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3章 存在と認識 7


 グルーオン、と呼ばれた機体はとんがり帽子のような頭部が印象的で、突起の多い装甲はどこか攻撃的な印象を受ける。最も気になった点は、体型がディメンオンにかなり近い構造をしていたところだ。

 翼をたたんで膝立ちの状態で地上に降り立ったグルーオンに乗りこむ少女を見送り、歴は逃げるチャンスをうかがっていた。

 しかし、そのままではすまなかった。

「そうですわ、忘れ物!」

 少女が鎖を一振りすると、歴の身体は一本釣りをされたカツオのようにグルーオンの頭部へ運ばれた。あああ、と悲鳴を上げるがなす術もなく、機体の中に押しこまれる。

「うう……」

 歴は周囲を見渡す。やはり、複座型。コクピットの中までディメンオンと酷似している。ここに連れてこられたということは、どういうことか。前の座席で起動チェックを行っている少女に、歴は非難のまなざしを向けた。

「あなたに恨みはありませんけど、人質の役目はまだ終わっていませんわ。それに別次元の人間を乗せることで」

「……次元干渉能力が高まる」

 歴がセリフを引き継ぐと、少女はぎょっとして振り向いた。

「何で知ってますの?」

「下ろしてくれないか?」

「できない相談ですわ。あなたがディメンオンの関係者ならなおさら」

 いつのまにか、機体は離陸していた。頭から伸びた翼が安定した飛行能力を与えているのだろう。これとディメンオンが戦ったら――。不吉な想像に、歴は頭を振ってその考えを追い出した。

「もう隠し事はなしにしよう。アンティークをどうするつもりだ?」

「アンティーク……ああ、パイロットのことですの? 私たちの目的は、次元航行機だけ。それ以外はどうでもいいですわ。ディメンオンの存在はエルベン皇国にとって邪魔になりますから」

「次元機をまたこの世界に下ろすのにか」

「そう。どんどん下ろせば、それだけ次元は安定を失う。次元が安定を失えば、私たちがこの世界に定着することもできますわ」

 少女はさらりと言ったが、その内容に歴は戦慄した。

「定着って……」

「言葉どおりですわ。ここで生きる、と言う意味」

「自分たちの世界があるだろう? なんでそこまでして」

「私たちの世界を見ればお解りになりますわ……いろいろありますの。あんな世界で人が住めるはずがない」

 それ以上の問答を打ち切るように、少女は前方に意識を移した。そこで、歴はモニター上にとんでもないものが接近しているのを見た。

「……ディメンオン!」



 グルーオンのモニターの眼下には海が、上空には積乱雲が見えた。

 そして中央にあるのは、赤銅色をしたディメンオンの姿だ。

「アンティーク!」

 鎖で縛られているため、歴が動かすことができるのは口だけだった。モニター上で大きくなってゆくディメンオンは無事な個所など一つもなく、それがかえって凄みを増しているように見えた。

 コクピットに衝撃が走った。見ると、ディメンオンの姿は一定の大きさで固定されている。このグルーオンが押しとどめたということだろうか。

“こいつ……!”

 機体に乗っている振動のせいか、アンティークの声がした。

「まさか、アンティーク!」

“歴? なんで……!”

 グルーオンがどこから出したのか槍で突きかかるのに対して、ディメンオンは素早く降下するのも一瞬で、

“裏切ったわね!”

「なっ?」

 再び上昇に転じ、グルーオンの胸部に頭突きをかます。こちらがのけぞった隙に、ディメンオンが相手の機体を踏み台にして積乱雲に迫った。

「させませんわ!」

 少女が叫びながら突き出した槍は、ディメンオンのつま先を貫通した。ディメンオンは驚いたようにこちらを振りかえり、

“この声……アシュア?”

 コクピットの中にいる少女、アシュアは叫んだ。

「裏切り者はあなたのほうですわ、アンティーク!」

 一瞬でグルーオンは上を取り、ディメンオンに組みついた。自力飛行だけでやっとのディメンオンは二機分の重みを引きうけられずに、落下の勢いで高度を落としてゆく。モニター上に見えるディメンオンの腕がやけに細く見えたのは事実で、装甲の間に見える健が半分以下にまで減っていた。

「あら? こんなに弱いなんて……拍子抜けですわ」

 嗜虐的な笑みを浮かべたアシュアは、ひょいとレバーを倒した。

 ばりっ。獣の骨が噛み砕かれるような音がして、ディメンオンの左手があっけなく引き裂かれた。バランスを失った機体が、オイルと煙を吐きながら落下していく。

 ディメンオンの落下は唐突に止まった。グルーオンが、ディメンオンを引き上げたのだ。そして胸倉を掴み、昆虫の殻を生きたまま引き千切るような残酷さで胸部装甲を剥ぎにかかる。いくつものコードとフレームが甲高い悲鳴を上げ、それが止んだ時には装甲板はただの鉄屑と化していた。

 痛みを訴えるように、ディメンオンがぐおお、と吼える。

「アンティーク!」

 モニター越しに小さく彼女の姿が見えた。前部座席に座り、目は包帯に覆われている。後部座席に座っているダルメシアはこちらを目で射殺そうとしているように見えるくらい、激しく睨んでいた。

