その頃の松下君 前編
おれは隣に座る女の子、秀に紹介されたS女のピンクがよく似合う片桐さんを観察していた。
前に聞いた秀のS女の彼女とはこの子のことなのだろうと、好奇心丸出しで。
スタート前の静けさや走り幅跳びなどの盛り上げの手拍子など、大会のマナーがよくできているところに好感をもてる。一つ一つの仕草が雑だけど、すっぴんの顔によく似合い、まだまだ無邪気でかわいい子なんだろうなと思う。飾らない素朴さってやつかな?言葉遣いは丁寧さに気を使っているのもわかるし、かわいい子ばかりと噂通りのちょっと整った顔。胸は残念だけど、全体的にほっそりと筋肉をつけすぎないように鍛えられている身体。
秀お目当ての子にありがちなマナー違反もないし、他の高校の試合も楽しんで見てる。
うん、75点ってところ?秀の彼女じゃなかったら、ちょっと遊んでみたかったかも。
ちょうどお昼に差し掛かって、食べ終えて暇だろうと思い、とても楽しそうに会場を見つめる横顔に、声をかけた。
「楽しそうだね(コースにだれもいないのに)」
「はい、楽しみですから」
キラキラと輝きそうな笑顔で応えられてしまい、ますます面白い。
「彼氏の活躍を楽しみにしてるの?(秀の彼女だってわかってるよ。紹介されてないけど)」
どういう反応を示すのか、楽しみながら聞いてみる。ま、こういう純朴そうな子は真っ赤になるんだろうけどね。
「彼氏?」
けれど、心底意味がわからないという顔で返事をされた。
?どういうことだ?
「あれ?秀の彼女じゃないの?(おれの勘違い?それともとぼけてるのかな?)」
微妙そうな顔をした後、何やら思案している顔になる片桐さん。
何考えてるか知らないけど、この反応じゃ、俺の勘違いだったのかな?とぼけるにしては、上手すぎるきがするし。
「S女だって聞いたから、てっきりそうだと思ったよ。秀ってさ、見た通りイケメンだろ?もてまくるくせにクールでさ。女子の誘いを彼女がいるからの一言で断るの。少しくらい他の子と遊んだっていいと思うんだけどね」
こういう風に言うと、女子って必ず怒るんだよね。もしくは呆れる。秀とあんたなんかと一緒にするなって。ひどいよね?おれだって、そこそこイケてると思うよ。
「いえ…」
困ったように、彼女じゃないと主張する片桐さん。別に怒るわけでもなく、呆れるわけでもない、珍しい反応。
あまりの面白さに、ため息が漏れる。
「ちぇ、あの秀の彼女をようやく見れたと思ったのに…(でも、面白いおもちゃは見つけたかも)」
声だけは残念なように聞こえるようにしたけど、頭の中では、片桐さんで遊びたいと考える。誰かがおれのことを中身が残念だなんて言ったけれど、そうじゃないよ。面白いものを見つけたら、遊びたいと思うのは普通でしょ?
「あの…?」
「うん、あの!モテモテのくせにそれを鼻にかけない秀のこと(あのって表現したくなる気持ち、わかるでしょ?)」
「あぁ…」
俺の心の声が先ほどまでまったくわかっていなかった片桐さんでも、今回ばかりはわかったらしい。心底納得したという感じで声が漏れていた。
うん?なんでそこで顔をしかめるかな?秀の顔を思い浮かべたなら、普通、恍惚とまではいかなくても、目の保養くらいには思うでしょ?それから、俺の言い草に怒るなりなんなりするはずなのに…。なんか、本当に面白いな、この子。
「あれれ?女子なのに珍しい反応!(さて、そこを指摘したらどうでるかな?)」
「え?」
全然わかってないなこの子。
大げさに手を胸の前で組んでいきおいよく立ちあがって、女子特有の甲高い声を出す。
「普通女の子なら、秀様になんてこと言うの!…くらい言うよ?(で、周りの女子も同調する)」
片桐さんの方をちらりと見ると、どこか呆れている顔をしている。
俺たちの会話を聞いていた周りの男子部員たちは、納得している様子なのに。
「片桐さんって、面白いね(普通の女子と違ってて。秀に興味ないのかな?)」
そう言って、座るおれ。
「松下君ほどじゃないですよ」
苦笑しながら答える片桐さんは、その辺の女子よりよっぽど面白いと思う。俺は、凡人だから面白くないしね。
などと思っていたら、左足首に違和感。3日前に痛めたところにテーピングしていたのだが、どうやらずれたみたいだ。制服のズボンの裾をあげて、確認する。やっぱり、緩んでる。
