6章 帝都にて 9
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<皇歴一〇五年 五月二四日 一七一五時 帝都 上空 >
倉庫から脱出したベルテの次元機は、帝都の上空をあてもなくさまよっていた。
ベルテ・ロピアは予定が反古になった今、そのまま離脱してもよかった。
しかし、そうしなかった。彼にとってレジスタンスは家族のようなものだったからだ。
別に人に認められようと思ったわけではない。しかし、社会の人間関係は想像以上にストレスとなってベルテにのしかかった。
レジスタンスのなかでは、それがない。社会を生み出す熱はきっと個人の事情どころではなかったのだろうが、それでもよかった。ともあれ、レジスタンスは「彼」にとって家となった。
恋人はいないが、それでもいいと思う。性に対する執着がない分、自由であると達観できる部分もベルテにはあった。
ただ、レフィルは放って置けないと思う。向こう見ずなところがあり、誰かが見ていないと奈落に落ちてしまいそうな不安があった。
愛? そうかもしれない。何かを期待しない愛が持てるのは、自分はこの身体を持って産まれてよかったと思える唯一の根拠となった。
唐突に通信が入った。
“ベルテ、出番だ!”
そのレフィルがコロッセオで危険にさらされている。
「レフィルを、いじめるなあっ!」
男の声でベルテは叫んだ。
素早く兵装を操り、あらん限りの砲弾を地上に叩きこむ。そして加速。対空砲火が脇を掠めるが、スロットルを緩めるわけにはいかない。衝撃と爆風を巻き起こしながら、ベルテの次元機は轟音と共にスタジアムに降り立った。
レフィルの姿は見えない。皇帝もだ。こんな騒ぎの中で人の姿を見分けられるほど器用ではないが、そうせずにはいられなかった。
敵機が急降下してきた。こちらよりも速い。
「新型か!」
次元機はもともと、飛べるようにはできていない。ベルテの次元機がジャンプできるのは、内蔵している推進剤のおかげだ。
「このっ!」
ベルテは左肩の迫撃砲を撃った。爆風が傘のように、敵機の目の前に咲く。
「うそ!」
当たったはずだった。しかし爆風の中から現れた敵機は無傷だった。一瞬だけ像がぶれたように見えたのは、気のせいではないだろう。
「まさか、次元航行機?」
確認する間もなく、機体に衝撃を感じた。敵機の突き出した槍によって、肩のバズーカが片方吹き飛ばされている。そのまま組みついてくる相手を、ベルテはそのままにさせなかった。
「空中戦だって!」
ベルテの次元機も相手の肩をつかみ、急上昇をかける。背中のブースターから水蒸気が噴き出し、二機の重量を引き受けたまま二機は帝都上空へと躍り出た。
ギリギリと、フレームのきしむ音が耳障りだ。もともと無理な設計の機体だ、早く引き離さなくては勝機はない。
「落ちなさい!」
右肩の迫撃砲を撃ち放つ。ゼロ距離の射撃は確実に当たったが、暴発同然の行為だ。食い込んだ敵機の爪が腕ごと引きちぎれるが、衝撃波はこちらにも容赦なく襲いかかる。閃光がモニターを焼き、ベルテの次元機はきりもみ状態で落ちてゆく。
回転する視界に、市街地が大きくなっていく。逃げ惑う人々にベルテは弁解するように祈った。
「うまく逃げてよ……!」
逆噴射で衝撃を緩和する余裕はなかった。そのままの勢いで砲弾のように次元機が石畳に突っ込むと、周囲の建物が紙のように吹き飛ばされた。機体を確かめると、やはりあちこちが異常をきたしていた。
石畳の上に一瞬、震えている少女の姿が見えた。ぼろを着ているが間違いない、女の子だ。巻き添えにならなかったことに安心したのもつかの間、上空から敵機が降って来た。
「守る!」
自然に出た言葉だった。見ず知らずの相手だが、人を大儀のために殺していいと言う理屈はない。機体を強引に立たせ、構える。もう武器は残っていない。
敵機はまっすぐこちらに突っ込んできた。
「ぐっ」
次の瞬間、次元機のコクピットを巨大な鉄の塊が突き破っていた。
塊はベルテの腹を貫通していた。
ああ、死ぬな、と思った。薄れゆく意識のなか、視界が徐々にブレていった。どんどんそのブレは広がっていき、フィルムを逆回転させたように結合を解いてゆく。一瞬で自分の身体が何かに飲みこまれ、視界が白い闇に塗りつぶされた。