女装に目覚めたわけじゃないからな。
文化祭が終わった後に王子が言っていた、”二人で打ち上げしようぜ”は社交辞令ではなかったらしい。
夏も盆休み期間に入り、ますます暑さが増してきたころ、強引なお誘いで、王子と二人で打ち上げなるものをしに、町まで来ていた。もちろん、ピンクのワンピースに白いカーディガンという女装姿だ。
待ち合わせの10分前に着き、手もち無沙汰に俺は周りを見る。みんな同じ目的なのか、時計や携帯を気にしながら立っている老若男女がいる。本当は目立つようにすべきだと思うのだが、なぜか自然と若い女の子が多い場所に陣取ってしまう俺。うん、本能がかわいい女の子を求めてるんだ、仕方ない。
自分に言い訳をしていると、周りの女の子たちの視線が一か所に集まっている。なんだろうかとその視線の先に目を移すとーーー。
細身のスラックスにおしゃれなシャツを着こなした王子がいた。相変わらずのかっこよさに、俺は男としての自信的な何かが崩れていく音が響いた気がするが、気のせいだと思うことにした。
「キリ。悪い、待った?」
さわやかに歩いてくるこいつは、どこからどう見ても男であった。神様は、こいつの性別を間違えて生み出してしまったのではないだろうか?
「さっき着たとこ。久しぶり」
「久しぶり。そっか、ならよかった。じゃ、行こうか?」
「おう」
王子の横に並んで歩き出すと、後ろから刺すような視線を感じる。この感覚は久しぶりすぎて、背筋がぞくっとした。女の子からの嫉妬の視線はすごく痛い。どうせ集めるなら、かっこいいとかそういった視線が欲しかった。ちらりと横の王子を盗み見るが、こいつは気にしていないのか、それとも慣れていて気付いていないのかわからないが、いつもと変わらない涼しい顔をしている。その面の皮の厚さに尊敬を覚えてしまいそうだ。
「ん?なんか俺の顔についてる?」
俺の視線に気づいた王子が、不思議そうな顔をした。
「いや。えっと、ちょっと…。うらやましかっただけ」
「何、急に?」
予想外の返答に驚いたのか、ポカンと口を開けている間抜けな顔をしているが、美形はどんな表情をしてもカッコいいと認識してしまった。くそぅ、顔交換してくれないかな?
「そんなに羨ましいなら、もっと近くで見るか?」
何やら悪乗りして王子が俺の顎に手を当てて、くいっと自分の顔に近づけてくる。超至近距離の王子の顔はニヤニヤしていて、そんな顔すら似合ってしまう王子に呆れるよりほかなかった。だから、この胸のドキドキはきっと気のせいに違いない。
「遠慮する!」
あまりに近すぎて、耐えきれなくなり、顔を背けた。
「遠慮しなくていいよ」
なんて、王子が耳元でささやくから、首から上が赤くなるのを感じた。
人をからかいやがって!
囁かれた耳をかばって、王子を睨みつける。どこか、からかい返すネタがないかと探そうとするが、はっきり言ってない。悔しくて、王子の足を軽くけりつけて、逃げるように先を歩く。
「かわいいな」
王子が何やらつぶやいたが、雑踏の中にかき消されて、俺の耳までは届かなかった。
あらかじめここに行こうと言っていたお店に着いた。
それぞれに注文が終わり、一息ついたところで俺は冷静になった。
いくらからかわれたからと言っても、仮にも女の子をけりつけたのはやりすぎた、と。
「…その、さっきはごめん」
「俺もからかいすぎた。ごめんね」
なんて言われて、すぐに仲直りをした。なんだかんだといいやつなんだよな、王子って。
夏休みはどのように過ごしていたのかお互いに近況報告などをして、和やかに時間が過ぎた。ちなみに王子は夏休みの宿題はすでに終わらせており、まだ数学にしか手を出していない俺を焦らせたことが印象的だ。
食後のコーヒーを飲みながら、どこのカラオケ店に行くかを話し合った。
店を出て、カラオケ店に行くと、お盆休みで満員御礼らしく、部屋が空いていなかった。二人なら予約なしでも大丈夫だろうと根拠のない自信が崩された瞬間だった。待ち時間はどこも1時間以上かかると言われ、しょうがなくぶらぶら歩いていたら。
「キリ、ごめんな」
なんて、王子は言うけれど、予約しようとした王子を止めたのは俺であった。カラオケなど予約しなくても入れるだろうなんて思っていたからだ。
「私のせいだよ。ごめん」
お互いに謝りあって、見つめあうと笑いあった。王子は女って感じがしなくて、すごく居心地がいい。気負わずにリラックスできる。ただし、周りの女子の視線がなければの話だが。
解散するのも打ち上げらしくないからと、町でウインドウショッピングでもしながら歩くことにした。
そこで判明したのだが、王子は基本的に洋服にこだわりはなく、みんなの味方ユニ〇ロで買い物をすることが多く、また似合わないという理由で女性ものではなく、男性ものを着る機会が多いとのこと。
おい、もうお前、男でいいだろ。
俺はというと、この格好で男物を見るわけにもいかず、よくわからない女性もののコーナーを見て回ることになった。王子は女の子とこういう店に来ることが多いのか、エスコートがうまかった。女ものの服など自分で買ったことのない俺は、当然店の名前など知らないし、服の種類も知らない。知ってるか?スカートって、Aラインスカートとかいろいろ名前があるらしい。キリはふわっとした感じが似合うから、タイトスカートはなしな、なんて言われて、俺も履きたくないな、なんて思ったりもした。
俺が迷っていると、次々にキリはこんな色も似あうんじゃないかとか、これなんてどうなんて楽しませてくれた。
いや、待ってくれ。女装に目覚めた訳ではない。今後、俺が女の子とショッピングに来ることがあったら、こんな風にすればいいのかという、参考になるという意味で楽しませてくれたんだ。
そこで、一ノ瀬さんにフラれたことを思い出し、落ち込む。
俺、女の子とショッピングに行く機会なんてこの先あったりするのだろうか。
王子がお手洗いに行っている間、俺は一人でぼんやりと立っていた。特にすることもなく、これからどうしようかななんて思っていたら。
「一人?」
なにやら、チャラそうな男が話しかけてきた。
なんだろう。道を聞くという目的でもないこれは、ナンパというやつか?女に見えていることに安心するべきか、男として嘆くべきかわからない。
「無視するなよ」
俺が一人悩んでいると、男が急に肩を掴んできて、びくりとなる。
俺は、まだ知らない男に触られることに抵抗がある。知り合いなら、スキンシップをとるくらいにはできるようになった。でも、まだあのストーカー事件から日が経ってないこともあり、恐怖しか感じることができずにいる。それほど、あの男が残したものは重かった。麻衣(本物)が耐えられなかったのが、よくわかる。
「…」
恐怖で何も言えずにいると、いらだった男が乱暴に俺を引き寄せようとする。何も考えることができず、硬直する体。声も出せずにいると。
「おい。俺の彼女に何するんだ」
王子の声ではない、でも聞きなれた、安心できる声が響いてきた。
その声を聴いた瞬間、硬直していた体に力が入ってくるかのように感じた。
ぐいっと、男の手から俺を守るように後ろから抱き寄せられ、俺はさらにホッとできたのだった。




