大会3
「何、またボーっとしてんの?」
いつの間にか、目の前に里美の顔があった。
市ノ瀬はすでにいなかった。
「もう、試合始まるからさ。早く行くよ、もう」
俺は、乱れた心のまま、場についた。
けれど、目の前の札に俺の頭は無かった。
頭から過去が放れずに、ずっとつきまとう。
試合はすでに中盤にさしかかっていた。
俺の手元に札は少なく、相手はかなりもうとっている。
勝機は・・・、絶望的だ。
先程、あいぼんが試合を終わっていた。
あいぼんは札の束を持っていなかったので、負けたらしい。
しかし、先輩は勝っていた。
札の束をもって、記録係りのもとに行っていた。
俺は、ここで負けるだろうけれど、後の二人が勝てば、ポイントは3になる。
決勝に出れるだろう。
そんなことをぼんやりと考えていた、その時。
塚本さんが終わったらしく、頭を下げている。
塚本さんの陣地に、札がある・・・。
負け。
その文字が、大きく俺にのしかかる。
ああ、ダメだ。
もう、市ノ瀬とは過去のことなんだ。
今は、目の前の札に集中する。
それだけでいい。
後のことは、後で考えればいい・・・。
◆◆◆
俺が、試合をようやく終えたとき、周りに試合をやっていた人たちはいなかった。
代わりに、たくさんの人が、俺たちの試合をみていた。
中盤にはすでに10枚以上の差がつけられていたが、なんとか盛り返すことができた。
最後は残り、お互いの陣地に一枚ずつでかなりの接戦で。
相手が気を緩めていたのかどうかわからないが、何とか1枚差で勝つことができた。
試合が終わり、お互いに礼をした瞬間。
辺りから、拍手が起こった。
その大きな拍手の中、気恥ずかしく思いながら俺は札をとり、記録係りの所へ行った。
「おめでとうございます」
記録係りの人にそういわれて、俺は嬉しかった。
そして、思った。
やっぱ、記録つけんのに、勝ったヤツがやるのが当然だよなって。
負けの方には大きくバッテンがつけられるんだぜ。
自分で書くなんて、やだよなぁ・・・。
荷物の置いてある俺の帰る場には、顧問と里美たちが笑顔で迎えてくれた。
「あたし、キリを殺さなくてよくなって、良かった。まだ、犯罪者になりたくなかったし」
そーいや、そんなこと言ってたね・・・。
っつーか、マジで殺す気だったんだ・・・。
なんか、俺、ほんっとーに勝ててよかった。
じゃねぇと、冗談抜きで電車に突き落とされてたかも。
しかも、自殺ってことで・・・。
「おめでとう、片桐さん」
命の危険を感じているときに、後ろからいきなり声をかけられた。
振り向くと、茶髪(もろ染めてる)に無造作できっちり髪を整えている、いかにも俺は軽いぞ~って、主張してる風な男が声をかけてきた。
はて、俺、こいつと知り合いだったけ?
「オレ、次に君らと対戦する高校の選手。まぁ、つまりは優勝を争うってこと?
オレ的には、優勝とかどーでもいいんだけどねぇ、部長がうるさいしねぇ」
つまりは、こいつと俺は知り合いじゃないわけか。
なるほど、だから見覚えなかったんだな、この顔。
「おっ、そーだ。なぁなぁ、こーしねー?
俺と対戦したヤツが俺に負けたら、デートしない?
君ら全員かわいーしさ、そしたら断然オレ、やる気でちゃうんだよね」
そりゃ、おめーの勝手の都合だろ?
