おいっ、ちょっと待ってくれ!
「今までの結果は、
まず八木さん2ポイント
次に広川さん1ポイント
同じく塚本さん1ポイント
同じく私、1ポイント
ビリが・・・」
「ビリのドン決が、キリ!!0ポイント」
食べていたおにぎりがのどに詰まった。
「げほげほ・・・」
なんだろう、このデジャビュ。約半年前にもこんなことやった気がする。
というより、一ノ瀬さんの言葉が気になって勝負に集中できなかったというのは言い訳だろうか?男とバレてて女装してるって思われてたら、いやだぜ。しかも初恋の子に…。一ノ瀬さんから、変態と言われる場面を思わず想像して、鳥肌が立つ。首を振ってその妄想を取り払い、一気におにぎりを食べ終える。
というか、女子高に男がいるって冷静に考えるとやばくないか?母親に逆らえずに通ってましたとか言っても、世間が納得するとは思えない。未成年なのが救いで、実名は報道されないだろうが、絶対ニュースになるよな?
なんて考えていたら、一ノ瀬さんがやってきた。
一ノ瀬さんが視界に入ると反射的に固まってしまうこの体。どうにかしてほしい。というか、どうしよう。
「こんにちは。お昼終わりましたか?」
「う…ん…」
こちらを見つめる眼鏡ごしの目は、まっすぐに俺を映していて。場違いにも俺はうれしさと恐怖が同時に襲ってきてどうすればいいかわからない。
「まだ時間がありますから、…ちょっとだけ外に出ませんか?」
この武道会館はだだっ広い公園の一部であり、少し歩くと緑まぶしい小道にベンチが置かれていたりする。空いているベンチに二人で座り、なんとなく目を合わせられずに風を楽しんだ。
「…麻衣さんは、片桐くんの従妹だって里美ちゃんから聞いたので、ちょっと聞きたいことがありまして」
そう口火を切ったのは一ノ瀬さんだった。
「…何?」
ちょっと、冷たい声が出てしまったけれども、仕方ないと思う。だって、俺たちは無関係なのだから。
「…片桐くん、今どうしてますか?同じ高校に行くはずだったのに、入学してきてなくて…。教えてもらったアドレスもつながらないんです」
少しためらうように、声を震わせる一ノ瀬さん。
「ねぇ、大とはどういう関係?無関係なんでしょ?」
少し驚いたように目を見開き、そのあと懐かしそうに目を細めた。
彼女を前にしているのに、どこか冷静な自分が不思議に感じる。
「ふふ。関係ねーしって、片桐くんの口癖ですね。…中学の時の部活仲間だったんですよ。同じ高校に行こうって勉強頑張った仲間でもありますね」
柔らかく優しく、懐かしい声。俺の好きな声。
「…どうして、大が今何してるか聞くの?私が知ってるとは限らないでしょ?」
「…前回の大会の第3試合、見させてもらいました。途中からでしたけど、麻衣さんと片桐くんの並べ方が一緒で。顔も似ているから、一瞬本人かと思いました。…そんなはずないですが。だから、麻衣さんは、片桐くんに競技かるたを教わったんだなって思ったんです。里美ちゃんから、ルールも教えてないのに、普通にできたって聞きましたから」
一瞬、心臓が止まったかと思ったが、麻衣だと思われていることに安心する。そして、ここまで見てくれて、気にしてくれているのに、どうしてと思った。
「…そこまで見てて、なんで無関係なの?」
「…正確には関係がなくなる、かもしれません。片桐くんは…もともと陸上で頑張ってた人なんです。ちょっとした失敗をして、周りからの…悪意に耐えられなかったのでしょうね。とても苦しそうに走って…、陸上を辞めて、百人一首部に入部したんです。それで話すようになって。…最初は近寄りがたくて、でも、一生懸命札を覚えて頑張っていて。…勉強のことを聞いてきてくれるようになって、話すようになったんです」
柔らかく、思い出しながら語る彼女は、中学の時と変わらない、優しい彼女のままだった。
「全然、関係あるじゃん…」
「…そうですね。でも、片桐くんは、高校になったら、関係なくなると思いましたから」
「どういうこと?」
「部活中、楽しそうにしてると思ってたんです。でも、私は見たんです。それ以上に楽しそうに走っている片桐くんを。…苦しそうに走っていて、どうしようもなく泣きそうに見えたのに。いつの間にか、走るのが楽しくなっていたって、わかったんです。だから、片桐くんと私をつなぐものは部活しかなかったから。…高校に上がったら、陸上に戻る彼と私は、無関係になりますから…」
「そんなことない!きっと、一緒の部活を選んでた!」
彼女と俺をつなぐものは部活だけだと思われていたのが心外で…。思わず叫んでいた。
少し、驚いたように彼女はこちらを見て。
「…同じ部活を選ぶようなら、止めてましたよ。走っている時が、一番楽しそうなのに、それをやらないなんておかしいじゃないですか」
部活を辞めても、走ることを辞められなかった俺。体がなまるとか、理由をつけて走り続けた俺を彼女は見ていた。そこに嬉しさがないとは言えない。いつの間にか、走るのが楽しくなっていたのは、否定できないから。
「…」
何も言えない俺に一ノ瀬さんはそっと微笑んだ。
「もし、可能でしたら、片桐くんに走っていてほしいって伝えてください」
よろしくお願いしますと言って去っていく彼女の背中を俺は見ていることしかできなかった。
彼女があの時無関係といったのは、俺の想いを否定したわけじゃない。いや、部活以上につながりを彼女に見出してもらえなかったのは、悲しかったが、でも、そうじゃない。悪意のある言葉じゃなかった。それだけで十分だ。
「キリ!遅い!もう、試合始まるよ!」
控室に戻ると、里美の元気いっぱいの声で迎えられて、少しおかしかった。
「何笑ってんの?ビリのくせに!」
腹に一発くらいながらも、笑いは収まらなかった。
胸の奥のどこかが、なんとなく軽くなった気がして。こうやって、俺を迎えてくれる仲間がいることが、その…うん。察してくれ。
笑いの止まらない俺は、里美と悪にどつきまわされた。
「笑えるってことは、次の試合に自信があるってことだろう。頼もしいじゃないか、君たち」
先輩のその一言で、里美と悪がピタっと止まって、にやりと顔を笑わせた。
「そうだね、余裕ってことだよね」
「そうね。負けたら」
「「絞め殺しちゃうかも」」
里美と悪が声を合わせて不吉なことを言い出した。
えっ、いや、あの?
先輩はさっさと会場に向かっていて、里美と悪がそれに続いた。塚本さんは心配そうに俺を見ながら、みんなについていく。
あの、その、俺…死刑決定?
あいつら、有言実行だから殺される?
別に自信とか、余裕とかあったわけじゃないんだ。話を聞いてくれ!というか置いてくな!
おいっ、ちょっと待ってくれ!




