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4章 次元越しの引っ越し 4


<皇歴一〇五年 五月〇三日 〇一〇〇時 ミラー家 中庭>


「馬鹿野郎!」

 レフィルは仲間の稚拙な援護射撃に歯噛みした。

 少ない仲間では戦線を維持するのも困難だったが、この雪の中ではエルベンも攻めてこないだろう、という狙いがレフィルたちにはあった。この洋館に突入した時も大雪の中で、雪が続いている間に研究資料を奪うのがレジスタンスの目的だった。

 それはいわば火事場泥棒のような行為だったが、手段を選んでいられるほどレフィルたちには余裕も時間もなかった。

 グレーイスの寒冷化は急速にすすんでおり、その余波を一番に受けたのは農民たちだった。主に低所得者からなる農民たちは国に税金の軽減を求めたが、話し合いの場に立つことさえ許されずに終わった。

 耕作地を失ったにもかかわらず税金を要求された農民たちは難民になった。難民は急速に増え、彼らは戦争で生じた難民も吸収してエルベン皇国の首都、春の宮殿に出向いた。

 そこで難民たちを待っていたのは、収容所での強制労働の生活だった。父、オーベルトの元を離れて農民として身を立てていたレフィルも、その収容所に押し込められた。

 収容所で半死半生の生活をレフィルたちは強いられた。そこで結成されたのが、レジスタンスである。収容所で国に反目する組織が結成されたのは皮肉なことだったが、レジスタンスは結成と共に収容所を占拠し、エルベン軍が到着する前に蜘蛛の子を散らすように各地へ身を隠した。

 二年の期間、レジスタンスは水面下の活動を続けた。エルベンの内部にシンパを作り、決起のための物資を蓄えるためである。当初はある程度勝算が見こめるようになるまで決起はしない方針だったが、決起の日程を繰り上げる事件が起こった。

 次元航行機の発明である。

 レジスタンスは次元航行機ディメンオンを奪取、破壊するつもりでいたが、手遅れだった。それでも機体が別次元に失われたのは不幸中の幸いだった。

 しかしそこで次元機が攻めてくるのは予想外の出来事だった。それは、父オーベルトがこの館にまだ何かを隠しているということだった。

 その洋館を、いま次元機が押し潰していた。大量の白煙は、雪と蒸気がない混ぜになって嵐を巻き起こしている。

「今壊しちゃまずいんだよ!」

 次元機がまだ生きている不安もあったが、レフィルは倒壊した屋敷に走った。怪我人がいるなら、救出しなければならない。それは戦いの勝敗よりも優先する、レフィル個人のルールだった。

 建物には次元機が半身めり込んでいて、少しでも動けば倒壊する。破壊された正門から、人々が次々と走り出しているのが見えた。そのなかに、あの輪郭のぶれた少女の姿はなかった。

 もしや。レフィルは瓦礫を見渡すと、その中からちいさな足首が突き出ているのが見えた。雪と木片に隠されたそれはとても幼く、生活の匂いを感じた。ここにいてはいけない匂い。

「ぶはっ!」

 突き出た足首は動き、盛大に木片を掻き分けると夕の頭を外気にさらした。運がよかったのか、それとも彼女がとてつもなく強靭な肉体をしているのか。ともあれ、夕は無事だった。

「ブレ子、無事か?」

「……レフィル?」

 何が起こったか分かっていない顔でこちらを見るのを確認すると、レフィルはその手を強引に引っ張った。

「ち、ちょっと、なに!」

「次元機が動く!」

 無事を喜ぶのはその後でいい。コートに包まった夕を抱えて、レフィルはその場から飛ぶように遠ざかった。同時に、目覚ましのかたちをした次元機が動き出す。ちっ、ちっ、と鼓動を刻みながら起き上がると、空洞ができた洋館の建物は白煙を上げて簡単に崩れ落ちた。



