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7章 漂流の果て 3


 肝心なところは分からずじまいのまま、機体の修復は着々と進んだ。その間、歴はディメンオンの操縦席にカンヅメの状態だった。

 パーツを取り扱うにも、像がぶれていては二回に一回は取り落としてしまうからだ。いかなる小間使いの仕事もうまくいかない歴は文字通りの「お客様」扱いをされ、その間にできることはディメンオンの操縦を覚えることだけだった。

「こんなところが落ち着くなんて、病んでるな」

 歴はひとりごちた。どうも、居場所がここしかないらしい。もちろん寝る時は部屋を使わせてもらったが、アンティークの部屋では別の意味で落ち着かない。

 ディメンオンの修理は順調だった。装甲は色こそ違うがベルテの機体のものを使えばよかったし、部品の類も互換性があった。

 ただ一つの問題は、次元機関だった。ベルテの機体をスターターに起動させたり、アンティークの起動ベルを鳴らしたり、機体に電流を流してみたり、あらゆる方法を試してみたが、ダメだった。

 残る方法としては全ての部品をばらして配線のひとつひとつが断線していないかどうか洗ってみることだが、それも気が遠くなるような作業だ。不眠不休で続けてきた作業も、そろそろ休みが欲しいところだった。 

「色男が彼女を置いて一人?」

 ベルテがやってきた。サンドイッチを差し出してきたので両手でそれを受け取る。

「なんか役立たずのような気がして」

「漂流者ってそんなものよ。できるのは、戦うことだけ……だから一所に落ち着くことがないのね」

 答えに困る歴だったが、漂流者という言葉は何となく自分の立場にしっくりきた。

「君は戦うの、好き?」

「好きじゃないです」

「そう見えるわ。アンティークのために無理してたのね」

「無理ってことでもないですけど……」

「だって好きじゃないことをここまでやるって、大したものよ。それに、新世界では民間人だったわけだし。向いてもいない」

「漂流者って、特別なんですか?」

「物理的には無敵の存在だって聞いてるわ。でも、定着したらどうなのかしら」

「定着?」

「漂流者の末路はふたつ。世界に認識されて定着するか、誰にも気づかれずに消えてなくなるか。キミはその体になってまだ間もないけど、ずっとその状態が続くってわけじゃないの。大勢の人に認識されればされるほど、定着は早く、強くなる。逆に世捨て人みたいな生活をすれば、ぶれがひどくなっていって、やがては消えちゃう」

「……僕は消えるんですか?」

「認識する人がいれば大丈夫よ。そのうち君のブレも収まって、アンティークともキスできるわ」

「キキキキス?」

「あらやっぱり。まだなのね」

「予定は限りなく未定です!」

「恥ずかしがることないわよ。今度の皇帝のお妃さまもキミくらいの年の女の子らしいし。定着した漂流者っていうウワサよ」

 漂流者。女の子。なにか引っかかるものを感じる。

「漂流者って……」

 いきなり黒板を思い切り引っかいたような音が響き、歴は耳をふさいだ。嫌がらせのようにその音が数十秒続いた後、咳払いするのが聞こえた。どうやらスピーカーの調整を間違えたらしい。

“門を開けなさい、さもないとこちらで開けさせていただく!”

 木立を大きく揺らす大声は、ふもとのほうから聞こえてきた。

「なんなんです、あれ?」

「ふもとの門を閉じていたのよ……思ったよりも早いわね」

 ベルテに渡された双眼鏡を覗きこむと、城壁のように敷地を囲む壁のむこうに、戦車の一群が見えた。

「警告は飾りね。相手はやる気まんまんよ」



 戦車の掲げる旗にはエルベン皇軍のマークがあった。

 軍の目的はディメンオンだろう。アンティークが歴の世界にやってきたのも軍に追われてのことだったから、間違いない。

 館の住民は全員が残ると言った。ここ以外に行くところがないから、とあきらめたような笑顔が印象的だった。

 幸い、突入まで一時間の猶予がある。それまでの間、作戦会議をすることになった。食堂にいるのは歴、アンティーク、ベルテの三人だった。あとの人々は戦いの準備に忙しい。

「で、どうする? 白旗を揚げちゃってもいいけどさ」ベルテは気楽に言った。

「白旗? 冗談じゃないわ。ここまで来て逃げるなんてどうかしている。ディメンオンが動けば」アンティークは強気だった。

「動かなければそのまま捕まるよ」

「何弱気なこと言ってるのよ、レキ。ベルテの機体もあるわ」

「弱気とかじゃなくて、可能性の問題だよ。ベルテさんの次元機は?」

「いまダルメシアが使えるようにしてくれてるけど、もともと火器の運用に特化した次元機だから、格闘戦は苦手ね。砲台代わりにはなるかも」

「うーん、決め手に欠けるわね……そうだ」

 アンティークがまじまじと歴を見つめた。とてつもなく悪い予感がする。

「……なんだよ」

「レキは漂流者だもの。次元機と渡り合うことだって」

「無理だよ! 絶対無理!」

「やれば出来るわ。たぶん」

「たぶんで人を死地に追いやらないでくれ!」

「まあまあ。いざとなれば土下座でもすればなんとかなるんじゃない?アンティークは重要人物だし。そのために、抵抗はほどほどにね」

 そうだ、アンティークは特別だ。彼女の父はディメンオンの製作者であり、次元機関の発明者、オーベルト・ミラー博士である。軍も博士の協力を仰ぐためなら、決して危害を与えないはずだ。ベルテは楽観的なのではなく、あくまで現実を見据えた判断をしているのだと分かった。

 しかしその重要人物であるアンティークは、ベルテの意見を全力ではねのけた。

「土下座ぁ? やるならレキがやりなさい」

「なんで僕に振るんだよ」

「もしもの話よ。でもそんなこと館の主人である私が許さないわ。徹底交戦あるのみ。みんな協力して。あいつらに土下座して命乞いさせるか、生きていることが嫌になるくらい痛めつけてやるわ!」

 アンティークは青い目を夜のネオンのように煌めかせて宣言した。

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