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第4話: 素直で従順なメイドはやはり幻想で

 ルーゼが言った通り、俺たちを追ってくる見張りの人間は現れなかった。ルーゼが掲げるランタンの光を頼りに、下水道のような地下通路を通って、外に繋がる最後の扉をくぐる。


「シャバだ…!」


 もう見ることもないと思っていた夜空に向かって手を広げ、息を呑む。宝箱でもひっくり返したかのような満点の星が煌めいていた。こんなの、日本じゃお目にかかれなかっただろう。


「…どうしたのですか?」


「いや、星がすっごい綺麗だなって。」


 ルーゼも俺にならって顔をあげ、小さく笑った。


「…確かに、そうですね。あなたに言われるまで気づかなかった。空なんて見上げる余裕、なかったから。」


 そういえば俺も、日本では空なんてほとんど見上げる機会がなかった。


「さあ急ぎましょう。この場所の裏門で、メイドが馬を用意しています。」


 逃走用の車みたいなもんだね!馬なんて乗ったことないけどこの際細かいことは気にしていられない。俺たちは中庭を突っ切った。裁判所の裏手にある石造りの門の前には、ルーゼの言った通り馬のたずなをひいたメイドらしき人が立っていた。


「遅いですよ姫様。」


 星明かりに照らされたその人は、ルーゼとそう年の変わらない女の子に見えた。気の強そうな凛とした瞳に、小柄な体。想像していたメイドよりも芯の強そうな少女だった。


「で、それが殲滅の魔女が召喚した使い魔ですか?」


 それって、俺のことらしい。


「ええそうよ。私にはやはり、彼が邪悪な使い魔だとは思えないの。予定通り、霧沼の森に彼をつれて行ってあげて。」


「おーけーですよ、姫様。あなたの代わりに私めが、この殿方を逃がしてきてあげましょう。」


 メイドさんはちょっと面倒臭そうに言いながら「とりあえず任しとけ」とでも言いたげに平たい胸をたたいた。ここから先は、ルーゼと一緒ではないのだろうか?


「えと、姫様はこれからどうするの?」


「…私には、もう1つやるべきことがあるのです。最後まであなたに付いて行くことはできませんが、私の代わりに、そこのアヤメに任せてください。彼女はこんな感じですが、私が一番頼りにしてるメイドです。」


「よろしくねー、ひょろい使い魔さん。」


 アヤメがメイド服の長いスカートを軽く持ち上げお辞儀をした。美しい所作だが、形式ばりすぎていて、どこか適当にこなしている様にも見えた。


「…それでは私は先にいきます。」


 ルーゼはなれた様子で馬にまたがりながら続ける。


「少しだけど、あなたとの脱走、楽しかったです。また会えると、良いですね。」


 星明かりの中で笑顔を浮かべたルーゼ。その顔が俺にはとても気がかりに見えた。このまま彼女と別れてしまっても良いのか?自問しても彼女はもう、馬を走らせこの場をたった後だった。


「さー出発です。とっととさくさく行きましょうや。」


 アヤメは言うと、残り1頭の馬にまたがった。


「すごいな、メイドさんも馬が乗れるなんて…じゃなくて、俺はどの馬に乗れば良いんでしょうか。」


 アヤメが連れていたのは、ルーゼが乗っていた1頭と、今彼女が乗っている1頭だけだ。つまり、俺専用の馬が見当たらない。もしかしてこれは、女の子と相乗りをするチャンスなのではなかろうか。自転車でも相乗りしたことなく終わった俺の青春は、今日の為の前座だったのか!?