「家が……」

 こうも簡単に壊れてしまうものなのか、と呆然と夕はその様子を見つめていた。一番ショックを受けているはずのレフィルは、腰を低くして無言でライフルを構えていた。

 鋼の鳥がさえずるような硬質の音を響かせていくつもの火線が次元機に集中する。火炎瓶が投げ込まれて、周囲の瓦礫を巻きこんで次元機を燃やす。そんな様子を見て、次に夕の中に生じた感情は怒りだった。

「悲しくないの? 家が壊れて」

「元から捨てた家だ」振り向きもせずにレフィルは言う。

「自分の足跡が消えちゃうんだよ? 妹さんも、帰るところをなくしちゃう。それでもそんな物にすがるの?」

 レフィルは、武器にすがっているように見えたのだ。それで感情を押し隠しているように見えた。その先にはいったい何があるのか。自分の主張が通ること?

「バカなレフィル!」

 夕はこらえきれなくなって走り出した。こんなことをしていて、寒冷化とか世界の縮小とか言っているのがバカらしくならないの? ただ、戦いたいだけじゃない!


 夕は自分の行動に対する裏付けを説明する事ができなかった。

 しかし、さっきの目覚ましが落ちてきた時に何か違和感を感じた。そして初めてレフィルと会ったとき、互角に渡りあったこと。それが根拠といえば根拠だった。

 猛スピードで迫ってくる鉄の固まりを、なぜか夕の身体はすり抜けたのだ。そして、最初に家を出た時の身の軽さ。いくら運動神経がよくても、ただの物干し竿で戦闘のプロたちを一撃でしとめられるほどうぬぼれていない。

 自分の輪郭がぶれているのと体の変調は無関係ではないだろう。夕は走りながら、あのにっくき目覚ましを睨みつけた。返事は、ちっ、ちっ、という無機質な作動音。夕はちっ、と舌打ちした。

 目覚ましからいくつもの火線が襲いかかる。映画で聞いた事のある機関銃の音は、実際はもっと汚い音で夕の足跡をきれいに塗りつぶす。

 夕はただ逃げていたわけではなかった。さっきまでいた洋館の中には私物があり、物干し竿もその中に含まれていた。瓦礫の中に頭からダイブするようにして、夕は突き出していた自分の武器を掴んで引きずり出した。

 あれほどひどい館の倒壊にも、物干し竿は折れずにぴんと立っていた。その上、ぶれている。これがこの世界の異物であり影響を受けないという事なのか、と思いながら夕は駆け出した。

「ブレ子、無茶だ!」

「いまさら足を止めるほうが無茶よ!」

 遠くに聞こえるレフィルの制止を無視して、夕は助走しながら物干し竿の先端を雪の地面に突き立てた。

「それっ」

 棒高跳びの要領で、物干し竿を持ったままの身体が中空に投げ出される。

 次元機の火線が正確に夕を狙っているのにもかかわらず、やはりすべてがすり抜けた。目覚ましの巨体を見おろすように夕はジャンプの頂点でひらりと一回転、物干し竿を構えなおす。まるで見てきたかのように、熟練を積んだ達人のように淀み一つない動きだった。

「でやあああっ!」

 ぶれた物干し竿は次元間の変化によって、この世界のいかなる金属よりも硬い絶対干渉の素材に変化していた。そしてそれは運動エネルギーと自由落下の力を加えて次元機に伝え、目覚ましの十二時から六時までの文字盤を一直線につないだ。

 全くよどみのない一撃を終え、次元機の足元に夕は降り立った。

「さあ、壊れなさい」

 命令にしたがうように、次元機は中心から真っ二つに割れ、ふたつの鉄の固まりは轟音と大きな雪ぼこりを周囲に巻き上げた。 

 呆然とするレフィルたちにも、夕は呟くように言った。

「終わったよ。捨てよう、そんなもの」

 これ以上武器を持つ理由はない。次元機を失った敵は敗走し、残されたのは壊れた機械と建物、そして泥のような疲れだけだった。いくつかの銃が投げ出される音を聞いた夕は、疲れた身体を雪原に投げ出した。火照った身体に雪がひやりと心地よく、そのまま眠ってしまった。

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