大会
「起きろっ。起きろってば!!」
「・・・里美・・・?」
「何、いきなり寝惚けてるの? 電車乗った途端寝たかと思えば、いきなり苦しみだすし・・・。」
「大丈夫?」
次々と覗き込む顔は、どれも優しいもので・・・。
「・・・えっと・・・、ありがとう。なんでもないよ。ただ、夢見が悪かっただけだから・・・。」
まだ、心配そうにしているが、それぞれ自分のやっていたことに戻っていった。
「『きりたちのぼる・・・』、はいっ、茜」
「・・・『む』?」
「正解。じゃ、次は・・・」
電車から見える空は何処までも青く、美しく・・・そして、優しい。
そう、あの時の彼女のように。
俺の夢想に過ぎなかったかもしれないけれど、
『我慢しなくて、いいんだよ。』と、言われたような気がしたんだ。
ずっと、欲しかった。
ずっと、求めてはいけなかった。
コトバ・・・。
君にはなんでもなかったことかもしれないけれど、何気ない君の言葉が、あの時、確かに僕を救ってくれたんだ。
「『みをつくしてやこい・・・』、はいっ、里美」
「・・・『わび』?・・・」
「ぶーっ。『なにはえ』でした」
・・・、せめて、しっかり覚えておこようよ、お前ら・・・。
君たち、電車の中であまり騒ぐんじゃないよ。」
・・・先輩、一人遠くに座って、他人のふりしないでください。
◆◆◆
会場に着いたのは、開会式直前だった。
どーして、余裕な時間に駅に着いたのに、こんなギリギリなんだよ、あいぼん!!
先輩も、道知っているなら、誘導してくださいよ!!
「君たち、見てるとおもしろいから」
・・・なんだかなぁ・・・。
「おぅい、対戦が発表されたぞ~」
間の抜けた声が響く。
顧問の宮本だ。
「先生、来るの遅いです」
「やぁ~、ちょっと渋滞してねぇ」
っつーか、先生。
あんた、マイカーじゃなくて、電車で来いや!!
電車にゃ、渋滞なんつーもんないから。
「八木は48、片桐は52、広川は61、塚本は59、浜崎は63だ」
はい?
何ですか、その数字。
呆然としている俺の様子に気づいてか、塚本さんが。
「この数字はね、自分の場の番号だよ。試合の場に、数字の書かれた紙が置いてあるでしょう?」
よく見れば、畳が敷いてある場所に、札と共に紙がある。
「自分の数字の場へ行って、対戦するのよ」
へぇぇ。
って、ちょっと待て。
俺、今日は団体戦って聞いたんですけど・・・。
「対戦は1対1だけど、チームの個人の勝ち数で決勝にでるチームが決まるの」
ふぅん。
じゃ、何回戦えばいいんだ?
「さっき、開会式で言ってただろ!!」
後ろから不意打ちで殴られた。
殴られたかわいそうな俺の頭をなでながら、後ろをみると、里美が
「午前中に2回、午後に2回!!試合の時間によって、昼休みはなし!! 各自勝手に昼飯を食べること」
わかったよ。
むしろ、頭殴んなよな。これ以上莫迦になったら、責任とってくれる?
「ほら、さっさと場に着け!!」
顧問、お前にだけは言われたくない!!
◆◆◆
「札をあけて、準備をしてください」
大会のお偉いさんらしき人が言った。
俺の対戦相手はミニスカの女の子。
どこか、場慣れしているようで、さっさと札が閉じてあったゴムをとって混ぜ始めている。
俺も、そっと札を混ぜるのを手伝って、十分混ざったと思って、手を止めた。
それから、札を25枚数えて取り、相手に合わせて札を置いていく。
ちなみに今出ている大会というのは競技かるたの試合。
100枚中50枚が無作為に選ばれて、それを自分と相手に25枚ずつ持つ。
畳の目に合わせて、既定の広さに三段にわけて並べる。
広さの目安は自分の肘を真ん中に置き、左右に倒した広さである。
並べ方は自由で、自分の好きな配置にできる。
で、読まれた札を取り合い、相手の札をとったら自分の札を一枚渡す。
札が先に無くなった方が勝ちというシンプルな勝負。
なぁ、知ってるか、こういう感じ。
試合とかさぁ、すっごい緊張するんだよ。
初めてだと、余計に!!
「あのぅ、一段ずれてますよ・・・」
◆◆◆
「今から、暗記時間20分とります」
暗記時間?
なんだ、それ?
周りを盗み見してみると、一生懸命札を見てる人とか、席立っている人とか、色々。
とりあえず、札を覚えればいいんだな。
・・・。
10分くらい経ったけど、飽きた。
なんつーか、全部覚えれるわけないじゃん。
50枚全部だぜ。
しかも、場所と名前!!
人間、諦めが肝心だよな、な?
はぁ~、家帰ったら、何しようかなぁ・・・。
「それでは、始めます」
「「「お願いします」」」
いきなり、皆、一同礼!!みたいに、頭下げてる。
慌てて頭を下げたときには、相手は違う相手に頭を下げていた。
後から聞いた話だと、「始めます」って言われたら、対戦相手に頭を下げて、次に読む人に向かって、頭を下げるんだって。
しょーがないよな、知らなかったし・・・。
「なにわずに・・・」
こうして、初の大会が始まった。
◆唐突にキリの百人一首、ワンポイント!!
「村雨むらさめの露もまだひぬまきの葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮れ」
<意味>
ざぁーっと、通り過ぎたにわか雨の露もまだ乾かないうちに、まきの葉のあたりに、早くも霧が立ちのぼっている秋の夕暮れよ。
<キリから一言>
これは、一枚札と呼ばれているものの一つだね。
秋の夕日が赤く染まるころ、にわか雨がやってきて・・・。
まきの葉に霧が立ちのぼるかわからないけど、俺は好きだな。
秋は、感傷的になるけど、その分俺たちはちゃんと生きてきたって感じるんだ。
「難波江なにはえのあしのかりねのひとよゆゑ みをつくしてや恋ひわたるべき」
<意味>
難波の入り江のあしの、刈り取った根のひと節のような、旅の短い一夜、あなたと過ごした、そのたった一夜のために、私はこれから「澪標」という言葉のように、この「身を尽くし」て、恋を続けるのでしょうか。
<キリから一言>
百人一首に一番多いのが、こういう恋をうたった詩だね。
「みおつくし」という一つの言葉に二つの意味
「澪標」と「身を尽くし」をあらわしている掛詞が使われてるね。
一晩という短い時間だったけれど、それでもあなたに恋をしてしまった。
ずっと、私はあなたに恋し続けるのでしょうか?忘れることもできずに・・・。
って言う感じかな?
恋というのは人生に何度でも訪れる奇跡のひとつだと俺は思う。
その数ある奇跡の中で、たったひとつの愛を君に捧げることができればいいなって、思うな。
「なにわずに咲くやこの花冬篭り 今を春べと咲くやこの花」
<意味>
難波津にこの花が咲いたよ。冬の間はこもっていた花が、いよいよ春だと、この花が咲いたよ
<キリから一言>
これは、なぜか、"競技カルタ"をやる時に最初に読まれるうたなんだ。
冬をこえてようやく春だよと、花が教えてくれた。
ようやく競技が始まるんだよって、お知らせしてくれているのかな?