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4章 次元越しの引っ越し 3


<皇歴一〇五年 五月〇二日 グレーイス 山岳地帯 ミラー家>


 いつの間にか、灰色の空は暗くなっていた。

「今日はここで寝てくれ。自分の家で凍死するよりはましだろ?」

 この世界、グレーイスにも日付はあるらしい。そして時間の概念も同じ。言葉まで同じというのは出来過ぎだと思ったが、その事実は夕にとってありがたかった。何もかも違う世界なら、こうやって寝床を用意してもらえることもなかっただろうから。

「でも、なんであんたと一緒なのよ」

「しょうがないだろ、俺の部屋は親父が書庫に改装しちまったんだから」

「その書庫に行きなさいよ」

「俺は本が嫌いなんだよ」

 二人はそれぞれ暖炉の両端付近にベッドを構えていた。布団と枕を家から持ってきたとはいえ、まるで周囲の空気が違うことに戸惑ってしまう。

「寝ておけよ、薪はくべてやるから」

 暖炉が明々と部屋を照らしている。レフィルの言葉を聞いてはじめて夕は「定期的に薪をくべてやらないと暖炉の火が消えてしまう」ことに思い至ったが、自分の心配事はまるで次元の違うことだった。

 知らないことが多すぎる、という不安である。

「……この家、あんたの?」

 不意に強気の鎧が脱げてしまい、夕は本来の声色でレフィルに話しかけた。

「親父のだ。俺は勘当された身でね。久しぶりに戻ってみれば家が戦場になっちまってた。この家は、今さっきまでエルベンの占領下にあった。そこを、俺たちレジスタンスがかっさらったというわけさ」

 レフィルは、自分の境遇を語った。

「俺は、親父の研究を知り家を出て、レジスタンスに入った。この屋敷にいるのは、みんな俺の仲間、レジスタンスのメンバー。エルベン皇国に反旗を翻す、レジスタンスさ」

 エルベン皇国は、その軍事力で百年続いていた動乱を生き抜き、この世界、グレーイスの盟主となったという。

「当初は落ち目の小国といわれていたエルベンが、どうして各国との戦争に勝ちつづけたと思う? 答えは簡単、ほかの国にはない技術を独占していたからさ。その技術が次元機関。俺の親父、オーベルト博士が発明した技術だ。

次元機関は当初、原理的には無から有を生み出す機関で、次元機関を搭載した次元機は各地の戦場での勝利を約束する存在になった。そして、エルベンはこの世界の盟主の座をほしいままにした。しかし、それだけでは収まらなかった。

奴らは、次元機関で違う世界を知ってしまった。ブレ子、おまえの世界は雪がないって本当か?」

「う、うん」

 確かに夕の住んでいる地方は雪の少ない土地柄だが、それが世界の全てではない。レフィルの質問は、裏を返せばグレーイスは雪に覆われた世界だということだ。

「他人の家の芝生は青い、というがこれほど魅力的な芝もないはずだ。さっき、水槽の話をしただろ? あれは比喩じゃない。実際に、世界の異変は始まっているんだ」

 グレーイスは動乱時代以後、徐々に寒冷化が進んでいるという。人の住める土地が減っていっていると言うことだ。それは、次元機の発明と時期的に重なる。

「結局、無から有を作り出すなんてただの耳ざわりのいいでまかせに過ぎない。このまま次元侵略を続けると、世界は攪拌と縮小を続け、やがて誰の存在も許さない、世界とも呼べない何かに成り下がる。親父はそれに気付いているはずだが……」

 苛立ちを拳に込めるように、レフィルは両手を握り締めていた。夕は粗野なこの少年の外見とは裏腹に、とてもナイーブな面が存在することに驚いた。

「……レフィルの言うことも分かるけど、お父さんでしょ? そんな風に思うのってよくないし、悲しいよ。せめて、話を聞くまで、最後まで、信じてみようよ。だって、お父さんでしょ?」

 夕が身を乗り出すとレフィルは少し腕の力を緩めた。

「おまえは幸せな家庭に育ったんだな。人を信じるのって、大変なんだぞ?」

「でも、信じてみないと先には何もないでしょ? あたしだって入れ替わった機械……ディメンオンだったっけ。それが帰ってくるのを信じなきゃいけないし」

「……そうだな。ディメンオンには、多分アンが乗っているはずだ。向こうの世界で、無事にやり過ごしてくれればいいけど」

「アンって、知ってる人?」

「妹。強気なところなんて、おまえと似てるかな」

「妹さん、心配?」

「そりゃあな。でも向こうは凍死の心配はないって言うし、うまく認識してくれる人間を見つけられればいいけど」

「認識……」

「漂流者の存在は周囲の認識とイコールだ。人が認識してくれれば存在を許されるし、逆に誰にも会わなければ存在自体が消える。おまえは俺に認識されてよかったな」

「なんか微妙」

 夕はくすりと笑った。

 考えていても寝不足になるだけだ、と言ってレフィルは毛布を引っかぶった。兄も自分のことを心配してくれているのだろうかと思いつつ、暖炉と毛布のぬくもりに意識が溶かされていった。


「ん……?」

 起きた時にも、まだ暖炉の火はちろちろと燃えつづけていた。

 真っ暗な部屋は、まだ夜が続いているということだ。何かに起こされたのか? 夕はレフィルのベッドを見たが、もぬけの殻だった。

「レフィル、どこ!」

 全身を声にして呼びかけるが、応答はない。代わりに聞こえてきたのが、おおお、という呼び声だった。この声を夕は聞いたことがある。この世界に来た時に、自分の家の中で。

 不安を振り払うようにベッドから出て借り物のコートに袖を通した。レフィルの妹、アンの私物でなぜかぴったりだった。

 駆け足で階段を下りると、ロビーには洋館の住人が集まっていた。ときどき、風鳴りと柱のきしむ音が聞こえる。地面が小刻みに揺れているのは気のせいだろうか。

「ねぇ、何が起きてるの?」

 質問に答えるどころではないらしく、洋館の住人たちは近くで起きた爆発音にびくりと身をすくめた。これほどはっきりとした説明もなかったが、あえて人の口から事情を聞きたかった。

「エルベンがこの館を取り返しに来たんだよ!」

 答えた召使いの男は、恐怖から逃れるように両手で頭を抱えた。男を少し気の毒に思いながら、窓際のカーテンをずらしてみた。

 雪でよく見えないが、時々見える光はライフルの火線だ。そして、煙。わずかに火薬の匂いが伝わってきて、近くで戦闘が行われているのだと分かった。

 そして、おおお、というあの吹雪にも似た声は、頭の上から降ってくるようだ。夕が声に答えるように顔を上げると、黒い空の中になにかが見えた。

 赤く点滅する光は、ヘリや飛行機の航空灯に似ている。しかし、吹雪の中で飛行機が飛べないことぐらい、夕にも分かる。では、あれは何か。その答えは、すぐに眼の前に現れた。

 雪と雲と煙を巻きつかせながら出現したのは、目覚まし時計に手足がついた化け物だった。

 それを見た瞬間、夕は笑い出しそうになった。テレビの中で見たことがあって、それが今洋館の建物に、とりついている。

 窓から見えづらい目覚ましは、どうやら後ずさっているみたいだった。この建物は、傷つけてはいけないのだろうか。見えづらい様子に、さらに拍車がかかった。巨大な目覚ましの背中に、爆発の炎が巻き起こったのだ。振り向こうとしてバランスを崩したのか、目覚ましは足を震わせながら倒れる。その方向は、自分―。夕は急速に迫る目覚ましになす術のないまま、その巨大な秒針をじっと見ていた。

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