俺なんか、たいしたことないのに…。
第3試合は、思ったよりも早く終わった。心がすっきりしたのか、リラックスして取ることができたのだ。
受付に勝利報告をして、みんな終わっていなかったので、適当にみんなを探す。
塚本さんを見つけたので、そっと視線を札にもっていった。戦況は五分五分といったところか。
若干、あで始まる歌が塚本さんに多いのが気になるところだ。
そもそもあで始まる歌は百人一首で一番多い。16枚も存在する。その中でも、あさじう、朝ぼらけあり、朝ぼらけ宇治とあさで始まるもの3つが固まっている。あさで取れてしまうから、塚本さんにも相手にも取りやすい形だ。
「かたぶくまでのつきをみしかなー
あさ…」
そんなことを思っていると、あさが早速読まれてしまった。さすがに自分の陣地だから塚本さんの方が早かったが、すごく危ない勝負だった。そうして、塚本さんは次の札を相手の陣地からとったときにあさを相手に送っていた。俺でも、できるだけ決まり字の同じ奴は分かれておきたい。その後も塚本さんは積極的にあで始まる札を相手に送り、自分の陣地と半々になるようにし、相手のミスを誘った。どのあがどちらの陣地にあるのかわからなくなった相手はほぼ自滅に近い形で負けていった。まぁ、あは向こうにあると一度記憶してしまうと、なかなか切り替えがきかなかったりするよな、慣れないうちはさ。
ほかにも目を向けるが、どうやら里美も悪も先輩も試合は終わっていたようで、宮本先生のところに集まっていた。
全員揃うと、控室に戻り、静かな声で結果を話し出す。隣の会場ではまだ試合が続いているので、音を出して邪魔をしてはいけないのだ。自販機すら使用禁止になるのだから。
「今回の勝ち点が塚本さんとキリの2点で、午前中と合わせると7点。結果はわからないけどおそらく三位決定戦にでれるくらいだね」
先輩がたんたんと結果を告げる。どうやら、俺の死は免れたらしい。よかった。
「今回の順番だけど、またじゃんけんで決めといて。私は五将をやるからさ」
先輩、前回もやっていませんでしたか?
先輩に逆らうわけにもいかず、じゃんけんの結果、大将・悪、副将・里美、三将・俺、四将・塚本さんとなった。
全員の試合が終わり、先輩の言っていた通り、今回の俺たちは三位決定戦となった。しかし、いざ並んでみると2人しか人がいなかった。大将と副将の二人のみである。どうも人数が足りず、二人で勝ち星を稼いでここまで来たようだが、すでに不戦勝が3つの俺たちが勝つことが決定している。悪と里美には悪いが、俺たちは高みの見物とさせていただくことになった。
しかし、試合が始まってみると、この対戦者、めちゃくちゃ早い。するどいキレで札を正確に飛ばしものにする。悪と里美は文字通り、手も足も出ない状態にさせられている。どうにかこうにか1枚札だけは死守しているが、あっという間に勝負は決まってしまった。
後から聞いた話だが、相手のN高は去年までは一部リーグで活躍していたが、人数の関係で二部に出ざる負えなかったという実力者だったのだ。一部と二部とでの実力差をまざまざと見せつけられた瞬間であった。
控室に戻り、小さく反省会をやっていたのだが。
「…男のくせに一人称が私とかキモイよね」
「そうね。まだ高校生なのに」
と、里美が先ほどの対戦相手に対して愚痴っていた。うん、俺も私って使うから、つまり俺もキモイってことですね。社会に出れば、男だって一人称は私と使うのだからいいじゃないか!負け惜しみですか。
里美の視線が何となくこちらをにらむように向けられた。
えっ、口に出してないよな?
