閑話・あいぼんのお道具箱2
「お前が、片桐大?」
「そうだけど・・・?」
県大の予選が終わり、引き上げようとしていた。
自分より背の高い黒髪の男が見下ろしている。
何か用か、と聞こうとした瞬間。
「オレは"内山秀"だ。今回は地区大で負けたけど・・・。次は、全国へ行く!!」
そう言った後、走っていった。
なんなんだ?意味が分からない・・・。
「ライバル視されてんじゃん」
「先輩?」
今のやり取りを聞いていたらしく、俺の頭に腕を乗せて、秀を見ていた。
「ライバル・・・って?」
「お前にだよ。一年なのに、県予1位で通過したんだから、注目集めてんだよ」
「そーそ。400、100ともに1位だしなぁ・・・」
「ちっとは、先輩に遠慮しろっての」
ゾロゾロと先輩方が集まってくる。
「今の内山・・・?は、タッパあるから見込みありそうだな」
「1年だったら、確かにな」
「キリもせめて、150は欲しいよな・・・」
だったら、人の頭の上に物を乗せるなよ。縮んだらどうしてくれるんですか?
これが、秀との出会いであった。
次に会ったのは、二年の春の全国だった。
その頃には、すっかり秀の存在など忘れていた。
スパイクを履き、調子を確かめるように踏みつける。
うん、いい感じだ。
「久しぶりだな、片桐大」
「・・・誰?」
後ろから来た人物を見上げた。
相当ショックだったらしく、絶句していた。
気の毒に思ったが、しょーがないよなぁ・・・。忘れたものは、忘れたし・・・。
「・・・内山秀だ」
「・・・あっ、ああ、あの時の」
「予選ではあたらない」
「そう・・・お互いに全力をだそう」
結局、彼と走ることなく大会は終わった。
首にかかる重さが気恥ずかしくもあり、うれしくもあった。
「おめでとう」
後ろから、響いてきた声は、思った通りの人だった。
「内山・・・」
「今回はオレの力不足だったが、夏にもう一度ここへ来る」
たまたま、予選の秀の走りを見た。
まだまだ荒削りな感があったが、これからも伸びていくだろう。
「ゴールデンウィークの合宿、出るだろう?」
「ああ。・・・今度は勝つ」
「内山が言うと、実現しそうで怖いな」
「秀でいいよ。・・・じゃ、合宿で」
合宿で仲が良くなり、夏になった。
そして、俺は・・・。
◆◆◆
寝返りをうったとき、ポケットでガサガサと音が鳴った。
時計を見ると、8時を回っていた。
紙に書かれている番号を見る。
「わかってるわね・・・?」
あいぼんのセリフを思い出して、背中がゾクリとした。
ヤバイ・・・。今日中に連絡しなきゃ、俺の命が危ない。
深呼吸をして、電話の前に立つ。
勇気をだして、受話器をとる。
しばらくコール音が続いた。
「はい」
「・・・秀?」
「大?」
「ああ。・・・・・・話って何?」
「わかってるだろ。オレはお前と決着をつけたい」
「・・・お前の勝ちだろ。俺は地区大で負けた。しかも、予選で」
「そんなの、勝ちでも何でもない!!」
「・・・お前が勝ったんだ」
「違う!!」
「違わない!!」
「現に、夏合宿ではお前の方がタイムが良かった!!」
「大会が全てだろ!!」
「・・・オレはお前と直接走りたいんだ」
「・・・無理だ」
「再来週の日曜、お前の中学で待ってる」
「俺は、陸上をやめたんだ!!」
「待ってる!!」
思わず、受話器を勢いよく置いた。
無理だ。
俺は・・・走れない。
無理なんだ・・・。
「電話終わったんなら、ご飯食べなさい」
大好きなはずのハンバーグが目の前にあった。
しかし、味が全くしなかった。
「・・・陸上、やめたの?」
「そうだよ」
「朝晩、毎日走ってるのに?」
「運動しないと、体、なまるんだよ」
「ふぅん・・・」
意味深にこちらの様子を伺っている。
「・・・何が言いたいんだよ」
「大は、それでいいの?」
「は?」
「本当に、それでいいの?」
「・・・ごちそうさま」
意味も無く、イラついていた。
部屋に駆け込んで、ベッドにダイブする。
"それでいいの?"
うるさい。何も知らないくせに・・・。
"本当に、それでいいの?"
・・・やりたいよ。本当はやりたくてたまらない。
だけど・・・。
"使えねぇヤツだよなぁ"
頭の中で、声がコダマする。
声を殺して、泣き続けた。
そして、とうとう一睡もできないまま、夜が明けた。
目覚ましが鳴り出して、起き上がる。
顔を洗い、ジャージに着替えて外に出た。
軽く準備運動した後、走り出した。
気分転換のために、いつもとは違う道にいった。
どれだけ走り続けたのか。いい加減くたびれてきた頃、小さな公園が見えてきた。
一休みしようと中へ入った。
秀!?
目の前に、秀がいた。
思わず近くの木に隠れて様子を探る。
スパイクを履きこんでいて、何度も何度も走り出している。
どうやら、スタートの練習をしているらしい。
足の位置を微妙にずらしながら、納得のいくフォームを探している。
何回目のスタートだろうか?