「あー、あんたさんは、こっちです。」


 前か?後ろか?どっちに座れば良い。馬なんて乗ったことねえけどこの後ラッキーすけべチャンスが到来することは既に分かってるんだ。

 鼻息荒く意気込む俺をよそに、アヤメは後ろの茂みを向いて声をあげた。


「さあおいでませー、出番だよー。」


 どしんどしんと地面を震わせ、暗い木々の影から大きな巨体が姿を現した。昼間、俺を裁判所まで運んできたゴブリンだった。


「ちょっとまて、なんでゴブリン。」


「さあポチ。そのひょろい殿方を運んであげて。」


「運ぶ!?…え、うそ、やめて、やっ」


 裁判所の裏門の外は荒野が広がっていた。乾燥した空気のずっと向こうで、点々と森が暗い影をおとしている。埃っぽい土を蹴る馬がいた。その馬を巧みに操り、颯爽駆け抜ける少女がいた。その後ろには、ゴブリンにお姫様抱っこされた俺がいた。泣いていた。


「乗り心地はどうですかい?」


「最悪だよっ!顔怖いし、腕はゴッツゴッツだし、口臭いしヨダレ垂れてくるし…ああっ!」


 またヨダレをかけられた。


「美味しそうに見えてるんでしょうね。」


 アヤメはちらりとこちらを見た。こらえることなく笑っている。さぞこの光景がおかしく見えているのだろう。


「…美味しそうってやばいんじゃないの、俺食べられるんじゃないの!?」


「いえいえ、大丈夫ですよ多分きっとおそらくは。」


「どっちだよ!」


「ぶはっ…冗談です。そいつは人に従順な種族ですから、殺される心配はないですね。まあ、あんたさんすっごく気に入られてるみたいだけど。」


 それでさっきからペロペロ舐められてるわけか。全然嬉しくない。


「それはさておきアヤメさん、ルーゼ姫はどこに行ったんだ?」


「…うーん、正直あんたさんに言う筋合いはねえんですけど。」


 アヤメはぼやくように言いながら、何かを考え込み、もう1度口を開いた。


「姫様に口止めされてねえですし、教えましょう。姫様は、拷問場へ行かれたのです。」


「ご、拷問場!?」


「ええ。殲滅の魔女、イアリーを助けるために、たったお1人で。」


「殲滅の魔女って、俺をこの世界に召喚したやつのことだよな。まさか、あの子も捕まったのか?」


「ええそうですよ。」


 はじめてこの世界に来た時、殺されかけていた俺の前に現れた小さな女の子。黒い翼を広げた彼女に、他の人間たちは恐れ慄いていた。意識を失った後から彼女の姿を見ることはなかったのだが、俺を助けようとしたせいで、捕まってしまったのだろうか。


「けどちょっと待て。あの子は悪者なんだろ?どうして王女様が助けに行かなきゃいけないんだ。」


 現にルーゼはあの女の子と戦っていたのだ。


「…立場上2人は敵対してやすが、まあ色々と腐れ縁がある様子でね。姫様の性格上、見過ごすとができねえみたいなんですわ。」


 ベッドの上で、牢獄の前で、優しく微笑んでいたルーゼの顔が蘇る。


「…殲滅の魔女を助けるなんて、可能なのか!?」


「できるわけないでしょう。いくら姫様といえど、謀反も等しい反逆行為です。」


 アヤメはさらりと告げた。


「なんで止めないんだよ、お前、あの子のメイドだろ!?」


「私は姫様から、あんたさんを安全な場所まで送り付けるお願いをされた。あんたさんさえいなければ、私が姫様の護衛について、危険なことは止めさせることもできたんです。」


 アヤメの声は冷たく、言い捨てるようでいて、語尾はかすかに震えていた。また俺のせいで、ルーゼに危険を及ぼしてしまったんだ。今もルーゼはたった1人、自分以外の人を救おうとして走ってる…胸が締め付けられるような気がした。


「待ってくれ。」


 俺はゴブリンの肩をつかんだ。そうすると不思議なことに、ゴブリンは立ち止まってくれた。あまり嬉しくはないが、気持ちが伝わったらしい。


「…なんです。」


 アヤメも馬をひいてその場に留まり、訝しげにこちらを見た。


「…姫様を助けにいこう。今度は、俺たちで。」

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