変質者は怖い。
R15要素の変質者が出てきます。読後に気分を悪くする可能性があるため、ご注意ください。
また、BL要素?も微妙にありますので、ご注意願います。
会場の外は、緑あふれる公園になっている。正確には公園ではないのだが、そこは置いておく。
陸上競技場の周りで、アップとクールダウンをしている選手の様子を見ながら、トイレに向かって歩く。
7月で、まだ暑さが本番ではないのだが、爽やかな風が気持ちいい。
先ほどから、誰かにつけられてる気がする。のんびりとそれこそ普通に散歩している人にすら追い抜かれるスピードで歩いている。それなのに、後ろから一定距離を保って歩いてくる男がいる。チラリと確認したところ、マスクで隠されて顔を確認できない。ガッシリとした体型で何かスポーツをしているのだろうか?とにかく知らない相手にどうするか考える。俺(大)を知っていて、女装を見破っていたり、何か恨みがあるのだろうか?自慢じゃないが、俺は大会で失敗するまで、それなりに人気のある人間だった、と思う。雑誌に小さく取り上げられたりしたし、ネットでも名前検索すればすぐに出てくる。で、どういう理屈か逆恨みをしてくる輩がいたりする。…いや、俺の自意識過剰かな?
普通に考えれば、俺みたいに外の空気を吸いながら気分転換している。それがたまたま俺のコースと一緒だったとか…。ちょっと不自然だけど。
まぁ、女子トイレの中にはさすがに追ってこないだろう。そう思って、心持ち早めにトイレに向かう。
トイレが見えてきて、ホッとしたのもつかの間。
気が緩んでいたとしか言い表しようがない。
トイレの入り口で、後ろにいたマスク男に手を掴まれ、ズリズリと人気のないトイレの裏へと連れていかれた。その間、なんとか手を外そうとしたが、バカ力でビクともしなかった。抵抗しようにも、身体が小さくそれに似合う体重しかない俺がどれだけ踏ん張っても、推定180cmのこの男には通用しなかった。
トイレの建物の壁に思いっきり投げられて、手を外された。頭はセーフだが、背中をいささか打ち付けられた。握られていた手首は青く鬱血している。
一体なんなんだと相手を睨みつけると、マスク越しでもわかるくらい顔がニヤついている。
「麻衣ちゃん、久しぶり〜。寂しかったでしょ、オレに会えなくてぇ」
一言で言うと、キモい。
なにやら、猫なで声で俺に迫ってくる。麻衣(本物)の知り合いなのかもしれないが、こんな気持ち悪いのを相手にしたくない。俺は逃げようと顔を背けると。
バシィ。
と見事な音を立てて、頰を打たれた。
一瞬何が起こったのかわからなかった。じわじわと広がる頰の痛みと、口の中を切ったのか、血の味で頰をグーパンされたことを理解する。
人間ビックリすると何も言えなくなるものだ。とっさに何も言うことができない。
「オレから目を背けるとか、ダメだよぉ。オシオキ」
愉悦に満ちた目でこちらを見る男に、背筋に冷たい何かが走る。
この男、危ない。
どうにか逃げようと目だけで辺りを見回す。前は当然この男がいてダメ。後ろは壁。左右もこの男の手の届く範囲。
「何、よそ見してるのぉ?」
右手側に腕が伸びていた。いわゆる壁ドンというやつだ。思ったより近くにきていた顔が気持ち悪くて思わず手が伸びる。反射的に出た平手が男の頰を叩いたと思った瞬間、腹を思いっきり蹴られていた。
「ぐっ」
腹を抑えて、呻き声が漏れる。これ、絶対跡が残る。
「オイタをする子にはオシオキが必要だねぇ」
上から降ってくる声は、ネットリとしていて、俺を搦めとるようで、気色悪い。とにかく逃げなければ。
「誰か、助け…っ」
