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4章 次元越しの引っ越し 5


<皇歴一〇五年 五月〇三日 〇九〇〇時 ミラー家 >


 目覚めると、朝だった。

 ひょっとして、昨日のは全て夢だったのか? これは映画のセットか何かに違いない。夕はベッドから飛び起きて窓のカーテンをめくったが、やはり期待は裏切られた。

「雪、まだやまないんだ……」



 屋敷の半壊した建物は、重要なところだけかろうじて残されていた。

 レフィルは、自分の部屋を探っていた。今は書庫になっているそこには、父の研究が保管されていた。

 木を隠すなら森の中、という。きっと、エルベンの奴らは研究書類を求めてここにやってきたのだろう。父は連れ去られたはずだが、口を開かないのか、それとも――。不吉な想像に、レフィルはかぶりを振った。

 レフィルは嫌いになれるほど父の事を知らない。

 嫌うのは、父の研究に関してであった。家を立ち去る間際、レフィルはこの洋館を燃やして研究を全てなかったことにしてしまおうか、と考えた。

 でも、できなかった。

 きっと、そのころはまだ家というものに未練があったのだろうと思う。だが、今になってみても屋敷の一部が壊れてしまった事に後ろめたさを感じていた。

 なぜだろう。きっと、自分が戦いを連れてきたからだ。あの少女は輪郭がぶれているが、言うことは定規で引いたようにまっすぐだ。そして、自分には彼女に反論するだけの力がない。どんな理想を掲げても、この手に持っているのは銃だからだ。

 本棚を探っていると、家庭の記録が見つかった。まだ幼い自分と妹。母はまるで家政婦のように父の身の回りの世話をするだけで、父はそんな母に報いることなく研究に没頭していた。妹が熱を出した時、母が薬を求めて雪の中出ていき、帰らぬ人になったときも研究者の仮面を被っていた。そんな、記録。

 ふと見上げると、そこには時計があった。チク、タク、と休むことなく動きつづけている古い時計は、レフィルが物心ついた時からあったものだ。

 文字盤の下にある振子は、特製だった。そして、それを見て連想したのはある一つの事実だった。

「……次元航行機の、エンジン?」

 振子は、細かく残像を描いていた。ブレの決して収まらない振子。それは、この世界にあってはならない物質だった。



 レフィルたちは館を去ることにした。

 このままいても館を危険にさらす事になるし、ブレ子のこともあった。あの娘は、戦いをいやがる。このままおとなしく、本体と合流するのが利口といえた。

「良いんですか?」仲間の一人が気遣うように言う。

「目的は達した。彼女にこれ以上、迷惑もかけられないさ」

 レジスタンスに車などという上等な物はない。一般市民の主な移動手段である雪らくだに揺られながら、レフィルは遠ざかる丘の上に立つ我が家を見ていた。

 きっと、あの家も俺を必要としていないはずだ。俺は戦いを呼び寄せる、疫病神だから。自嘲ぎみにそう思った時、坂道にぽつんと赤い点が見えた。誰か遅れたのか? まじまじと見ると、赤い点は下り坂を滑っていくうちに大きくなり、それが夕であることを認めた。

「待ちなさーい!」

 器用に物干し竿を平行に持ってバランスを保ち、足もとのソリで滑ってくる。雪らくだの足を止めてレフィルは待ったが、夕は雪道の途中でこけてしまった。

「あうう……」

「しょうがねぇな。立てるか?」

 近付いたレフィルの差し出す手を取るよりも先に夕は、「なんで勝手に出て行くのよ! あんなところで独りぼっちにする気?」とするどい剣幕でまくしたてた。レフィルは苦笑した。これなら大丈夫。

「館の連中には言っているよ、面倒見てやってくれって。第一俺についてくれば、おまえの嫌いな戦いが待っているだけだぞ?」

「そんなこと言ったって、あたしどうしていいかわからないし……」

「一ヶ月後には、レジスタンスの反抗作戦が開始される。それまで待っていろよ、うまくいけばディメンオンが戻ってこれる段取りを整えるから」

「……うまくいかなかったら?」

 夕の問いに、レフィルは口をつぐんだ。

「あたし、知らないところで一人ぼっちで待つのはいや。うまく行ったかどうかも分からないまま、あたしはぶれた体のままでずっとレフィルの帰りを待ちつづけるの? あたし、そんなタイプじゃない」

 夕はまっすぐな瞳でレフィルを見つめた。

「連れていって。あたしこの目で、自分の行く先を知りたいの」

 射すくめられたように、レフィルは動けなくなった。その瞬間だけ、彼女の目は少しのぶれもない、少しの曖昧さも持ち合わせていないものになっていたからだ。

 返事をする代わりに、レフィルは夕の腰を荷物のように掴んだ。

「ち、ちょっと!」

「おかげで群れからはぐれちまった。飛ばすぞ!」

 レフィルが手綱をしならせると、騎手の命令にしたがって雪らくだは雪を踏み散らして走り出す。もがく夕の悲鳴を残して、二人を乗せたらくだは本体の付けた足跡を追っていった。

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