男とデートなんて・・・。
うっわ、考えただけでも空恐ろしい。
吐き気してきたぜ。
「特に好みなのはこの子かな?」
そういって、あいぼんの手を掴んで、強引に引き寄せる。
あいぼんは不意をつかれて、何もできずにいた。
「おい、やめろよ。いやがってんじゃん」
「片桐さんには関係ないよ。俺とこの子の間に割り込まないでくれるかな?」
「やめろっつってんだよ、このドアホウ。そんなにデートしたいなら俺がしてやるよ、勝てたらな!!」
そいつの手とあいぼんの手を引き離す。
"無関係"―――――――。
その言葉は俺が一番嫌いな言葉だ。
それを聞くと、俺は冷静でいられなくなる・・・。
「そーだよ、あいぼんには、もう彼氏がいるんだからね」
里美が俺に続いていったが、どちらかというと俺にダメージが大きかった。
そーだよね、あんなにドキドキして俺が好きになっても、もー人のものなんだよね。
あー、くっそ、片思いかよ・・・。
「・・・ふぅん。
気が強い子、結構好き。っつーか、もろ好みだよ・・・」
なぜか、俺の手を今度は握っていた。
そのナンパのわりに、真剣な瞳が俺をとらえて、離さない。
「そりゃ、どーも」
手を引き剥がそうとするが、なかなかこいつは強くて、不可能だった。
「クス・・・。じゃ、終わったらメアド教えてくれよ。連絡とれないしね」
そういって、手を放していってしまった。
「お前達、どこ行ってたんだ?」
微妙に遠くから、顧問がやってきた。
こちらのことにずっと気づいていなかったから、当然、あんな男のことも知らない。
全体的に雰囲気が重くなっているのにも気づかずに、
「次の試合は、S高校とに決まったぞ。で、決勝戦だから、オーダーを提出するんだが・・・」
そういって、何やら紙切れを出した。
「誰か、鉛筆持ってないか?」
おいっ!!
てめーで持ってろや!!
「・・・」
無言で先輩がペンを差し出した。
「別に、大将、副将・・・といった順番でなくてもいいらしい。
まぁ、じゃんけんでもあみだでもいいから決めてくれ」
そいういって、先輩に紙を渡した。
って、おい!!
先輩にペン借りたのに、あんたが書くんじゃないのかよ!!
「んー、じゃぁ、適当にじゃんけんで決めるかい?」
いかにもめんどくさいといった感じに先輩が言う。
「じゃ、負けた人が大将ってことで」
「そうだね」
「いや、私は五将をもらうから」
と、さっさと先輩が紙に名前を書き込んでいる。
「じゃんけんほい」
俺以外の人間が、なぜかグーを出していた・・・。
◆◆◆
「ねーねー、順番ってどう決めたの?」
目の前には、とびっきりウザイやつ。
「あっ、もしかしてそんなに俺とデートしたかった?」
ちげーよ。
誰が好き好んで男となんかと・・・。
「いやぁ、俺ってば愛されちゃってるぅ」
ブチンッ。
俺の中で、何かがきれる音がした。
「・・・うるせー。順番はただの偶然だ。じゃんけんで負けただけだ。」
できるだけ、声を小さくして言った。
それでもヤツはこりずに、
「・・・ふぅん。偶然、ね・・・。じゃ、君と俺は運命の糸で結ばれているのかな?
ほら、偶然って、必然ともいうじゃん?」
「・・・普通はいわないし。
それに、お・・・・私の運命の糸は確実にあなたとだけは結ばれてないね」
何か、もうあきらめた。
なに言ってもダメだ、こーゆータイプ・・・。
「もう、すねちゃダメダメ。嫌よ嫌よも好きの内ってね」
いや、好きになれそうにないよ。
どんなに頑張っても無理。
少なくとも君が男である限りは一生ムリだね。
「片桐さん・・・」
「?」
いきなりすっと、真剣な声で呼ばれ、俺は顔をあげた。
「俺さ、本当に君のこと、好きになりそう・・・」
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!?????????
「あのぉ・・・」
「うん。君の事、好きだよ」
「寝言は、寝てからいうべき言葉ですけど・・・」
「寝言じゃないよ。マジだよ」
そういって、いきなり手を掴んでそこに、きっ、キスしやがった!!
「・・・ざけんじゃねぇ」
手を振り払って、顔面めがけてコブシを振るうと、あっさりとよけられた。
「ジョーダン、ジョーダン」
にししと笑いながら両手を軽くあげている。
「っつーかさ、別にいいじゃん、キスぐらい。減るもんじゃないしさ」
「減る!!」
「へぇ~、何が?」
男としてのプライドが!!
などと、いえるわけもなく、
「・・・」
黙りこむしか道はなかった。
「そこの二部の大将二人!!ふざけるのはやめなさい、試合をはじめます!!」
「すみませ~ん」
「・・・すみません」
全面的にこいつが悪いのに・・・。
何で、俺まで怒られるんだよ・・・。
ああ~、くそ。
平穏が欲しい・・・。