大声を出して助けを呼ぼうとしたら、冷たく銀色に光るナイフが首へと押し付けられていた。薄皮が一枚切られたのか、首が熱く、何かがゆっくりと垂れていくのがわかる。
「他の誰かを呼ぶだなんて、無粋だねぇ。そんなにオレに構って欲しいのぉ?」
誰もお前に構ってなんか欲しくない。
そう口にできればどんなによかったか。
首元に押し付けられたナイフと、こちらを見つめるギラギラした目に身体がすくむ。本能で怖がっていて、声が出ない。
何も言えない俺を見て、うんうんと目の前の男は嗤う。
「最初から大人しくしてたら、オシオキしなかったのにねぇ。オレに構って欲しいからってやりすぎぃ。
…そういえば、他の男といたのもオレに嫉妬して欲しかったからかぁ。そんなことしなくても、可愛がってあげるのにぃ」
目の前の男は狂ってる。そうとしか思えない。
何やら勝手に自分の世界をつくっていて、俺がこいつに構って欲しくて仕方がないというふうにされている。気持ち悪くてどうにかしたいのに、ナイフが原始的な恐怖を生み出して動けなくする。
そもそも俺は荒事とは無縁で過ごしてきたのに。変質者に襲われた時の対処なんて知らないよ!こんなんになるってわかってたら、体育の授業、もっと真面目に聞いたのに!
後悔先に立たず。
女子校だからか、体育の授業で痴漢撃退法なるものを習っていた。俺は男だから関係ないと聞き逃したのが仇になるとは思わなかった。
ぶつぶつ言いながら男は、マスクを外し、俺の耳を舐める。ヌメヌメとした生暖かい舌が気持ち悪い。
「ヤダ…」
「嫌じゃないよねぇ」
声にならないくらい小さな音が俺の口から漏れる。
それを聞いて、耳元で男が嬲るように囁く。
あまりの気持ち悪さにゾクゾクと背筋が凍る。
耳から首、鎖骨辺りへとピチャピチャと音を立てて、時間をかけて舐めてくる。
それを何もできずに享受するしかない自分自身が嫌で涙が出てくる。
それを面白そうに男は見て、頰に伝う涙を舌で舐めとる。
「涙も汗も、すごくおいしいよぉ」
男の声は嘲っているようで、悔しさが募る。
ナイフはとうに首元から無くなっているのに、恐怖から逃れられずにいる。
このまま俺は何もできないかと思うと、絶望に似たナニカを感じた。
滴っていた首筋の血を舐めたり、男がニコニコと嗤う。目だけはギラギラしていて、それがまた恐怖を誘う。
「…そんなもの欲しそうな顔をしないで…」
男がスカートの下から手を入れようとした時、俺の視界から男が消えた。
正確には、飛び蹴りが男の頭に決まり、吹っ飛んでいた。
「大丈夫か!?」
秀が俺を抱きしめていた。
その温かな感触に金縛りが解けたように腰が抜けて、体重を全て秀に預ける。と同時に涙が溢れた。
「…もう大丈夫だから…」
秀が何度も俺に囁き、安心させてくれた。そして、俺は情けなくも気絶したのだった。
なので、後から聞いた話なのだが、1時間以上戻ってこない俺を心配した秀と松下君が俺を探しに来たらしい。女子トイレも混んでいないし、おかしいと。周辺に聞き込みをした結果、後ろを振り返りながら走る女の子とそれを追う男が目撃されていて、その先にあるトイレを探ったところ、俺が襲われていたと。
で、思わず飛び出した秀と飛び蹴りをかました松下君がいました。変質者を松下君が押さえて、警察に連絡してくれたんだと。
ちなみに、大会とは関係ないところで事件が起きたので大会はつつがなく進行。翌日の決勝にて、秀は決勝にて鬼のようなスピードで三位入賞を決めた。
俺はというと、警察で婦警さんに事情聴取されつつ、トラウマにならないように心療内科で問診したりとしばらく外には出られませんでした。
変質者って、怖い。
女とか男とか関係なく、怖い。




