第3話: 藁にもすがる思いで
「しょ、処刑!?」
「…あなたはあの殲滅の魔女が召喚した使い魔なんですよ。あなたがいればみんなが不安になる、だからみんなのために、いなくならなくちゃいけない。そうは思いませんか?」
ルーゼははっきりと告げ、首をかしげた。
「いやだから、俺は無害な一般人なんです!使い魔とかそんなんじゃなくて―」
部屋の扉が乱暴に開かれた。それと同時に、甲冑を身につけた兵士たちがドスドスと部屋に踏み込んできた。俺は逃げる間もなく1人の兵士に俵担ぎされ、そのまま目隠しをされた。
まだ死にたくない、叫んだらさるぐつわを噛まされた。
一難去ってまた一難。俺はどこかに運ばれているようだった。力いっぱい抵抗しても甲冑兵士は何も言わない。俺なんかがいくら暴れようが、甲冑兵士にしてみれば、俺を運ぶなんてなんのそのなご様子で。ようやく解放され、目隠しとさるぐつわを外された時にはもう、俺は完璧に逃げるタイミングを失ったことを悟った。
俺が甲冑兵士に放り込まれたものは、牢屋と馬車が融合したかのような奇妙な代物だった。
どこが奇妙なのかと言うと、まずは牢屋。ゼリー状の風船が馬車にくくり付けられているのを想像してほしい。さらに、その風船部分に鉄柵をつけてみよう。俺が投げ込まれた牢屋はまさしくそんな感じの風船の中。
床も壁もスライム状にぬめぬめしてて気持ち悪い。その上透けていて、周囲にいる野次馬たちの良い晒しものとなっていた。
そんな牢屋がくくりつけられた馬車を引っ張るのが、これまた奇妙な生物だった。でっぷりと太った二足歩行、ゴブリンみたいな生き物だ。
「これから、どこに行くんだよ!?」
「魔術師専用の裁判所です。」
後方から声がしたかと思えば、真っ白な軍服を着たルーゼが建物の中から姿を現した。それと同時に、野次馬たちから大喝采があがった。
「さすがはルーゼ様、あの殲滅の魔女を一網打尽にし、使い魔まで捕まえなさるとは…!」
そういった大衆の声に笑顔で応じるルーゼ。俺はなんて勘違いをしていたんだろう。ルーゼは、俺の敵だったのだ。だったらどうしてあの時俺を助けてくれた?俺が目覚めるように必死になってくれた?
全部、俺のためじゃなくて、自分と、国民のためだったというのか。
うなだれる俺はそのまま晒しものにされながら、レンガ造りの中世ヨーロッパ風な街中を連れ回され、巨大な美術館のような施設に移された。
ここが裁判所らしい。建物の中も見た目同様、美術館のように美しい様相だった。その中を移動する時ですら、俺は風船のような牢獄の中で、その紐はゴブリンが先導し、法廷の部屋に連れていかれた。
法廷はだだっ広い円形状の部屋だった。壁も床も盛大に金箔がはられ、重厚そうな机が部屋の形をなぞるようにいくつも並び、立派な服を着飾った偉そうな人間たちが静かに着席していた。
威圧的な視線が注がれ、俺は無意識に姿勢を正した。空気はピリピリと張り詰めていて、息を吸うだけで体がしびれてくるようだった。
「これより、殲滅の魔女こと、もとレルドリア騎士団副団長、イアリー・バースヴィルが召喚せしめた使い魔の処遇を審議する。」
中央に君臨する男が声を発した。
「この使い魔を始末すべきだと思う者は、挙手を願う。」
男の周囲にいた人間たちは全員すっと手を挙げた。
男は満足そうに一同を見渡すと、俺の処刑が決定したことを粛々と宣言した。
多数決で決めやがった…審議も弁護士もなしに!
俺は愕然として口を開くほかなかった。
「それならば、処刑は私にお任せください…!」
あろうことか、俺の後方にいたルーゼが名乗り出た。
「これはこれはルーゼ・レルドリア第5王女様…このようなことは下々の者に任せれば良いんですよ。
まあ、あなた様は養子の身、少しでも国に貢献して地位をあげたいとおっしゃる意気込みは分かるのですがね。」
そう言って冷たく笑った男は、明らかに、ルーゼを馬鹿にした物言いをした。それに続いて男の周りにいた人間たちも乾いた笑い声をあげていた。一方ルーゼは、ひたと男を見据え、静かに許可が下るのをまっていた。
俺はこの女のせいで処刑される。それなのに、俺より年下に見える彼女が、自分より立場の低い大人たちに馬鹿にされながらも気高くふるまうその姿が、とても眩しく見えた。
「よろしい。それでは使い魔の処分はルーゼ・レルドリア姫君に任せるとしよう。」
「拝命、つかまつりました。」
こうして明日、王女の手によって処刑が下されることになった俺は現在、裁判所の地下にある独房の中で膝を抱えて座っていた。今度こそ、正真正銘の牢獄だ。よくファンタジーゲームで見るような、あんな古臭い感じの牢屋。
「どうしてこうなった…。」
俺は何もしてないのに。勝手に使い魔だとか言いがかりをつけられて、挙句の果てに、明日が処刑だなんて、酷すぎる。こんなことなら異世界転移なんてされずに、地味でも平凡に生きられるモブキャラの方が良かった。
…まあ今も俺は、こんなボロッちい牢屋1つ抜け出せない、名前すら明かされてないようなモブキャラなんだけどね!
「…あの、聞いてるんですか?」
土臭い鉄格子の向こうから、高い澄んだ声が聞こえた。顔をあげて、牢屋の向こうを確認し、ぎょっとした。なんとそこには、人目を忍ぶように地味なフードを被った、ルーゼの姿があったのだ。
「なにしてんですか王女様!?」
「静かにしてください…これからあなたは死ぬんです!」
「はい?俺が殺されるのは明日でしょ。」
「そうじゃなくて…あなたはもう死んでしまったことにするんです。
なので、安心してください。あなたは私が助けますから…!」
そう言って微笑んだルーゼの笑顔は、法廷で見せていた王女の顔とは違って、ただの心優しい少女のものに戻っていた。
「どうして…君が俺を処刑するって話だったじゃないか」
「表向きのフェイクですよ。あなたの存在はいやおうなしに、他の者に知られていたのです。魔術裁判所で決定したことは絶対。いずれあなたは確実に殺される―
あなたを助けるためには、こうするしかなかったんです。」
つまりルーゼは、俺を助けるために一芝居うってくれていたのか。もしこのことが他の奴らにばれたら、自分の身さえ危うくなるかもしれないのに。
「…見張りの者は全員、睡眠薬で眠らせておきました。この牢の鍵は私が持っています。さあ、今のうちに行きましょう。」
「待ってよ、そんなことしたら君もただじゃおかないだろ。なんで俺なんかを助けようとするんだい?」
「最強の使い魔と契約したかった。殲滅の魔女よりも強くなって、自分の役目を果たしたかった…はじめはそんな理由でしたが、今は違います。」
ルーゼはガチャリと鍵を開け、にっと、悪戯っぽく笑って続ける。
「あなたがなんであろうと関係ない、私は今、ただの人間として、あなたという存在を救ってみたいのです。」
「…真面目な王女様かと思いきや、とんだおてんばなお姫様なんですね―」
おてんばで、正義感の強いお姫様。
俺は彼女と一緒に牢獄を抜け出した。