る目で俺を見た。


「姫様を助けに行く?助けられたのはあんたさんでしょ。姫様がリスクを犯してまで拾ったその命も、姫様の心づかいも、すべて踏みにじりたいんです?」


「…確かにおっしゃる通りです。俺が姫様のもとへ行ったって役に立つとは思えないし、それでまた捕まったりでもしたら、余計に姫様の立場が悪くなる。」


 そんなことは重々に十分を重ねて承知している。俺がルーゼのもとに行けたとしても、彼女をサポートするどころかきっと足をひっぱって破滅の道に大転落させてしまうことだろう。

それでも、だからって、あんな優しい女の子を見殺しにすることもできない。拷問場なる不穏な場所に、たった1人で行かせるなんて、寝覚めが悪いどころの話じゃない。寝覚め悪すぎて二度寝して永眠するレベルに気がかりだ。


「…けど、今ならまだ間に合うかもしれない。姫様を、ルーゼさんを連れ戻して、殲滅の魔女を助ける別の方法をもう1度探すんだ。」


「無理ですよ。」


 アヤメは依然冷たい態度で一刀両断する。


「殲滅の魔女も明日の朝には処刑される。悠長にしてる時間はないんすよ。

 引き返しても姫様はとっくに拷問場に殴り込んでるでしょうしね。

 あんたさんは大人しくここからトンズラすることです。

 さあポチ、そのアホな殿方を運んじゃってください。」


「グオウ」


 ゴブリンが1つうめき声をあげた。しかし、1ミリたりとも動こうとはしなかった。


「…どうしたんです。運びなさい。まさか、ポチが私の言うことを聞かないなんて。」


 アヤメは面食らったように呟き、馬を降りた。そしてまじまじと、俺を抱え上げているゴブリンを眺める。


「…仕方ありませんね、私には従順だったポチが言うことを聞かないとなれば、これは天の思し召しかもしれません。

そうとなれば、姫様を助けに行く覚悟、きめちゃってください。」


「え、いいの…?」


 アヤメはにやりとして頷いた。飾らない凛とした瞳がまっすぐに俺を見つめる。


「あんたさんはあの殲滅の魔女が召喚した使い魔でしたもんね。

実はものすごい魔力とか持ってるのかもしれない…なんて打算は好きくないので、無難な選択をしかけていたんですが…ここはあんたさんにかけましょうや。」


「いや、それは違う。俺は一般大学生で魔力なんて持ってない、誤解だっ!」


「さあ、はりきって姫様を助けましょう。

ポチ、この命令は聞いてくれますか?」


「グオウ!」


 ゴブリンはなんか嬉しそうに声をあげると、片手に俺を俵担ぎにし、もう片手にアヤメの体を抱え上げた。こいつら俺の話なんて聞いちゃいねえ!


「おい、まて、俺は本当に何の力もなくてだなっ!」


「いざ、拷問場へ出発です!」


「グオウッ!」


 ゴブリンは一声叫ぶと、ムキッと筋肉をむき出した。上腕二頭筋に圧迫されて首がしまる。息ができないギブアップ!筋肉でコーティングされた腕をたたくも、その鋼のような体はびくともしなかった。


 本気モードのポチの全力疾走は、馬よりも車よりも速かった気がする。

拷問場なる場所に到着した頃、俺は虫の息で道中の記憶はほとんどない。


「なに寝てんですか。エネルギー切れです?」


「そんな、感じです…」


「それならスカートの中見ます?」


 なんだって!?起き上がると、アヤメは楽しげに笑っていた。


「あんたさんほんと面白いですね。けどここからはシリアスモードです。」


 アヤメの指し示した先には、箱のような巨大な建物が鎮座していた。ここが拷問場であるようだ。窓は1つもなく、中で何が行われているのか全く分からない。


「…ポチは図体がでかいんで、ここに隠しておきましょう。

私たちは侵入です、行きますよ。」


 こっちです。

 そう言って歩き出すアヤメに従い、抜き足差し足忍び足。息を殺して不気味な建物に向かう。

護衛は2人、入口の先に仁王立っていた。俺たちは向かい側の茂みに隠れ、様子を伺う。


「…ここ以外に中へ入れる門はないのか?」


「ありませんね。さて、どうしましょうかね。」


 アヤメは歌うように言いながら、地面に落ちていた小石を拾い上げ、あろうことかそれを、右方向に広がる草原に向かって投げた。かさりと、数メートル先で、草のこすれる音がした。

 護衛は顔を見合わせると、まっすぐ音のした方向に向かって歩き始める。


「やばい、こっちに来るぞ…!

あれ、アヤメさん?」


「せやっ…」


 アヤメの高い声がすると、男2人の短い悲鳴が響いた。

 いつの間にか、護衛の背後にまわったアヤメが、その2人の男を襲って気絶させたのだ。なんたる手際…ただのメイドとは思えない。


「…アヤメさん、強いんですね。」


「ふふー、なんのことでしょう。」


 アヤメは可愛こぶるようにしてにこりと笑ってみせた。しかしすぐに瞳を鋭くさせ、地面で気絶している男をみおろした。その目は狩人の瞳そのものだった。


「さて、こいつらの身ぐるみ剥ぎますか。」


「…追い剥ぎ!?」


「こいつらの制服を借りれば、そう怪しまれず建物の中を歩けますからね。

さあ、脱がしますよ。」


 異世界のメイドって、強いんだな…。

 俺は支持されるがまま護衛の身ぐるみをはぎ、甲冑を身につけた。


「うげ…汗臭い。」


「デリケートな使い魔ですね、行きますよ。」


 いよいよ拷問場という建物の中へ踏み込んだ。薄暗い入口の中は通路になっている…名前から連想される恐ろしい器具や光景は見当たらない。

長い通路を出ると、だだっ広いだけのエントランスがあった。


「何も無さそうだけど、薄暗くてよく見えんな…」


 瞳を細めて壁に手を付き、息を呑んだ。

 ぐちゃりと、手に生暖かい何かが付着した。

 液体のようだ。黒っぽい色をしている。おくれて、胃の中をつかまれるような生臭い匂いがした。それも、鼻をつくような鉄っぽい臭い。


 嫌な気がした。


 部屋の暗闇に暗反応してきた目で辺りを見渡す。


 エントランス1面が、黒い何かでべったりと濡れていた。


「これは…血!?」


「…あんたさん、黙ってください。

敵がきます…。」


 アヤメに口を塞がれる。遠くから、誰かが歩いてくる音がした。


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