6章 帝都にて 2
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スリンガーは列車を制圧した後、手続きを済ませるため城門の前で立ち往生していた。
捕虜を得たところで、そのまま帝都の中に入れるのは治安上の不安がある。それもただの捕虜ではない、漂流者だ。
それにしても待機時間が長い。いままで苦虫を何回噛み潰しただろうか。
「久しぶりですね、スリンガー中尉。ところで、どうしてここに?」
目の前にいるのは、レガス・リゼーレイ大佐。長髪を後ろに撫でつけ、片目に眼鏡をしている姿は軍人というより官僚に見えたが、奴は独立部隊「エトランゼス」の指令だ。
エトランゼスは漂流者を中心に据えた部隊で、別名「皆殺しのエトランゼス」。スリンガーはこの男の本性について熟知している。
戦争は、始めるよりも収めるほうが難しい。始めた時点で双方ともに死傷者と恨みを抱えているからだ。しかし、この男は「そんなものは無くすのが最善でしょう」と言い、エトランゼスに命じて占領下の住民をことごとく皆殺しにした。
それでは侵略の意味がない。侵略の目的は、国力の増大にある。敵ですら味方にしないと軍隊や国民は増えないし、略奪にしても限りがある。
しかし、そんなレガスとエトランゼスのやり方は噂が尾ひれをつけ、皮肉にも降伏者を多く出した。結果的には戦端を開く前に勝負がつき、国家間は併合といういちばん平和なかたちで決着がついた。
だからスリンガーは面白くなかったが、階級の違いは絶対だ。スリンガーは今までのいきさつを話すことにした。
「車長が車をパンクさせていたので」
「それで助けた。それで?」
「車長を駅に届けたところで、レジスタンスどもが偽の車長で検問を通ろうとしていたのです」
「それでこの大捕り物ですか。もっとスマートな方法はなかったのですか」
ふっ、とレガスは笑った。それがスリンガーの血圧を更に上げる。ここまで騒動が大きくなったのも、レガスが投入した次元機のせいだった。
「まあいいです。作戦の目的は達成できたわけですから」
「作戦?」
「レジスタンスの情報がリークされたのですよ。奴らが帝都に潜入すると」
「それにしては……やりすぎでは? あんな物まで持ち出して」
「ついでですよ。慣らしにはよかった」
「あんなもの」は、次元機たちのすぐ横で脱力したようにうなだれていた。板金製の鎧を点けているのは次元機と同様だが、極めて人型に近い機体だった。それが何なのかスリンガーにはわかった。前にも一度、見たことがあるからだ。
「次元航行機……ですか」
「そう、二号機。貴公が取り逃したので、博士に骨を折ってもらいました」
「まさか、博士に危害を?」
「そんなに怖い顔をしないでください、言葉のあやですよ……そうだ、その手もありましたね。我々に必要なのは博士の頭脳だけであって、最低でも利き腕を残せばいいのですから」
レガスの表情は、完全な優位に立った者の余裕が見え隠れしていた。
「操縦士は? あれを扱えるのは漂流者しかいないはずです」
「なに、貴公の知る人物ではありません。安心してください」
「私には知る権利がないと」
「物分かりのいい人で助かりました。では、私の要求も分かりますね?」
レガスの要求はすぐに分かった。単なるレジスタンスの掃討に出向くほど奴は殊勝な男ではない。レガスの行動はいち早く漂流者を見つけて自分の部隊に組み入れようという狙いが透けて見える。
しかし、はいどうぞと少女を渡す気はスリンガーにはなかった。彼女が使いものにならなければ、漂流者たちへの餌として慰みものにすることは容易に想像できるからだ。めったに姿を見せないエトランゼスは異常者の集団だ。
さて、どうやって交渉を引き伸ばそうか。そう思ったとき、詰所のあたりで騒ぎがあった。
「……漂流者!」
白煙に混じって出てきたのは 捕まえていた漂流者の少女だった。捕縛から逃れている。
「まさか、特殊鋼の縄を抜け出したのか!」
レガスの呟きは、途中で凍りついた。少女は、取り巻きたちを手に持つロッドで次々と打ち倒したからだ。レガスを見て、「あんたがボスね?」と半笑いの表情でいう彼女の目には怒りの炎がめらめらと燃え、容易に懐柔できるような相手ではないと分かった。
「やめなさい」
スリンガーは、二人の間に割って入った。レガスがどうなろうと興味はないが、これ以上の狼藉は彼女にとって不利益を生む。
「なに? あんたが本当のボス?」
「どっちも違う。少女、なにが望みだ?」
スリンガーが話を切り出すと、少女は険のある表情を少し緩めた。
「少女じゃない、夕よ。望みは、湖に落ちたみんなを助けて。それだけよ」
あきらめたように言う姿は少女らしからぬ表情だったが、これまでの修羅をくぐり抜けてくれば、こうもなるだろう。レガスが後ろでがたがたと震えていたが、構うほどの価値はなかった。
「わかった、ただちに負傷者の回収の段取りを整える。異存はないな?」と、スリンガーは早口で言った。
「まだあるわ」
「なんだ?」
「死んだ人のお葬式を、してやって」
彼女の声は、震えていた。