部活動
かるた部の連中に捕まってから、早4ヶ月が経とうとしている。
この学校は毎週金曜日の7限目に部活の時間というものがある。
まぁつまりは絶対にこの時間は部活をやらなきゃいけないから、全生徒が部活に入らなきゃいけないという訳だ。
だけど、どの学校にも必ず一人や二人めんどくさがりやがいて、
幽霊部員がこの時間に図書室や保健室に集まってくる。
そう、そして俺も幽霊部員の一員となっていた。
「さぁ、部活部活♪
クラスメイトが嬉しそうに、部活に向かっていく。
俺も、あの部活じゃなきゃ、今頃は楽しくやっているだろうが・・・。
もともと、女装の身だしなぁ、あんまり女子とは仲良く出来ないし。
そんなわけで、半年が経つのに、俺にはまだ、友達という存在は学校にいない。
この後もいそいそと図書室の奥の隅の方で、本を読むか、勉強でもするしか道はない。
今朝読んでいた続きが気になるから、今日は読書の方かな?
ぱっぱと行って、犯人をつきとめないとな。
俺的には妹が犯人だと思うんだけどなぁ。
素早く準備を済ませ、片手に本を持って教室を出ようとしたら、いきなり目の前に里美が現れた。
「・・・!?」
あまりに突然すぎて、言葉が出なかった。
「キリ、発見!!」
麻衣だと俺が反応できないから、片桐の桐をとって、"キリ"と呼んでもらっている。
「?」
「もう、部活入ってから1~2回しか来ないで・・・、このバカ!!」
「はぁ・・・」
「はぁ・・・、じゃないでしょ!!もう・・・、行くわよ!!」
腕をつかまれて、抵抗を許されずにまた、あの恐怖の部活に連れて行かれた。
おい、俺以外にも幽霊部員はたくさんいるだろ!!(先輩だけど・・・)
中には、やはり塚本さんとあいぼん(強制的に呼ばされている)と顧問(数学)がいた。
「片桐、久しぶりだなぁ」
間の抜けた声で顧問が話しかけてきた。
「はぁ・・・」
「何枚覚えた?」
「・・・、0枚?」
「「「はぁ?」」」
その場に居た、かるた部員が声を合わせて、俺に非難の声を浴びせかける。
ある意味、嘘かも。
一応、中学のときに死ぬ気で全部覚えたんだけどね。
あいつについていきたかったから。
でも、覚えたわけではないし。
「私が教えてあげるから、覚えよ、ね?」
あいぼんが、メガネをはずしながら、俺のほうに近づいて来た。
また、俺の意思とは関係なしに、本能的に彼女の方を見つめていた。
「・・・うん」
下から覗き込む彼女の眼はキラキラと輝いていて。
とても、かわいいと思う。
彼女を見ると、心臓がドキドキして、なんつうかもう、全てがどうでもよくなってしまう。
「これが、一枚札なんだけど・・・」
七枚の札を持ってきて、一生懸命に話してくれる。
彼女の一挙一動を全てを見ていたくて。
「"むすめふさほせ"って言ってね、この字からはじまるのが一枚しかない札のことなの」
一枚一枚丁寧に俺の方に向けてくれて、それから
「例えばこれね。"きりたちのぼる"は"む"から始まるの。
一枚しかないから、"む"で取ることができるのよ」
へぇ、そんな風に覚えるんだ。
そうか、一枚しかないんだ、"む"ではじまるの。
んなこと、考えたこともないなぁ。
「"くもがくれにし"は、"め"から始まって、これはね、
"めぐちゃんのくもがくれ"って覚えると、覚え易いのよ」
なるほどねぇ。
"めぐちゃん"が隠れちゃった、みたいな感じかな?
「"われてもすえに"が"せ"。これは、"せわれ"」
あいぼん。
それ、なんつーか、あの・・・その・・・無理矢理じゃないかなぁ・・・?
