落ち着く先は
微妙にBL表現ととれるものがありますので、ご注意ください。
抱き寄せられた腕の中で感じたのは、制汗剤のにおいと汗のにおいが混じった男特有のにおいで。それは懐かしくもあり、安心を感じた。こわばっていた体は嘘のように柔らかくなる。
「ちっ、男連れかよ」
ナンパ男はそういうと、離れていった。
それを見届けてから、俺は振り返り、目に映る人物が俺の想像通りの人物であることを確認した。
「ありがとうございます」
「いや。…それより、大丈夫?」
そっと腕の中から這い出てお礼を言うと、秀は心配するように俺の顔をのぞき込む。
「はい。助けていただいたので、大丈夫です」
実際にわずかに震えていた体は収まったし、恐怖もだいぶなくなっていた。
「ならいいんだけど。一人でいるのは危険だよ。この前のこともあるし…。よかったら、俺と一緒にいる?」
ストーカー事件の時に一緒にいてくれたからこそわかってくれる優しさをうれしいと思うと同時に、悔しいとも思った。俺は男なのに、男が怖く感じるなんて恥ずかしくて。
「ありがとうございます。でも、連れがいるので大丈夫ですよ」
そろそろ王子も帰ってくる頃だろう。あんなことがそう何度もあるとは思えなかったので、秀の申し出を断る。
「じゃあ、友達が来るまでは一緒にいるよ」
そういって、秀は俺の横に並ぶ。
一人でも大丈夫だと思っていたのに、秀が隣にくると、なぜか胸に暖かいものが広がった。理性では、変な男が何度も寄ってくることなどないとわかっているのに、正直怖かったのだろう。
「ありがとうございます」
俺は、正直にお礼を言うことにした。
「いいえ。ちょっと休憩したかったところだから、ちょうどよかったんだ」
いたずらっぽく笑う秀は、本当にカッコいいと思った。美形は何をやっても様になるんだなと改めて思う。
夏休みの宿題の様子だとか、大は怠けていないかなど、とりとめのない話をして、過ごしていると、王子が帰ってきた。
「悪い。ちょっと混んでて、待たせたな」
「それならしょうがないよ」
王子がこちらにやってくるので、秀にお礼を言おうとしたときに、秀がなぜか俺の前に立ち、王子と対面する形になる。
「片桐さんの彼氏の王子さん?」
それを聞いた一瞬、何を言っているんだと思ったが、ふと思い出す。そういえば、俺、秀にからかわれて、悔しくて彼氏がいる設定にしていたことをすっかり忘れていた。しかも、王子を彼氏として話していたので、容姿など事細かに説明してしまっていたので、一発でわかってしまったようだ。
俺は、あわあわして、どうにかこの話題をそらそうと考えるが、それより先に王子が俺の様子を見て、にやりと笑うのを見て、嫌な予感が走る。
「そうだよ。王子は俺のことだけど?」
彼氏ということを否定せずに、応じる王子に俺は安心していいのか、謝ってしまえばいいのかわからなくなる。
「ちょっと前にあんなことがあったばかりなのに、よく片桐さんを一人にすることができたな。どういう神経してるんだよ」
声を荒らげているわけではないのに、怒っているのが伝わる声音に俺が恐怖する。
俺は、ストーカー事件について王子に話してなんかいない。というか、警察や母親、麻衣(本物)くらいにしか知られていないのだ。もしかしたら、警察側から学校に話はいっているかもしれないが、とにかく王子は何も知らないし、知らせたくもなかった。
「秀!」
これ以上何も話して欲しくない俺は、秀にしがみつきなんとか話を広げないようにしようとしたが、それは後の祭りで。
「…あんなことって?」
ニヤニヤ笑いをやめた王子は、真剣な表情で秀を見据える。
「聞いてないのか?」
その様子に、秀は呆れを含んだような声で答えた。言外には彼氏のくせにって聞こえたのは、気のせいじゃないと思う。
「なんのことかわからないが、聞いてないと思う」
「…そうか、ならいい」
そういうと、秀は王子に背を向けて、
「それじゃあね、片桐さん。また」
軽く手を振って、去っていった。
そこに残された俺と王子には、微妙な空気が流れている。
気まずくて、目を合わせられずうつむく俺に、王子が優しく話しかける。
「キリ。どんなことがあったのか聞いてもいいか?」
きっと王子は言いたいことがたくさんあったと思う。
なんで彼氏と言っていたのかとか、初対面の相手にあそこまで冷たくされなきゃいけないのかとか、俺が何を話してないのかとか。
王子には、聞く権利がある。でも、それを俺に強要するのではなくて、話したくないなら話さなくてもいいんだよって、俺にゆだねてくれている。
それは、王子のやさしさで。
本当なら話したくない。けれども。
俺をみつめる王子の瞳は、とてもさみし気で、隠されていたことにショックを受けているのではないかと思った。
友達なら、なんでもかんでも共有するというわけではない。誰でも一つや二つ秘密を持っているものだ。言いたくないことだってある。それでも、付き合っていられるのが友情だ。
「…」
俺は、とっさに何も出てこなかった。
「言いにくいことなら、聞かないよ」
王子は、優しくそういった。
ここで話さなかったとしても、王子との友情が壊れるわけではないと信じてる。
でも、確かに王子は傷ついたように思えた。
俺は、意を決して、王子に話すことを決めた。
「…場所を変えてもいいかな?」
俺のその言葉に、一瞬驚いた後、王子は微笑んだ。
「もちろん」
そういって、俺たちは、カラオケへと行くことにした。
カラオケは個室だし、他に人はいない。隣の部屋とかだって、歌うために来ているから、話を聞かれることはないと思ったからだ。
カラオケルームに着くと、向かいあって座る。
覚悟を決めてきたのはいいのだが、どこから話せばいいのか。
俺は、ポツリポツリと夏休みにあったストーカー事件について簡単に話した。
隣の県に陸上の大会を見に行った時に、以前から目を付けられていた変質者にあったこと。
トイレの裏側で、殴られたり、ナイフを突きつけられたこと。
怖くて何もできなかったところで秀に助けられたこと。
警察に変質者は捕まって、今はもう安心なこと。
それから…。
今でも、がたいのいい男が少しだけ怖いこと。
王子は、ずっと真剣に聞いてくれていた。
それから。
「ありがとう。
怖かったな。」
たった二言だった。
でも、それで十分だった。
下手な言葉を重ねられるより、ずっと心がこもっているように思った。
謝られたりなんかしたらなにかが違う。
慰めとか、軽蔑されたりとかそんなことされたらどうしようとは思った。
俺から離れていったらどうしようと思った。
でも。そんなことはなくて。
俺は、耐えきれず声を上げて泣いてしまった。
本当に怖かった。
でも、男のくせに男が怖いなんて認めたくなかった。
王子が俺を男だと知らないけれど、それでも、うれしかった。
王子は、俺が泣き止むまでずっと頭を撫で続けてくれた。
それが、ひどく安心できた。




