女子トイレは魔窟だった。
「片桐さんも鈴木さんも王子を独占してずるいわ」
「まぁ、王子が手を出すななんて言ってるけど、怪しいわよね」
「そうよね!王子が優しいからってつけあがっちゃって」
「みんなの王子なのに」
「私だって王子になでなでされたいわよ!」
…今、どういう状態かというと。
きわどい女子の話題から逃げるために、女子トイレに逃げ込み、個室に陣取って休み時間を過ごそうとしていたら、聞こえてきた俺の話題。
喚くような声でおしゃべりに夢中な女子たちは、一番奥の個室に誰かが立てこもり中なんて考えてもいないみたいだ。というか、本人がいるとか思っていないだろう。そして、その声の大きさじゃ、外まで響いているんじゃないだろうか?
最近は、クラスの女子とも仲良くなれてきたと思っていたのだが、どうやらまだ一部の女子からはいたく嫌われているようである。まぁ、仲良くなりたい人気者と一緒に行動している人間が、自分じゃないというところに不満を持つのはなんとなくわかる。嫉妬というやつだ。
俺だって、秀に嫉妬する。足は速いし、頭もいい。性格もよくて、顔もいい。はっきりいって欠点が見つからない。そんな奴、嫉妬するか、仲良くなるかの二択しかないじゃないか。
仲良くして、甘い汁を吸いたいというわけではない。そういうやつの近くで、参考になるだとか、俺自身もそうなりたいだとか、いろいろ考える。時には嫉妬したりするけど、あいつはいい奴だ。遠くから見ると嫌味な奴でも、近くにいるとどういうやつかってわかるから。
こいつらは、仲良くなりたいけどなれなくて、嫉妬しかできない。それを不満という形で他者と共有することでストレスを発散している。ただ、それだけだ。
それだけ、なのに。
どうして、こんなに胸が痛いのだろうか?
世界中の人間に好かれるなんて無理だ。一部のわかってくれる人間と仲良くなれれば、それだけで幸運なはず。俺は、王子や鈴木さん、かるた部の連中と仲良くなれて、この女子の中で生きていこうと思えた。今が楽しくて、たとえそれが偽りだとしても、この一瞬に感じた感情は本物で。
いつか消えゆくものだとしても、誰の記憶にもとどまらなくなり、思い出としてとすらなくなることになるとしても。
俺が麻衣じゃなくて、大に戻るときに、携帯も変えて、連絡を絶って、二度と会えなくなってしまい、忘れ去られてしまう存在だから。
それでも、今を、俺の場所を作ろうと思えた。
なのに。
やっぱり、人に嫌われるというのは堪えるものなのだと感じた。
あの時みたいに、大事な大会でへまをしたときみたいに、全校生徒全員が敵に思えたときみたいなそんな絶望なんて感じていないのに。
人間って、不思議だ。
言葉一つで何かを傷つける。それも、深く突き刺さっても、刺した本人がわからないものなのだ。
ただ、刺された本人が見えない血を流して、傷を負う。それだけ。
俺の話題から離れて、別の人間の悪口を言っている。よくよく声を聴いてみると、同じクラスの女子たちで。そのグループ内でただいまケンカ中なのか、一人の子のことを集中的に攻撃するような悪口を言っている。悪口を言われている子の声は聞こえないから、たぶん一緒にはいないのだろうけど。
じくじくと痛む胸を押さえながら、俺は、少し虚しさを覚えた。
いじめが社会的に問題になって、自殺だのなんだの起こってしまうことに。
こんな誰の耳があるかわからないような場所で人の悪口を言ってしまい、その一言で誰かは傷つく。
それに、聞いていて気分のよいものではない。いっそ、俺が出て行って、話を辞めさせればいいのだろうか?