そんなこんなで、この7枚を全て説明してもらい、暗記タイムとして、じっと札を見つめていた。
せっかく、あいちゃんに教えてもらったから、完璧にしないと、悪いよな。
「あいちゃん、お・・・私、全部覚えたよ」
「本当?・・・じゃ、テストしてみようか?」
あいちゃんがぐちゃぐちゃに七枚を並べなおして、
「じゃぁ、私が上の句を言うから、下の句をとってね」
ちなみに上の句は、短歌でいう5・7・5の部分だ。
下の句が終わりの7・7。 そもそも、百人一首は上の句と下の句が全部書いてある札と、
下の句だけが書いてある札がある。
誰かが上の句と下の句が書いてある札を読んで、下の句が書いてある札をとると、その札をもらえる。
最終的に手元に一番札が多い人が勝ちという、トランプとかカルタに似たルールだ。
「わかった。じゃ、どうぞ」
「うーん、そうね。まずは・・・・」
「悪い、遅れた」
ガラガラと勢いよくドアを開けて入ってきたのは、知らない生徒だった。
いきなり入ってきた人物は、俺を見るなり、固まってしまった。
振り返ったら、たまたま眼が合い、そらすには時間が経ち過ぎていて、俺も固まった。
「先輩!?」
後ろの方から、驚いたような声が聞こえた。
先輩と呼ばれた女は、金縛りから解け、眼をそらした。
「久しぶりだね、君たち」
笑みを零しながら、俺以外の一年生を見ていた。
「で、ここにいるのが、新入部員かな?」
しばらく談笑をしていて、半分忘れかけられていた俺のほうを見ると、
里美が思い出したかのように、こっちを見て、
「そうそう。9組の片桐麻衣。今、札の暗記中、です」
「ふぅん、片桐・・・ね」
意味ありげにこちらを見る。
不自然なほど、見つめられて、我慢できなくなり、
「な・・・」
にか用かよ、と言おうとしたら、いきなり頭をなでられ、
「私も9組。縦割り一緒だ」
・・・さいですか。
むしろ、それだけのために見つめてたのか?
「"浜崎麻子"。二年だ」
どーでもいいけど、いつまで頭なでてんの?
じっと先輩を見つめていたら、いきなり怖い顔になって
「返事は?」
なでていた手は、いつの間にか頭を掴んでいて、力がこもりまくってる。
「よろしくお願いします!!」
慌てていったら、
「おう、よろしくな」
笑顔で答えられた。
その顔はとても爽やかで、さっぱりと短く切られている髪とよく合っていた。
「ああ、もうこんな時間か・・・。新入生歓迎も兼ねて"ちらし"やって、帰るか」
わぁっと、一年共が歓声をあげた。
"ちらし"って、なんだ?
寿司・・・? 俺の疑問はほっとかれて、下の句だけの札が、重なったりしないように、散りばめられた。
とりあえず、寿司ではないらしい。
ぼーっとしている俺に気づいたのか、塚本さんが、
「"ちらし"っていうのは、簡単にいうと、お正月に家庭でやっているのと同じものよ」
はぁ?
正月に、百人一首なんて何やんの?
「え~っと、つまり、上の句から読むから、その上の句の下の句の札をとって、 最後に札をいっぱい持っている人が勝ち、かな・・・?」
あー、はいはい。
つまり、普通にとっていけばいいのね。
「ありがとう」
少し驚いた顔をして、
「どういたしまして」
ふんわりと、優しい笑顔を浮かべた。
意味もなく照れてしまった。
「じゃあ、よむぞー」
顧問の間抜けな声が響いた。
◆ ◆ ◆
結果、先生8枚(よんでるのに、とるなよ・・・)先輩14枚、
あいぼん21枚、里美18枚、塚本さん11枚、俺28枚・・・。
一番とってしまった・・・。
先輩はともかく(途中でやめていた)全員、まだ全部覚えていないようだった。
だけど、あいぼんは"わがいほは~"が異様に早くとっていた。
くやしまぎれなのか、里美がしきりに
「よをうちやまと~」
と、言い続けている。
「やめてよ///」
メガネをかけたまま赤くなっている。
それでもずっと、
「"うちやま~"」
(我が庵は都の巽しかぞ住む 世をうぢやまと人は言ふなり)
と、言い続けている。
・・・ガキ。
「塚本さん。里美は一体何を?」
「・・・あいぼんさんの彼氏が"内山"っていうのよ」
その時の衝撃は、なんともいえなかった。
失恋した時と、似た痛み。
あの時と、似た・・・。
外に出ると、すっかり外は暗くなっていた。
「じゃあね~」
全員と別れて、一人、夜を歩いていると、あの頃が思い出される。
そう、中3の時のーーー。