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第1話: 通行人Aは囚われて

 俺はこれといった特技もなく、目立つ容姿でもない。運動神経も頭脳も一般並で、地元の中学とそこそこの高校を卒業し、偏差値低めの私立大学に入学した。大学まで片道2時間の自宅通い生である俺は、アルバイトやサークルをする余裕もなく、理系のタスクの多さに忙殺される日々を過ごしている。


 趣味は読書と音楽鑑賞。映画も好むインドア系男子。その実態は、何も無い時間はマンガやアニメに費やす体たらく。今では大学の居場所の無さにボッチと童貞を極めたひきこもり予備軍だ。


 鼻で笑った者に問いただしたい。


 小学生の頃は中学校が、中学生の頃は高校が、高校生の頃は大学に夢を抱いたもんだろう?部活入って仲間と清々しい汗を流し、そのうち彼女ができ、授業をエスケープしてランデブーしちゃったり、休日は洒落た店に立ち寄れば「前から好きでした」と知らない女の子に告白されちゃったり。

…だが、現実にそんなことなどおこらなかった。


 もう1度言う。現実は一般人に甘くない。


 なんの取得も才能もない人間は、簡単に他の奴らに埋没する。そして通行人Aと化す。通行人Aこと俺は今日、大学ではしゃぐ同回生を尻目に成績表と見つめ合い「お前もうすぐ留年だぜ」と酷な現実を突きつけられている。


 なんでだ!


 他の奴らはちゃらちゃら遊んでるくせに、単位も金も青春も手に入ってそれなのに…ただ静かに生きてる俺は、こうして生きる他ない俺はこの有様、ご愁傷さま状態だ。ため息を漏らして成績表を鞄にねじこむ。後ろの席でたむろしている同回生が、俺を見て笑っている気がした。


 俺はカバンを引っつかみ早々と教室をあとにする。もうしばらくは大学とおさらばだ。

なにせもうすぐサマーバケーション。今年こそは、海行って、バーベキューして、花火大会で金魚捕まえまくるんだ。


 鼻息荒く意気込んで、自分がボッチであったことに気づく。暑いからだろうか、目から汗が流れてきた。


―俺はこのまま独りなんだろうか

 ふと頭の中を言葉がよぎった。


 俺は誰のヒーローにも何者にもなれないまま、誰かを引き立てるだけの、いや、ただの背景も同然な、他人の物語に通りかかるモブキャラとして地味な生涯を送るのだろうか。果てしない脱力感に壁にもたれかかりながら、窓の外を見上げた。

 うるさいくらい眩しい青空だった。俺は、この青い空を知っている。


―・・・君が本当に望むなら


 頭の中に鳴り響いた高い声に、俺は息をとめて、そのまま地面に倒れ込んだ。


 気絶していたらしい。一体何時間意識を失っていたのかは分からない。重たいまぶたを持ち上げて辺りを見渡し、絶句した。目の前には、果てなど知らない青い空と、その下には何百…いや、何千人ともわからない無数の人間たちが俺を見上げて罵声らしき言葉を浴びせかけていた。


 俺に。なんで!?


「っていうか…ここ、どこよ!?」


 どこかの街中のようだが、見覚えが無い。建物の雰囲気からして日本じゃなさそうな西洋感。それよりも自分の現状が知りたい。必死になって自分の置かれた状況を把握しようとする。俺の腕と足は太いロープに縛られ拘束されていた。


 恐らく俺は、広い街中の高い塔に立てられた十字架に、貼り付けにされているのだ。


 一体いつ、どうやって?今まで大学にいたはずなのに。どうして晒し者にされている。ネット民でもこんな過激派はいないぞと冗談はさておき、状況は俺を置き去りにヒートアップしはじめた。


「今すぐそいつを殺せー!」


 殺せ、殺せと目下に集う人間たちから、狂気じみた声が聞こえる。俺が何をしたと言うんだ。背景同然の哀れな通行人Aを捕まえてなんてことを言うんだ!と俺をかばってくれる者などいない。


 よく分からない場所で知らない奴らになじられる俺は困惑するしかなく、追い討ちをかけんとばかりに石を投げられた。奴らとは100メートル以上の距離があるからほとんど俺に届くことなく力尽きて地面に落ちていくのだが、1つだけ目にも止まらぬ速さの影が俺の頬をかすめた。それが石だったことに気づくと、傷口からぬらっと血がたれ、遅れてヒリヒリとした痛みが広がった。それと同時に血の気がひいた。


―殺される


 このままだと本当に殺される。もがけど拘束の縄はきつく、逃げられない。俺は目をつむるしかなかった。俺の人生は一体なんだったのだろう。そう問うてもきっと、誰も何も返せないだろう。


「やめるのじゃ…」


 諦めかけた俺の耳に、空気を切り裂くような鋭い、威厳に満ち溢れた声が届いた。呆気にとられて、声がした頭上の空を仰ぐ。そこにはなんと、女の子が浮いていた。赤くて長い髪は烈火のごとく風になびき、金色の瞳は猫のように鋭くて印象的だった。なにより俺を驚かせたのは、その髪や目の色じゃない。彼女が、自らの背中から生えた大きな黒い翼で飛んでいるということだった。


「…魔女だ…殲滅(せんめつ)の魔女が来たぞ!?」


 女の子の姿を視認した人間たちは、恐怖の声色で叫んで後退しはじめた。


「我が名はイアリーだ…いい加減覚えろよ愚民ども。」


 ブワッと風が押し寄せたと思えば、俺の前に殲滅の魔女と呼ばれた女の子が浮かんでいた。まだ10代前半といった華奢な体つきだが、この子の前でヘタをしでかせば命は無いと、俺の動物的カンが警鐘を鳴らしている。


「…ちと迎えが遅くなってすまなんだな。」


 女の子は俺の傷つけられた頬に、その小さくて冷たい手を添えた。

本当に氷のように冷たい手だった。


「…我が召喚獣に傷をおわせた者は大人しく出てくるが良い。

今のうちなら、首をおとすだけで許してやるぞ。」


 いやもうそれ殺す気まんまんじゃん!


 と心の中でつっこんで、ひっかかったワードを口で再生する。


「…召喚獣?」


 それは誰のことだろう。どこを見渡しても、それを彷彿とさせるドラゴンないし、ファンタジー的生物は見当たらないのだが。


「…お主のことじゃ。」


 少女は妖艶に口の端を吊り上げると小首を傾げた。


「お主は我が呼び出した究極の生命体…にしてはヒョロヒョロして弱そうじゃが、まあ良い。

そなたは、今日から我が使い魔となる。」


「使い魔だって…?けど俺は普通のにんげ―」


「そうはさせない!」


 また空から新たな声が降ってきた。太陽を背に、今度は白い翼を広げた女の子だった。

その上、長い棒のようなものを振り回しながら俺たち目がけて急降下してくる。


「その使い魔は渡さない!」


「これはこれは、(ことわり)の魔女…いや、箱入り娘のお嬢さんじゃないか。」


 殲滅の魔女は黒い翼を広げ、白い翼の女の子を向かい撃った。


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