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ハッピーエンドじゃ終われない  作者: りゅう
2年生
33/44

どうして俺ってしまらないかなぁ?

いつまでも寝てもいられないと、俺はユニセックスな服を着て町を歩いていた。誰とも会う予定はないので、女装する必要がないので。

とてもじゃないが、大会を見に行く気力はなかった。すでに、心療内科にて受診をしていて、特に後遺症があるわけでもないのだが、精神衛生上行きたくなかった。

ぼーっと、歩いていたら、誰かにぶつかってしまい、慌てて謝る。

「片桐君?」

聞き覚えのある声に顔をあげると、そこには一条さんの姿があった。

「え…」

大の姿で会うのは、約1年半ぶり。思わず、絶句してしまった。

「お久しぶりですねぇ。…今、時間ありますか?」

ちょっと舌っ足らずで、のんびりした声は、あの頃と変わらなくて。俺は、何も考えずに、彼女の後を追うことになった。


町から少し歩いたところにあるベンチのある公園で、二人並んで座っている。

「…1年半ぶりですかねぇ。お元気でしたか?」

突然姿を消した俺に何か言いたいことがあるだろうに、あの頃と変わらぬ様子で、怒ることもなくのんびりと聞いてくれる。それがたまらず寂しくて、うれしくなった。

「うん…。ちょっと引越しして、それで…」

詳しくなんて語れないけど、彼女が俺を心配してくれていたことを、俺は知っている。だから、語れる範囲で語った。友達ができたこと、変わらずに走り回ってること。

もっと詳しく聞きたかっただろうに、彼女はうんうんと聞いてくれて、最後に。

「片桐君が笑顔でよかったです」

なんて言うものだから。思わず、抱きしめたい衝動に駆られるが、我慢する。そんなことをして、怖がらせてはいけない。賢い俺は、あの変質者から、突然人に抱き着いたりしてはいけないと学んでいた。

「…そろそろ帰りますねぇ」

かれこれ1時間以上話してしまい、太陽が沈み始めている。

同じ県内とはいえ、彼女の家までは電車で30分以上かかる(M高に行こうとすると、1時間以上もかかる)。これ以上、引き止めてはいけない。女の子を遅くまで連れまわしてはいろんな人に迷惑をかけてしまう。

ちなみに、彼女は夏休みを利用して、里美に会いに来て、その帰りに俺と会ったのだ。

特に用事のない俺は、彼女を送っていくことにした。送っていこうかなんて言ったって、遠慮して一人で帰るって言うにきまってるから、久しぶりに地元を見に行くと理由をつけた。本当は、中学に行くために片道2時間くらいかけて走って行っていることは秘密である。

一緒に電車に乗って、空いている席を探す。運よく1つだけ席が空いていたので、一ノ瀬さんに座ってもらい、その前に俺が立つ。電車の中で大きな声で話すのはマナー違反だし、一ノ瀬さんも疲れているみたいなので、何とはなしに流れる風景を見る。

ボーっとしていたら、おなかの大きな女性が入ってきた。座席は満員で、優先席に座る若者は誰も気づいていないのか、携帯に夢中になっていたり、眠っていたりする。俺は座席に座っていないし、一ノ瀬さんは疲れている。そもそも、席を譲るのってすごく勇気がいる。衆目環視の中、自分の善意をアピールするみたいで、嫌な人間に思えてしまう。どうすることもできず、黙っている俺。そんな中、一ノ瀬さんが荷物を座席に置いて、立ち上がる。