俺が悩んでいる時に、救世主はやってきた。
「ねぇ、その話、詳しく聞かせてくれるかな?」
俺以外にもトイレの個室にいた人間がいて。その人が、そっと個室から出てきて、そういった。
その声は、毎日聞いている王子の声。
「「「「きゃー」」」」
悪口を言っていた女子の悲鳴と歓声の混じった声が響く。
「違うのよ、王子!この子が勝手に…」
「何言ってんの?あんたが最初に生意気だって言いだしたんでしょ!?」
「何よ!普段からあんたたちが言ってるじゃない」
ぎゃーぎゃーと罪の擦り付け合いする女子たちに、俺はげんなりした。
こんな軽いものでいいのだろうか?
見えないナイフを持った人間が気軽に人に切りかかり、それをナイフのせいにする。ナイフがあるからいけないと。道具に人を操ることなどできはしない。それを使う人間が自身で起こした結果だ。
なのに、こんなに軽く人は人を傷つけあう。
「そんなことはどうでもいいんだよ。俺は、仲の良い子を悪く言われて気分が悪いんだ。大きな声を出さないでくれるかな?」
いつもより低い声で王子はいう。決して、大きな声ではない。なのに、それは大きく響いた。
「…」
女子たちが沈黙する中で、王子が再び口を開く。
「気の合う友達と仲良くしていて何が悪いの?キリや鈴に落ち度はない。責めるなら、俺に言うのが筋じゃないかな?それをこんなところでこそこそ陰口を言って。…そういうのが一番嫌いだよ」
王子の嫌いという発言に、息をのむような音が聞こえた。
「いい気にならないでよ。ちょっと見た目がいいだけじゃない」
「え?…ちょっ、どこ行くの?待って!」
誰に対して言った言葉なのか?真意はわからないが、悪口を言っていた女子たちはいなくなったようだ。
ため息を吐く音が聞こえ、王子が何か小さくつぶやいた。
それは、あまりに小さくて聞き取ることができなかった。
「ねぇ、奥にいる人。ごめんね、俺のせいで気分悪くなったよね。もう、出ていくから」
王子は俺の存在に気づいていて、わざとあんな態度をとったようだ。
足音がだんだん小さくなっていく。俺がお礼を言おうと個室のドアを開けた時には、誰もいなかった。
誰とも知らない人に対して、自分が悪く言われるかもしれないのに、そんな人のために王子は行動できる人間だ。それは、とても難しいし、尊い行為だと思う。なかなか人はできない。
つい、保身に走ってしまうから。
俺だって、俺を守るために迷った。結局。外に出ることができなかった。
それが、人としての差。
王子は、かっこいい。それは、見た目だけじゃなく、中身までだ。
あんなジェントルマンを神はなぜ、女として生まれさせたのか?彼女が男だったなら…。
けれど、彼女が男だったのなら、俺は素直に王子を尊敬などできなかっただろうし、自分の居場所を作ろうなんて思えなかっただろう。
俺は、感謝の意を表すために、誰もいないトイレの入り口に向かって、大きく礼をした。
「…ありがとう」
「何が?」
返ってくるはずのない声に、俺はバッと顔をあげる。
そこには、いるはずのないかるた部の連中がいた。
「キリ、何してんの、こんなところで?」
「いや、えっと、あの、…いつからそこに?」
「キリがいきなりお辞儀をしたところからだよね、悪?」
「そうね。で、何にお礼言ってるの?」
「…もしかして、こちらのクモにでしょうか?」
そういって、塚本さんがトイレ入り口の上に巣を張っているクモを指さす。
「…あんた、クモになにしてもらったのよ」
塚本さんは少し天然が入るときがある。でも、そこがかわいい。
しかし、今は発揮しないで欲しかった。
かるた部は基本的に、塚本さんラブの集まりなので、誰も突っ込まない。
「…いつも害虫を食べてくれるからかな…」
もちろん、俺も突っ込まない。
だって、そんなことしたら、悪と里美が怖いから。
女子トイレって、魔窟だよね・・・。
お読みいただき、ありがとうございます。
申し訳ありませんが、リアルが忙しくなったため、しばらく更新できません。