適当に巻き直そうとすると、その様子を見ていた片桐さんから声がかかる。
「テーピングの替えありますか?」
「え?あるけど」
「貸してください」
カバンからテーピングを取り出すと、ひったくられるようにとられ、俺の足元にしゃがむ片桐さん。
「え?何するの?(素人にやられるのは困るんだけど)」
俺の言葉を無視して、左足をそっと持ち上げて、丁寧にテーピングを外し、新しく巻いていく。その手つきは妙に手馴れていて、心地いい。
いきなりなんなんだと思ったが、あまりに手早い作業に、おれは唖然としてしまった。
「これでよし」
そういって、おれを解放した片桐さんの顔は、達成感に満ちていた。その顔にちょっとだけ見とれてしまい、それを振り払うように頭を振って立ち上がる。
とりあえず、違和感なし。
次に軽く足踏みをしてみるが、痛みも感じることはなかった。
「すごいよ、片桐さん!全然痛くない」
思わず素の声をあげてしまう。
「テーピングはちゃんとしないとクセになりますよ」
どうだと言わんばかりにない胸を張って、自慢げに答える片桐さんは、褒められた犬のようでかわいい。
満足した俺は、椅子に座り直した。
「もしかしてさ、運動部のマネージャーだったりする?(妙に手馴れていたし、何度も巻いてると思うし)」
「えっと、あの、…似たようなもの、ですかね?」
「そこで疑問形なの?」
自分のことなのに、疑問形で答えるので、思わず笑ってしまった。選手っていう可能性もあったけど、それならそうだっていうよね?この子っていちいち面白いな。
マネージャーじゃないなら、医療に興味があって練習したなんてこともあるけども…。
秀が彼女でもないのに、一緒にいたことを思いだしたおれは、あー、と納得した。
「…もしかして、秀のため?」
「へ?」
厳しい練習をする秀にけがはつきものだ。故障するほどでもないけども、身体の小さな違和感ってバカにできない。テーピングで補助をするときもあるし。
秀のそばにいたいから、テーピングの練習したり、マナーを守ったりしているのか。
「納得。あーあ、せっかくいい子だと思ったのに、秀のファンかぁ(せっかく、使えそうなおもちゃを見つけたと思ったのになぁ)」
「あの…?」
「隠さなくていーよー。秀と仲良くて、秀の手に落ちてなくて、テーピングもうまい。陸上見る上でのマナーもできてる優良物件がうまく落ちてるワケないよね(本当に残念)」
「別に秀のこと、好きってワケじゃ…」
「女の子で秀のこと嫌いとかレアすぎでしょ?(そんなことないでしょ?)」
「人間的に嫌いというワケじゃ…」
「え?男として論外?カッコよくない?(目は大丈夫かな?秀が論外って。まぁ、好みはあるだろうけど)」
「カッコいいとは、思いますが…」
言い淀む片桐さんが不思議だ。カッコいいと思ってるのに、好きじゃないなんておかしいよね。たしかに秀に彼女がいるかもしれないけど、それでも側にいるのは、それでもいいって、わかってることでしょ?
「何?…あ!そーゆーことかぁ」
突然、おれは閃いた。
「彼氏がもういるのかぁ。そりゃ、秀に傾かないワケだよ」
「へ?…いや、ちが…」
「いーよいーよ、隠さなくて。恥ずかしいんだね、青春だぁ」
なんだ、やっぱりこういう優良物件は、もうお手付きになってるもんだよね。
あーあ、おれだけのおもちゃはどこにいったらあるんだろう?
途中から、片桐さんは恥ずかしさゆえか、何も言わなくなった。
図星だからって、黙らなくてもいいのにね。
「そろそろおしゃべり止めろよ」
いつから居たのか、後ろから秀に頭を軽くこづかれた。
「秀、お疲れ様」
いち早く、片桐さんが秀に声をかける。
その声に色恋の響きはなかった。本当に友人としての付き合いなんだな。
「秀ー、おめ!」
午前中に決勝へと駒を進められた秀を祝う。
次々へと、部員からお祝いの声をかけられていく秀の姿を寂しそうに片桐さんが見ていた。
ん?恋愛感情はないんだよね?単純に知り合いがほかにいないから寂しいのかな?
そっと席を立つ片桐さんをほおっておけなくて、声をかける。
「どこ行くの?」
「ちょっと、お手洗いに行ってきます」
「今、昼休憩で混んでると思うから、外の行った方がいいよ?」
「…ありがとう」
少しだけ微笑んだ姿が、印象的だった。