体重の乗りも、姿勢も、全て理想と思えるフォームを繰り出した。
あまりに最高すぎる出だしで、知らず手を握り締めていた。
もう一度さっきの感じを掴むために、元の位置に戻っていた。
しかし、先程より左足が後ろ過ぎている。
「左、もっと前!!」
気がついたときには、口から言葉が出ていた。
「・・・大?」
こちらを見て、呆然としている。
すぐに木の陰から飛び出して、公園から出る。
「大、ちょっと待て」
後ろから、声と共に電子音が響いてきた。
「・・・待ってるからな!!」
俺より、電話を優先したらしい。
どこをどう走ったのかわからなかったが、家に着いた。
シャワーを浴びて、部屋に戻る。
机に置きっぱなしだった携帯が鳴り出した。
「はい」
「おはよう、キリ。昨日はありがとう」
「・・・?」
「しゅうにお礼言われたわ。ついでにキリにもって」
「・・・そう」
「でねー。私からお願いがあるの」
「何?」
「再来週の日曜に"大"って人の出身校で勝負をするらしいの。で、キリから、さぼらないように言ってくれない?」
「・・・なんで?」
「なんか、乗り気じゃなかったらしいわ」
「ほっとけばいいだろう?」
どうして君も、俺にまたあの場所へ戻れという。
「私もそう思ったわ・・・」
だったらほっといてくれ。
「けどね。なぁんか、しゅうが面白いこといったの」
お願いだから、
「"大は今でも走ることが好きなんだ"」
もう俺に、
「"走ってる時のアイツの顔はいきいきしている"」
かまわないで・・・。
「"今日だって、走りたくてたまらないって顔してた"」
目の前が滲んでいた。
「"だからオレは、アイツと走って、勝つんだ"って。そういわれちゃうと、応援したくなるわ」
「・・・うん」
その後、なにを話したか、よく覚えていない。
しかし、電話が終わった後にみた空は、妙にすがすがしかった。
携帯で秀に電話する。
勝負って、何でするのか。肝心なトコが抜けてるよなぁ・・・。
「秀?大だけど、決着って何でつけるんだ。100?400?」
「・・・はは」
「?なに笑ってんの?」
「いや、お前らしくなってきたなって」
「はぁ?」
「何も言わず逃げ出すなんて、らしくないってこと」
「いつ、逃げたって?」
「いきなり陸部やめて、俺が行ってもシカトして・・・」
「ワーワー!!なにも聞こえない!!」
「・・・自分で認めてんじゃん・・・」
「昔のことを穿り返すの反対!!」
「・・・まぁ、いいや。そーだなぁ・・・、400で」
「いーのかよ、俺の得意な方で」
「得意な方で完膚なきに負かしてやるよ」
「言ったな、コノヤロ。返り討ちにしてくれるわ」
「楽しみにしている」
「ああ」
「じゃ、再来週」
◆◆◆
俺は、中学校に行った。
思ったとおり、陸部が練習している。
さすがに現役陸部に、約2年ブランクがある俺が簡単に勝てると思うほど、楽天的ではない。
卒業以来、家も引っ越したのもあって、久しく来ていなかった。
片道1時間はかかるので、めんどいのもあるのだが。
練習できる場所って、ここ以外知らないし・・・。
でも、知り合いって、今三年のやつだけだけど。
「さすがに三年は引退して、いないよなぁ・・・」
とりあえず、顧問でも探すかぁ・・・。
校内に入ろうとしたところ、後ろから、声をかけられる。
「もしかして、キリ先輩?」
振り向くと、自分よりもでかい中学生(ジャージを着ている)がいた。
見覚えのある、人懐っこい笑顔・・・。
「・・・山本Jr.?」
「やっぱり、キリ先輩」
「よう」
「お久しぶりです。背、縮みました?」
「お前が伸びたんだろ。イヤミか?」
「違いますよ!!・・・えっと、その代わりに一段とかわいらしくなりましたね」
よりによって、フォローはそこかよ!!
しかも、フォローになってねぇ。
「ぱっと見、女性に見えます。大丈夫です!!」
何が大丈夫なんだ?!
・・・そーいや、こんなやつだったけ・・・。
「・・・お前三年だろ?こんな所で油売ってていいのかよ?」
「後輩に活いれにきたんですよ。先輩は?」
「・・・もう一度、走りたくなって・・・」
「そうですか。喜びますよ、先生」
一緒に校庭に入り、部室棟に行く。
「もう一度走る気になってくれて、うれしいです」
そういった山本Jr.の顔は笑顔で。
「そうか?」
「はい」
素直なこいつがとても、羨ましく思う。
「先生」
「山本。いつもご苦労さん。・・・隣は彼女か?」
おいっ!!
「違いますよ。キリ先輩です」
「・・・片桐?」
「お久しぶりです、先生」
「久しぶりだな。ますます女っぽくなったな」
てめぇらは、それ以外にいうことはないのか?
「どうした、片桐?」
「・・・何でもありません」
「そうか。で・・・、走りたくなったのか?」
「・・・はい」
「そうか。うれしいねぇ、二年前は勝手に辞めてくれちゃって」
「・・・申し訳ありません」
「別にいいよ。過ぎたことだしな。じゃ、着替えてこいよ」
「はい」
「良かったですね、先輩」
「ああ。・・・あのさ、着替え貸して?」
「・・・先輩の荷物、そのまんまですよ」
「そうか」
慣れ親しんだ部室に入り、俺のロッカーを開ける。
ここだけは、二年経っても変わらない。
手早く着替えて、外に出る。
「準備できました」
「アップは?」
「必要ありません。走ってきました」
「じゃぁ。100のタイムでも測るか。山本、一緒に走れ」
後輩が道を開けてくれる。
視線が、突き刺さる。
いつも通りにやればいい。
そう思っているのに、体が思うように動かない。
スタートラインに立ち、前を見据える。
大丈夫だ・・・、俺は・・・。
地面に手をつき、雑念を振り払うが・・・・。
"がっかりだよなぁ"
"さっさと消えろよな"
目の前が、真っ暗になった・・・。




