その頃の松下君 後編
ほんのり、BL表現?が出てまいります。ご注意ください。
陸上部員からの祝福にすべて応え終わった後、秀はおれの隣(片桐さんが座っていたところ)に座る。カバンから、制汗剤を出し、軽く塗りながら、睨まれた。
「余計なおしゃべりしてるなよ、この女好き」
なんて憎まれ口をたたかれたら、反撃するしかないよね?
「そりゃ、お前に比べりゃ誰だって女好きになるよ」
「俺は女が嫌いなわけじゃない」
制汗剤をしまいながら、秀はぼそりとつぶやく。
おいおい、無表情でファンの女の子を無視するやつが女が嫌いじゃないって…。まぁ、彼女がいるから嘘じゃないのか。
「片桐さんに変なこと吹き込んでないだろうな?」
「変なことって?」
普段おれが女子部員と何をしていたって何も言わないこいつにしては珍しい。
ちなみに女子部員と男子部員で今は別々に座っており、おれらは女子部員がいる方とは反対側に座っている。だから、こんな女の子一人に肩入れする発言をしても騒ぐやつはいないのだ。(男子部員は違う意味で騒いでいるが)
「…別に、ないならいい」
歯切れの悪いセリフにおれは、ピーンとくるものがある。いや、こいつに限ってこんなことないと思うのだが。
「秀さ、彼女いるんだよな?」
その言葉に秀は一瞬固まり、再び動き出した。
これは、何かを隠してるな。なんて、わかりやすい奴。
無言で見続けると、観念したという風に、ため息を吐いた。
「…前にな。今は、いない。…けど、好きな奴はいる」
そのセリフに、耳をそばだてていた近くの男子部員がはぁ!?と騒ぐ。
「うるさい、黙れ!」
部長の声で黙るが、みんな好奇心を隠せずに、秀を見つめる。
ちなみに、いつの間にか部長が秀の隣に移動してきていた。
部活中に不必要に秀に近づくのを禁止されている女子部員たちは、この騒ぎに何があったのかうずうずしながらこちらを見ている。
「お前さ、わかりやすすぎ…」
おれは笑いを嚙み殺せずに、つぶやいた。
だって、そうだろう?好きな奴がいるから、今はいない彼女をいることにして、女除けしているなんて、一途すぎだろ。
「秀に落ちない女なんているのか?」
部長もからかう気満々で、秀に話しかける。
秀はしばらく無言でおれを睨みつけたが、怖くなんてない。面白いことを自ら墓穴を掘ったお前が悪いんだ。
はぁ、とため息をつきながら秀が口を開く。
「…いますよ。彼女にはもう、彼氏がいますから」
「んなもん、奪っちゃえばいいと思いません?ねぇ、部長?」
「いや、まぁ、その…。相手がいるなら仕方ないんじゃないのか?」
欲しいものは、奪ってしまえばいい。秀ならできるだろう?という意味を込めて聞いてみるが、部長の反応がいまいちだ。というか、部長、あなた意外と純情なんですね。
「彼女が望んでいないことをする気はないですよ」
秀も、部長に賛成のようだ。
別に結婚の約束をしただとかそんなたいそうなことじゃないんだから、気にしなければいいのに。少なくとも、秀が本気になれば、誰だって落とせるだろう。勝算のない戦いではないのだから、躊躇しなくてもいいのに。まぁ、おれは面白くないならやらないけどね。労力に見合った面白さがあるなら、やってもいいけど。
「二人とも、意気地ないですね」
「「な!?」」
おれのセリフにきれいに二人がはもった。そして、なにやら喚めいているが、指で会場を指してやると、静かになった。そりゃ、そろそろ試合が始まろうとしているんだから、当然だ。
二人をからかえて、満足したおれは、笑顔で試合の様子を見ることにした。
◇◆◇
「…遅くないか」
「何が?」
秀が隣でそわそわしていた。おれは、わかっていながら聞き返す。
「片桐さんだよ」
「確かにトイレにしては長いね」
彼女よりも遅くトイレに行ってきた女子部員は、とうに席に戻っている。
