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1章 次元越しの侵略 3


< 五月十三日 〇九〇〇時 立川市 市街地 >


 まだ日は高い。腕時計を見ると、午前九時。

 歴は途方に暮れていた。

 学校は確実に遅刻だが、行く気は当の昔に無くしている。行ったところで、この物騒な少女を連れて行ったらどうなるかわからない。きっといいことはないだろう。

 歴は通学路から外れ、アンティークの後ろをついて行っていた。

 協力を約束すると、アンティークの態度は途端に軟化した。自分の命は首の皮一枚でつながったらしい。

「でね、次元航行機と次元機の差はね……」

「はあ」

 相槌を打つものの、歴はアンティークの語ることの半分も理解しきれていなかった。頭の出来うんぬんではなく、まさしく異次元の専門用語だからだろう。

 要約すると、アンティークはグレーイスと呼ばれる別世界から来たらしい。旅行ではなく、何かワケありの理由で。幽霊のような身体は、その影響だということだ。

「早くついて来なさいよ、だらしないわね」

 前を歩くアンティークはイライラしているようだった。心境が足取りにもろに出てしまったらしい。まるで刑事に連行される犯罪者の心持ちで、歴はとぼとぼと街を歩いていた。

 これから対面するのは彼女の親とかではなく、ロボットだ。決心は決めたものの、足取りが鉄球でもつけられたように重くなってしまうのは当然と言えた。

アンティークは交差点の前で待っている。歴はそのうちにしびれを切らしてどこかに行ってしまうことを期待していた。

 街は平日の午前中なのにいつになく混雑していて、何かに追いたてられるような人々は早足だった。五月のファッションから明らかに浮いているコート姿のアンティークに、誰も関心を寄せることがない。彼女をほとんどの人が認識できないというのは本当なのか。落胆と安心が半々の歴は、突然足が止まった。

「もう、見失っちゃうじゃない!」

 人ごみの向こうから焦れた声が聞こえてくるが、それどころではなかった。来た道を戻ってきたアンティークが「どうしたの?」と聞いてくる。答える代りに歴は電気店のテレビ画面を指差した。

「これ、君の言ってるロボット……?」

 画面には、輪郭のぶれた、黒く巨大な四つ脚の台座が宙に浮いていた。ビルを丸ごと飲み込むほどの大きさだ。

 台風の速度で移動をしているそれは、まっすぐこの街、立川市に進路を取っている。

“立川市上空では正体不明の構造物が移動を繰り返していますが、みなさん、決して近寄ろうとはしないでください。この事態に際し、自衛隊は部隊を展開し……”

 画面の下には、避難勧告の報せと災害伝言サービスのテロップ。あと数分でここが災禍の中心になることを予言していた。

「……次元機」

 呟いたアンティークが突然矢のように走り出した。歴は反射的に追いかける。

「次元機って、あのコートの連中の?」

「全員殺したはずなのに。あれは、自動操縦……?」

 走っていくうちに、妙な既視感に捕らわれた。この道は、自分の通学路だ。

 アンティークは正確に歴の家への道筋をたどっていた。なぜ、と言おうとしたが、答えてくれそうな気配はない。

「さっき、コートの連中を見たでしょう? 本来、人間は次元跳躍ができない。だからあいつらは無人操縦の次元機を送りこんでこの世界を侵略しようとしているの」

「じゃあ、君はなんで……次元跳躍に失敗しなかったの?」

「次元航行機に乗っていたから。次元航行機は人を乗せて次元を渡ることができるの」

「君は、侵略者?」

「反対ね。この世界からあいつらを追い出すつもり。そして私も帰る」

 専門用語はわからないが、アンティークの乗ってきた次元航行機とやらが台座の機械、次元機を追い出すことができるらしい。それにしても、なんで家に走ってるんだ?

 その疑問は、最悪の形で歴に明かされた。

「家が……」

 ない。茶色の地面しか見えない。まるで解体されたように、自分の家はきれいな更地になっていた。

 かわりに、赤銅色の巨人がそこにいた。

 ちょうど民家二階の高さまである巨人は、汀家の跡地にうずくまっている。その様子はとても狭そうで、きっと立ち上がれば身長は五階建てのビルにまで達するだろう。

 やはりこの巨人も輪郭がぶれていて、見る角度によっては透明にも見える。コートを着たような格好の巨人の額には時計があり、時刻は歴の時計よりも三分だけ進んでいた。

 見ると、アンティークは跳ねるように上に登っている。危ないよ、と言おうとしたが、彼女は確かに危ない人だった。止める理由もない。

 アンティークが巨人の頭の上から中に入ると、その巨体が動き出した。ぶるりと全身が震え、ささやくようなエンジン音が地面を振動させる。

「はくしょん!」

 思わずくしゃみが出た。腕を見ると鳥肌が立っていた。なぜか突然一帯に寒風が吹き荒れ、中心にいるのはその巨人だった。

 金属音がしたかと思うと、目の前に巨大な手が差し出されていた。鋼の匂いのするそれを見て、歴は何をすればいいのか判断に迷った。

“乗って!”

 大音量の命令は一瞬だけ歴の判断力を奪った。恐る恐る巨人の手のひらに上ると、手が動き出す。巨人はコサック帽のような頭の上に無造作にぽい、と歴を投げ落とした。

 巨人の頭は中が空洞になっていた。空洞の中には前と後ろに操縦席があり、歴は頭からシートに突っ込んでいた。シートのクッションがもう少し硬かったら、首の骨を折っていたかもしれない。

「ようこそ、ディメンオンへ」

 前の席に座っていたアンティークが振り返り、笑った。

「本当に乗るんだ? 乗るんだ!」

 即座に歴は操縦席から身を乗り出した。戦車室のようなこの場所は、戦いという危険な言葉が簡単に連想できる。マニュアルを探すよりも何よりも、歴の身体はまずここから逃げ出すことを選択していた。

 そんな歴の衝動を無視して巨人、ディメンオンは動いた。バランスを崩した歴は腰を思い切り打って、座席の上でぐおお、と呻いてしまう。

「行くわ、掴まっていて!」

 突然、身体が浮き上がった。正面のモニターを見ると、眼下に街並みがある――飛んでいるのか? 痛みを恐れが上回り、再び身を乗り出した。

「レキ、いいかげんにあきらめたら? 何のためにあなたを乗せたと思ってるのよ」

 うんざりしたアンティークの声に、歴は我に返った。恥ずかしさに顔が赤くなるのを自覚したが、恰好を気にしている場合ではない。

「……ごめん、戦いなんてできないよ」

「あなたは乗っているだけでいいの。別次元の人間を乗せることで、次元干渉能力が高まるんだから」

 異なる次元の中では、ディメンオンは本来の性能が発揮できない。しかし、異次元の人間を乗せることでディメンオンはあの台座、次元機を押さえるだけの能力を得るという。

「それも、正確な調整をしてやればだけど……あの次元機も、大雑把な調整しかできてないから破壊行為が中途半端だしね」

 隅にあるサブモニターには、どこから受信したのか白黒のテレビ画面が映し出されている。幽霊にも似た半透明の次元機は進行がまっすぐなのにもかかわらず、被害がまちまちだった。それは物理的な干渉ができていない個所もあるということなのだろうか。

「血なまぐさいことは全部あたしに任せて、あなたは次元調整儀の補助をしてくれればいいの……なんで、こんなのに認識されたのかしら」

 それはこちらのセリフだ。こんな破壊的な少女と運命を共にしなければならない自分を哀れむように、歴は胸の前で小さく十字を切った。

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