夏休みの宿題は、苦しむものだった。
泣いてしまってから冷静になった俺は、恥ずかしくて王子の顔が見れなかった。
でも、それが王子にはわかったのか、下を向く俺の頬に手を寄せて、
「俺たち、今、本当の友達になった気がするよ」
って、ささやかれた。
それに、俺はギクッとなると同時に、嬉しさが胸に広がった。俺は、本当は女じゃないから、どこかいつも遠慮してた。でも、それでも俺に迷わずからんでくる王子がうれしかった。最初は、それこそ、いつ男だとバレるか怖くて仕方なかったけど、それ以上に人が恋しかったのだと思う。一ノ瀬さんにフラれたと勘違いして、ずっと内にこもっていた俺を外に引っ張り出してくれたのはカルタ部の連中だけど、クラスでの居場所をくれたのは、間違いなく王子だ。
「うん。…ありがとう」
俺はそれ以上、何も言えなかった。俺が男だということはばらしてはいけないことだし、この先ずっと王子に男だと告げることはないだろう。いつか、別れが来る。それでも、今はこうして友達として付き合えることをうれしく思える。俺がお別れして、いつか思い出に変わって、王子の中で俺がいなくなったとしても。今この瞬間、王子の友達になりたいと思ったし、これを後悔することはないと思う。いつか一生お別れすることになる。それがわかっていても、この気持ちを止めることはできないだろう。
だったら。
これからは、関わっていこう。今まで避けていたことから。
楽しいなんて、思っちゃいけないと思ってた。この女子高での出来事を全部否定しようとしていた。
でも、それも終わりにする。
俺が、俺自身が後からつらくなるってわかってる。王子たちにも申し訳ないことをするってわかってる。
俺が麻衣として生きてきた存在がなくなるってわかってる。それでも、俺は心からこの瞬間を大切にしたいと思えたんだから、しょうがない。
俺たちは、顔を見合わせて笑いあった。
きっとこれは、本当に、心から打ち解けあった瞬間だった。
隠し事があっても、すべてをさらすことが友情ではない。刹那の楽しさを、信用し大切にできる瞬間を共有できるのが友達なんだと思う。
俺は、この夏にあったことを一生忘れないと思う。
俺たちは、夏休み中に頻繁に連絡をとるようになった。もちろん、鈴木さんやカルタ部の連中とも。
そして、なぜか秀からも今まで以上に連絡をとることになった。麻衣として。
俺が麻衣として生きている瞬間を楽しもうと思えたのは、みんなのおかげだから。
うれしくて、楽しくてすっかり忘れていた。
夏休みに宿題が大量に出ていたことを。
8月31日。俺は、目の前に積まれた課題の山に頭を抱えていた。
学校自体は9月2日から始まるのだが、全然終わっていないこの状況に、絶望しか感じない。得意な数学は終わっている。だが、苦手な英語や社会、読書感想文などという、時間がかかりそうなものは一切手をつけていない。
とにかく、読書感想文は推薦図書を買ってきたはいいが、読んでいる暇などない。
ならば。
あらすじを読み、さらにネットでこの本の評価や感想を書かれているページを参考に即席で感想文を完成させた。どうやら、戦争の話で、その時代の中で生きた人間ドラマを描かれた作品らしい。きっと読めば感動するなりなんなりするだろうが、しょうがない。夏休みが終わって時間ができたら読むからな。それまで待っててくれ、推薦図書!
後から気づいたことだが、読書感想文は別に推薦図書ではなくて、今まで読んだ本の感想でもよかった。今まで、読書感想文はすべて推薦図書を読んで書いていたため、そんなことに気づくことがなかったのだ。
そうして、読書感想文を終わらせた俺は、社会を教科書を見ながら埋めていく作業に入る。
英語に関しては後回しだ。英語の課題を集めるのは、9月4日の最初の授業のときなので、余裕がある。9月3日に回収がある社会の方が最優先だ。
こうして、俺は3日間をほぼほぼ徹夜で課題をやることに全力を尽くして、9月2日の始業式を寝て過ごし、先生に怒られるという事態が発生した。
放課後に呼び出され、えんえん説教を1時間近くされた。いや、俺が悪い。説教されている最中に何度か意識をなくしていたのだから。それで延びたのだ。けれども、まだ10ページ残っている英語の課題をやりたくて仕方ない俺は、先生を恨むことしかできなかった。
「お帰り。遅かったな」
「おかえりなさい。何かあったの?」
教室に帰ると、王子と鈴木さんが待っていてくれた。
俺が説教されている最中に意識が飛んでしまい、長くなったことを話すと、王子は笑い出し、鈴木さんは心配そうにしていた。この対照的な反応に俺は怒るべきか謝るべきかわからなくなる。
「ま、宿題の存在を忘れてたキリが悪いな」
それを言われたら、何にも反論ができない。
王子も鈴木さんも嫌なことはさっさと終わらせるタイプらしく、8月の中旬には宿題を全部終わらせていたとのこと。なんなんだ、こいつらは、優等生か。いや、優等生だったな…。
言い訳をさせてほしい。常ならば俺だって、3日間で宿題を終わらそうとするタイプではない。宿題をやる日とやらない日を作って、メリハリをつけてやるタイプだ。計画倒れをすることもあるけど。けれど、ほぼ徹夜で仕上げるなんてことをしたことがなかったため、こんな事態になったのだ。
ちなみに、始業式後にあった実力テストに関しては、そこそこできたと思っている。3日間ずっとやっていた宿題の範囲から出される問題だから、嫌でも覚えている。そっこう終わらせて、眠る時間に使ってやった。まぁ、こいつらにかなうはずもないのだけれども。そこそこはできてるはずだ。
王子と鈴木さんと一緒に途中まで帰り、家で英語の宿題をやることに集中した。本当は、見せてほしかったけれども、王子も鈴木さんもそういったことは嫌なタイプだと思うから言い出せなかった。カルタ部の連中に関しては、あいつらは全員文系なので、宿題の範囲が違って、見せてもらっても意味がないから聞くことすらしてない。というか、里美あたりは終わってないと思う。あいつ、やらずに堂々と誰かの写してるとみた。
こうして、なんとか夏休みの宿題騒動を終えたのだが、これが終わらなかった。
というのも、あの即席感想文が校内選考を通ってしまい、入賞してしまったのだ。
全校集会で表彰を受け、クラスでもすごいと褒められ、カルタ部の連中にも褒められた。
最高に居心地が悪かった。本の感想というよりかは、ネットで書いてあった本の感想の感想といった感じのもので、正式な実力ではない。カンニングして、高得点をとったような気がして、でも、それを言い出すことができずに俺はしばらく苦しむことになるのであった。
夏休みの宿題はちゃんとやらなきゃいけない。じゃないと、肉体的にも精神的にも苦しむことになる。
そのことを心の底から感じた。