「勝ったっていっても不戦勝。何ニヤニヤしてんの、キリ?気持ち悪い」
気持ち悪いいただきました。というより、ニヤニヤしていないのだが。
「一部リーグの壁は厚いということね」
悪は悔しそうに呟いた。
「去年よりみなさん強くなってましたね。私たちも頑張らないといけませんね」
「そうだね。私は3年だから次の大会には出れないし、君たちで頑張らないといけないからね」
先輩が何気なく、もう出れないことを示唆した。そうだ、三年は夏休み前に引退する。次の大会は秋だから、先輩はいない。俺たち4人で戦わなくてはいけないのだ。
表彰式が終わり、電車で帰る。途中、拓也が絡んできたり、一ノ瀬さんが里美と話をしていたりしたが、概ね無事に学校に着くことができた。この後は解散して、家に帰るだけだ。
「キリ、ちょっといいかい?」
先輩に呼ばれて振り返る。一緒に里美たちも振り返った。
「あー、君たちは先に帰ってていいよ。キリに用事があるんだ」
先輩がそういうと、はーいと言って3人は帰っていった。
先輩は何の用事があるのだろうか?
先輩の後を追いながら、人気のない部室に入る。窓からはいる日差しはすっかり夕焼け色でまぶしくて、大半は夜色を呈しているのに、部室は異様に赤い空間となっていた。
「先輩、用事ってなんですか?」
部室に入ったまま、何も言わない先輩に俺から質問をした。
窓から目を背けて先輩がこちらを見た。影になっていて先輩の表情は見えない。
「キリさぁ。…本当は片桐大なんだろ」
疑問形ではないその問に、一瞬俺の肩がたじろぐ。
「なんのことですか、先輩?たしかに大は従兄で顔もそっくりですけれど」
「茶番はいいよ」
言葉をさえぎられる。
「…なんの根拠があるんですか?」
俺は、女装なんてしたくなかったし、辞められるものならすぐに辞めたいと思っていた。
けれど、こうしなきゃわからなかった気持ちもあるってわかった。俺が麻衣として一ノ瀬さんと出会わなければ、一生勘違いして、いつまでも引きずっていた自信がある。今ごろ、どうなっていたかわからない。
それに…。一線を引いた付き合いでしかない里美や悪、塚本さんとも仲間として受け入れられている。俺を無条件で受け入れてくれているここを、俺が男だとバレる形で終わらせたくはなかった。
「私さ、君が中学の頃の陸上の大会、見に行ったことがあるんだ。もう、二年も前になるかな…。友人が君のファンでさ、嫌になるほど君のこと聞かされたから、わかるんだよね。君の女子っぽくない行動がどれもあのとき見た片桐大の姿と重なるんだ」
先輩の表情は逆光でうまく見えない。だから、どんな顔で言っているのかわからないが、俺に誤魔化す以外に道はなかった。
「…気のせいですよ。大とは小さなころから一緒にいるから、よく間違えられるんですよ。顔も似ているし、仕草もどことなく似ちゃって…。先輩の勘違いですよ」
「その足は?」
「へ?」
「運動をしているわけでもないのに、短距離の選手みたいに形の整った足。一見細く見えるけど、それは筋肉だからだし…。現役時代よりだいぶ落ちているようだけど、それでも女の子にしては太いんじゃないか?」
思わず足を見つめる。ずっと走り続けていたため、脂肪が全然ない足。しかし、クラスの運動部の女子とそんなに変わらない太さだ。(もともと筋肉がつきにくいのもあるのだが)
「…走るのが趣味なんで、ちょっと筋肉質なだけですよ。クラスメイトだって、太い子はいますよ?」
なんとなくこちらを見る先輩の瞳が鋭くなったような気がする。
「…今はそういうことにしておいてあげるよ。でもね、君の走りを待っている人がいること、忘れないでいてくれないか」
そういって、先輩は部室から出て行った。戸締りよろしくと、鍵を置いて。
俺は極度の緊張から解放されて、座り込んでしまった。
あれって、完全に疑ってるよな…。
言わないでいてくれるようだし、先輩は人に言いふらすような性格はしてないとは思う。
思うのだけれども…。一抹の不安が胸をよぎる。
どうして、みんな俺なんかの走りを見たいというんだ。
とっくに辞めてしまった。
走るのは確かに楽しい。でもそれは、秀と時々一緒に走るくらいでも十分楽しめるものだ。
俺は、大会なんかにでなくたって楽しいのに。
俺なんか、たいしたことないのに…。
久しぶりに感じる他人からの期待がひどく重く、俺にのしかかるようで息苦しさを覚えた。
男女の違いは線の太さとか喉仏の有無とかありますね…