なぜ、そんなことを知ってるかって?そりゃ、トイレの帰りに秀に差し入れとしてパックジュースを買ってきて渡していたからな。一応、おれにもあったけど、本命は秀だからね。
試合に飽きて、他のところに行っているのかと思ったが、キラキラと目を輝かせて試合を見ていた彼女が、そんなことをするとは思えなかった。
「他の場所で見ている可能性は?」
「…ないと思う。連絡も着ていないし…」
携帯をいじりながら、秀がいらいらと貧乏ゆすりをしている。今日はもう出番がないとはいえ、うちのエースの精神をぐらつかせておくのはよくない。明日以降の試合に影響がでたらやばいしね。
「探しに行こうか。迷ってるかもしれないしね」
「あぁ」
探しに行きたくてうずうずしていたのだろう。力強く秀が答える。おれは部長に断りを入れに行き、秀の後を追った。おい、置いてくなよ。
会場の外に出て、軽くあたりを見渡す。ほかの高校の選手が、アップやクールダウンしている。散歩をしている人たちや、子ども連れなんかもいた。
会場の外には3つのトイレがある。その中のどこに行ったかはわからない。全部しらみつぶしに探してもいいが、時間がおしい。ほかの学校の選手の試合を見るのも大事だから。
秀とおれは、周囲にいる通行人に片桐さんのことを聞いてみる。なんといっても1時間くらい前のことだから、見かけた人がいなくても仕方ないが。そう思ったが、予想外に簡単に見つかってしまった。ベンチで休んでいる人から、片桐さんらしき人を見かけたというのだ。変わった行動をしていたから、よく覚えていたとのことだ。
それによると、マスクをした怪しい男に追いかけられて、後ろを確認しながら走っていく様子を見たと。行先は、おそらく東側のトイレ。
思ったよりも異常事態に、お礼もそこそこに、おれと秀は顔を見合わせて走り出した。
片桐さんは胸は残念だけど、顔はそれなりに整っている。さらにどことなく無防備でかまいたくなる雰囲気をしている。考えすぎかもしれないが、変質者に襲われていても不思議には思えない。
トイレに着くが、そこには、誰もいなかった。さすがに、女子トイレの中に入るわけにはいかないが、人けが感じられない。
どうする?と秀に聞くと、手掛かりがないか確認するために周りを見てみるという。
まぁ、特に意見もなかったから、それに従い、トイレの周りを一周することにした。
すると、トイレの裏でとんでもない光景を目にすることになる。
片桐さんが知らない男にナイフを突きつけられ、震えながら泣いていたのだ。明らかに合意の上での行為ではない。さらに、男がナイフをしまってから、片桐さんのスカートへ手を入れようとしており。
「ふざけるな」
秀がそうぽつりと言うが早いか、走り出していた。
おいおいおい、ちょっと待て!
慌てておれは、男にドロップキックを決めていた。
なにせ、ナイフを持っている相手に、正面からケンカを売る度胸はおれにはない。かといって、このまま放置すれば、うちのエース様がけがをする可能性もある。
とにかく、秀が止まらないなら、おれがやるしかなかったのだ。
とっさの判断が功を制したのか、男はあっけなく倒れ、気絶していた。そりゃ、頭に一発決めたから、脳震盪でも起こしたのだろう。
秀は、変質者など見えていないかのように、片桐さんを抱きしめて、
「もう大丈夫だから」
と繰り返し囁く。震えていた片桐さんは、安心したのか、秀に体を預けるように気絶した。
うん、もうこれ、秀に落ちたんじゃね?いくら彼氏がいても、分が悪すぎるだろ。
丁寧に片桐さんを抱きしめる秀を横目に、おれは警察と顧問へ連絡した。
こんな危ない奴を放置するわけにはいかないからね。
警察が来るまでの間、秀はずっと片桐さんの側から離れなかった。




