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2章 ダルメシアは無気力 2


< 五月十三日 一八〇〇時 立川市 山林 >


「……ダメだ、つながらない」

 家族の無事を確認するため、歴は携帯のリダイヤルを延々とかけ続けていた。

 こんな非常時ほど電話が通じないのは世の常で、リダイヤルを繰り返すうちにどんどん電池の残りは減っていき、ついに「充電してください」の文字が画面に表示されるに至った。その時になってやっと「災害伝言サービス」の存在を思いだし、後悔の上塗りをする。

 くそっ、と携帯の電池の耐久力の低さに毒づきながら、歴は携帯をポケットにしまった。

「レキ、どうだった?」

「ちょっと、混み合ってるみたいだ」

 困った顔をアンティークに見られないように、歴は天を仰いだ。地上に照明がないと、こうも星がたくさん見えるのか……いや、夜空を見るのはまた後でいい。ひとまず、動かないと。

 アンティークを連れて、歴は暗い山道を歩く。

 夜の山に、今のところ人影は見えない。

 ヘリのローター音が遠くに聞こえる。自衛隊が災害救助のために出動させたのだろうか。

 ぶれた彼女の姿は見る人が見ればあの「台座」の仲間として連行される恐れがあるので、警察に保護を求めるわけにもいかない。誰にも見つかることなく、山を降りなければ。

 暗闇と沈黙は恐怖を育てる。緊張を紛らわすため、歴は歩きながらアンティークに話しかけた。

「ねえ、アンティークはどうしてここに来たの?」

「……なんでそんなこと聞くの?」

 とんだ切り口上が返ってきた。だがここは辛抱だ。歴は粘り強く言葉を紡いだ。

「だって、君があの台座をやっつけてくれたのは助かったけど、普通に考えればおかしいじゃないか。君があいつらの仲間だっていうほうが自然だよ」

「ふむ、そうね」

「台座とか透明人間とか、あいつらの目的は何? そして、キミの目的」

「……言ったでしょ、あいつらの目的は次元侵略。会ったばかりのあなたにこんなこと話すのは気が引けるんだけど」

 疑うも何も、信用するしかないのだが。なにせ彼女の操るディメンオンは、自衛隊でも歯が立たなかったあの台座を倒したのだから。

「いいわ、協力関係は大事だものね」

 アンティークはとつとつと話を始めた。

「私はこの世界に来たくて来たんじゃないわ。お父様が私を逃がしたのよ」

逃がしたということは、何か危険な目に遭いそうだったのだろうか。

「ああ、語弊があるわね。逃がしたのはディメンオン。私たちの世界、グレーイスに現存する唯一の次元航行機」

 なぜディメンオンを逃がす必要があったのだろうか。

「次元航行機は二つの世界を往還できるから。もっとも、成功例はわずかしかないけど……お父様は次元侵略に反対していたから」

 アンティークがグレーイスに戻るのは、「お父様」の意思に背くことにならないのか。

「あたしはお父様の遺志を継ぐ。だから、次元侵略は止める。あいつらをそのままにしておけないわ。それに、いずれ第二、第三の次元航行機は必ず作られる。だから私はグレーイスに戻ってあいつらを皆殺しにする。分かった?」

 ぞっとしないが、わかりやすい話だ。でもその次元航行機は故障中で、元の世界に帰れない。

「ディメンオンを直す当てはあるの? 独りだけで侵略を止めるなんて、それこそ無茶だよ」

「手伝いが同行したんだけど、見つからないのよ。どこに行ったのかしら……彼女を見つけるのが早道ね」

 そういえば、ディメンオンのコクピットは複座型になっていた。自分が座った席には、ちゃんとした操縦士がいたのか。

 彼女、というからには手伝いは女性なのだろう。それも、輪郭のぶれた女性。彼女を探し出し、ディメンオンの修理。アンティークはもとの世界へ。歴も元の生活へ。そうすれば、自宅も戻ってくるかもしれない。

「でも、今度あの台座みたいなのが来た時にディメンオンはこの世界にいるのかな」

 沈黙。

「どうしたの?」

 振り向くと、アンティークはいなかった。独りで語っていたことに歴は恥ずかしくなったが、今はそれどころではない。

 彼女がいきなり姿を消す理由はこれといって思い当たらない。しばらく今まで来た道を戻ってみて、すぐに立ち止まった。

 ライトの光が近くの山道を照らしていた。いけない、逃げないと。あわてて踵を返したところで、目の前が暗転した。

「わう?」

 がつん、と額に硬い物が当たり、のけぞりながらかろうじて姿勢を保った歴はアンティークにぶつかったのかと思ったが、違った。

 目の前で目をくるくるさせているのは、見たところ年下の女の子だった。「ふらぐらずるぅ……」とろれつが回らない彼女に、歴は問いかけた。

「その格好、なに?」

「……わう!」あわてて胸元を隠しているが、手遅れだろう。

 歴はそれ以上コメントできなかった。こんな小さな女の子が女医さんのような格好をしていること自体、何かの冗談のように思える。しかも白衣が所々切り裂かれている。目のやり場に困る状況に、歴は彼女から顔をそむけた。

「追っ手、いなくなった?」

 茂みの中からアンティークが顔を出してきた。ぼやっとした少女の目が、急に刃物の鋭さを持った。身の危険を感じたのかアンティークが鶴嘴を出すより先に少女は近付いてきた。

「な、なに? ちょっと……あん!」

 輪郭のぶれたアンティークの身体を無言で撫で回す彼女の表情は限りなく真面目だった。ペースを乱されたアンティークは顔を赤らめながら、張り付く彼女を振りほどくことができない。

「歴、何どきどきわくわくしながら見てるのよ!」

「いや、それほどでも……うわ、すごい、コートの中まで」

「いいから、あっ、助けてぇ!」

 助けて、という言葉を聞いた途端少女の動きがぴたりと止まり、九死に一生を得たアンティークは猫のように飛び退いた。彫像のように固まった少女の目の前で歴は手をひらひら振る。

「もしもし?」

「……岩城がメイドと戦っている! 助けるのだ!」

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