「よろしければどうぞ」

妊婦さんにそういって、席を譲り、俺を手招きで呼び寄せて、他の車両に移る。一連の動作があまりにスマートで、感心する。さすが、俺の一ノ瀬さん。


「すごい、かっこよかったよ!」

電車を降りた後、俺は興奮気味で話しかける。

「そんなことないですよぉ」

照れた風に言う一ノ瀬さんは、とてもかわいい。

「誰でもできるわけじゃないよ!」

少なくとも、俺はできなかった。

「ありがとうございます」

そう微笑んだ一ノ瀬さんは可憐だった。

公共交通機関で席を譲る際は、とても気を遣う。お年寄りに席を譲ろうとしたら、”まだそんな年じゃない”と怒られたりするし、目の前に立って、譲れよという風に舌打ちをされたりしたり。お互いに気持ちよく譲り合いをするもんじゃないかなぁと思うけど、なかなか理想通りなんていきはしない。一ノ瀬さんみたいに、席を譲る際に、よければどうぞって相手に選択をゆだね、自らは視界の入らない範囲にいくってスマートだと思う。相手の気持ちを無視しないやり方だし、譲った方も譲られた方も同じ空間にいると気まずいしね。今度、真似させてもらおうかな?

のんびりと駅からバス停に向かって歩く。本音を言うならば、このまま家まで送ってあげたい。でも、そんな大胆なことをする勇気はもちろんなく。俺が高校での生活の様子を聞いたりして、あっさりバス停についてしまった。ちょうどバスが来ていて、それじゃあと別れる。でも、また大として会いたくて。

「一ノ瀬さん!連絡、していいかな!?」

バスのステップの途中で一ノ瀬さんがびっくりして、振り返る。そして、ゆっくりと微笑んでくれて。

「いいですよぉ。待ってますね」

そういって、手を振ってくれた。うれしくて、俺も笑いながら、手を振り返した。

バスが見えなくなるまで見送った後、思わずガッツポーズを決める。

よっしゃ!今は夏休み。時間はたくさんある。あの時言えなかったことをもう一度いうチャンスだ!

ニマニマしていた俺を、町の人が避けて通る。なんだろう、母親と子どもがいたら、子どもに”しっ、見ちゃいけません”と言われそうな気がする。そそくさと駅に足早に戻る。いたたまれなくなって。

空はもう暗闇に包まれていた。ろくに準備もしていないこの格好で走って帰る気にはなれなくて、電車で帰ることにする。ここで無理に走って怪我したりしたら嫌だからね。電車賃って、地味に痛いんだよね。S女は、校則でやむ負えない事情がない限りバイト禁止だし。しかし、なぜか年末年始の郵便局のバイトだけは例外的に認められている。短期でしっかりした企業だからだろうか?

行きと同じく運よく席が一つ空いていたので、座る。いや、足腰鍛えるためには立つのもいいんだけどさ、席が空いていたら座りたくならない?30分以上も揺られること確定しているんだからさ。

携帯を出して、さっそく一ノ瀬さんに連絡を取ろうとする。中学卒業の時に教えてもらったアドレス。あんな誤解さえしなければ、今頃はラブラブだったりしたんだろうか?それとも…。嫌な想像を振り切るように頭を振った。いやいやいや。そんなことないはず!一ノ瀬さんと一番仲の良い男子って言ったら俺だったし!

そうだ、善は急げだ。今度会ったときに、ちゃんと告白しよう。付き合ってほしいって。

そう思った瞬間、おなかの大きな女性が電車に乗ってきた。きょろきょろと席を探しているが、残念ながら、満席だ。一ノ瀬さんの行為を思い出して、俺も実践しようと席を立ち、女性に声をかける。

「すみません、もしよかったら席どうぞ」

そういって、隣の車両に移ろうとしたら。

「失礼ね!妊婦じゃないわよ!」

とお怒りを頂いた。

えっ…?

よくよく見るとおなかだけでなく、全身がふっくらしていて、一言で言ってデブといってもいいぐらい。

つまり、そのふくよかなおなかに詰まっているのは、脂肪100%ということ…?

思わず、おなかを凝視してしまったからだろうか?女性はさらに怒りをあらわにして、甲高い声で意味にならない叫びをあげて隣の車両へと移っていった。

俺の座っていた席には、無表情のお兄さんが座っており、周りは笑っているように見える。

この空間に耐えられず、電車を降りた。

どうして、俺ってこうしまらないんだろう。

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