「シックランドの時とは立場が逆転しましたわね……機体を破壊します、お降りなさい」

 もし降りたとしても、下にあるのは海だ。あざけるように言う彼女は、戦いを楽しんでいるのだろうか。歴は何もできない自分がうらめしかった。

じゃらりと、手元の鎖が音を立てた。

「……?」

 自分は何もできないわけではない。何もしなかっただけだ。

 少なくとも今は、そうだ。

 アンティークが答える。

「綺麗ごとはやめにしなさいよ。殺したくてうずうずしてるくせに」

「よく分かりますわね。じゃあ、」

 一瞬のためらいも見せずにグルーオンが逆手に持った槍を振り上げる。アンティークはその切っ先をじっと見ているようだった。

「このっ!」

 歴が後部座席に置かれた時計のダイヤルを力いっぱい回すとグルーオンのぶれは激しくなり、巨大な槍はディメンオンの機体をすり抜けた。

「ええ? あれれっ、あれえ?」

 コントロールを失い驚くアシュアには構わずに、歴は緩んだ鎖を彼女ごと前部座席に巻き付けると、背後の梯子をこれ以上ないほどのスピードで駆け上った。

「アンティーク!」

 ハッチを開けてグルーオンの頭の上に立つと、眼下ではディメンオンが再び落下を始めていた。その手には力がなく、両眼にも何かしらの意思を感じることができない。

「こなくそ!」

 反射的に歴は中空に身体をあずけた。パラシュート無しでのスカイダイビングは言いかえると自殺だ。しかし、これ以外に手段はない。

 何の手段? もちろん、アンティークを救う手段だ!

 びゅうう、と身体が風にあおられて、まっすぐ降りられない。どんどん機体と距離が開いていき、このままでは自分はディメンオンに取り付くことはおろか、海の藻屑になってしまう。

 歴はディメンオンの操縦席を見た。アンティークは注意深く見ないと分からないほどに像がぶれている。病状が悪化して、気力まで失いかけているのか?

 認識が存在を与える、と秤は言った。

ならば、どうすればいい?

「アンティーク!」

 彼女の頭が少しだけ動き、こちらを見た。

 そして、叫ぶ。


「好きだ!」


 彼女がディメンオンを動かしたのか、それともディメンオンが操縦者の意思を汲んで勝手に動いたのか。とにかく、ディメンオンは無事な方の腕で歴を掴み、コクピットへ放り投げた。

「ぎゅう」

 歴はカエルの潰れたような声を上げた。ちょうどアンティークに抱き付くような格好になり、顔を上げると目が合った。

「……えっと」

 何と言おうか言葉に迷った。

 パン、と音がして、頬にじんわりと熱さが広がる。

 それは平手打ちだった。

 なぜ自分をぶったのか。質問する隙さえ与えずに平手がぱぱぱぱぱん、と何度も何度も目の前を往復し、止めるためには強引に腕を押さえつけなければならなかった。

「そんなことしてる場合じゃないだろ!」

「誰が誰を好きですって、ああ? 時と場合を考えなさいよ!」

「……逆切れ?」

 アンティークの頬は紅潮していた。かたちのよい眉を吊り上げ、口元はわなわなと小刻みに揺れて、一見笑っているように見える。

「そうもなるわよ! 裏切っておいて、好きだあ? あんた、アシュアにも同じこと言ったんでしょう!」

「誤解だよ。こうやって戻ってきただろ!」

「めんどくさいなあ。お二人さん」

「ダルメシアなに? 取り込み中なんだけど」

「あと五秒で海面に激突しますよー」

「な!」

 あわててレバーを握るとアンティークの手が触れ、手の冷たさが心地よかった。いや、そんな場合じゃない!

「アンティーク、飛ぶよ?」

「……できるんでしょうね」

「そのために僕がいる」

 今まで吐いたことのないセリフだったが、本気だった。

いつからこんなに自身過剰になったのだろう? 答えは分かっている。

「やるしかない!」

 上からグルーオンが迫ってくる。下からは海面がぐんぐん大きくなってゆく。行くも引くも、猶予を待たない。歴は覚悟を決めた。

 ふたりで叫ぶ、

「飛べ、ディメンオン!」

 ディメンオンの落下は海面の寸前で止まった。

 既存の力学が根底から覆されたようにディメンオンは空中で静止し、機体の周囲の海面が一瞬で凍りついた。ゆっくりと凍り付いた海面に降り立ったディメンオンはゆっくりと一歩踏みだした。

 ディメンオンの足元からビシビシと音を立てながら、次々と氷が生成され、足場が上昇してゆく。まるでその様子は海面から「つらら」が重力を無視して猛スピードで伸びているようで、中心にいるディメンオンはどんどん高度を上げてゆく。

「まだこんな力が……!」

 行く手にはグルーオンが槍を構える姿があった。ついさっきまで腕をもがれ、腹を裂かれた相手だというのに、恐怖心を感じない。

「出ろ、六時の剣!」

 歴は叫ぶ。剣の形にするのももどかしく、ディメンオンが額から取り出したエネルギーの固まりは空間そのものを引き裂いた。極太の柱と化した六時の剣はかすっただけでグルーオンの右腕をまるごと消し飛ばしたが、致命傷には至らない。

「いけ!」

 スピードを上げる。虹色の光が見え、その中にディメンオンは手を伸ばす。伸びた手は境界線を越えると、すぐさま構造が解体されて色と形を失ってゆく。その光景を見て歴は恐れをなしたが、それも一瞬だった。波のように迫ってくる境界線に、バキバキと音を立てながら歴とアンティークのすべては解体されていった。

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