表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/63

3章 存在と認識 6


< 五月十六日 一三〇〇時 立川市 常世邸 >


 研究所の庭に出ると、アンティークの鬱屈した気分を少しは晴らしてくれた。

「買い出しなんて、秤に任せておけばいいのに」

 怪我をしている自分を放っておくなんて、歴も薄情なものだ、と思う。

 アンティークは車椅子に乗っていた。自力で歩くには危なっかしいからだ。

 後ろに立つダルメシアが「きっと美味しいものを買ってきますよ」と言った。

「何、慰めてくれてるの?」

「心のケアをしなきゃいけないなんて、人間ってめんどくさいですねー」

「歴がいなくなったからわたしが寂しいとでも思ってるのかしら」

「違うんですか?」

「ち、違うわよ。それほど私は弱い人間じゃありませんから! 寂しくなんてないんだから!」

「なるほど、お嬢はお寂しいんですね」

「寂しいなんて感情、あなたが持ってるなんて意外だわ。寂しいって、どんなことだかわかってるの?」

「形容詞。自分と心が通いあうものがなくて、満足できない状態」

 辞典から引っ張り出してきたような返事に、アンティークは渋面をみせた。

「……よく分かってるじゃない」

「お嬢様は、レキさんのことをどう思っているんですか?」

「ストレートな質問。さすがオートマータね」

「それほどでも」

「皮肉を言ってるのよ!」

「わたしはレキさんのこと好きだなあ」

「何でも自分で片付けそうだからでしょ。手間がかからないってところ」

「ばれました?」ダルメシアが頭を掻く音が聞こえた。

「それでお嬢はどうなんです?」

「どうって……レキは……えーと……」

「どうなんですか?」

 見えないが、多分ダルメシアはにやにや笑っているだろう。いや、オートマータは表情を変えることがないのをアンティークは思い出した。

「調子に乗ってたら分解するわよ」

「……分解なんてめんどくさくないですか?」

「めんどくさくなんてないわ。だってわたし、組み立て方知らないから」

 瞬間、ダルメシアの動きが止まった。

 気配すら感じさせない、完璧な静止だった。

 一人になったアンティークは考えていた。

 考えを雑にしてごまかすこともできたが、そういう気にもなれなかった。

 自分とレキの関係性。

 よくある関係としては、知人か友人か恋人。でも、なにかしっくりこない。シモベ?捕虜?いちばん近い言葉だ。

 自分が歴とキスする場面を想像すると、顔から思いきり火が出た。発熱した頭を振りながら、自分を客観的に見てみる。キスが恥ずかしいということは、

「好きなのかしら」

 そういうことなのだろうか。

 ただ、そういった関係性には限界がある。彼は別世界の人間であり、いつまでも一緒にはいられない。

 それを彼はわかっているのだろうか?

 思考を深めるように、空を見た。包帯をしているため実際には見えないのだが、うつむいているよりはよかった。気分の問題だ。

 いまさらながら、この世界に住む人たちをうらやましく思う。ここには、春というものがあるのだ。

 グレーイスでは、すべてがモノクロの世界だ。

 そんなことを思い出したのは、空気の変化を身体が感じ取ったからだ。

 風が吹いている。それも、季節に逆行するような涼風だ。

「……ダルメシア、雪が降っていないかしら」

「お嬢様」

「なに?」

「積乱雲が見えます」

 再起動したダルメシアの返事で、アンティークは今何が起こっているのかわかった。

 積乱雲は次元回廊の入口!

「……ディメンオンは?」

「動くことはできますけど」

「そう。それで、充分」

 アンティークは車椅子を後ろに蹴るようにして、立ち上がった。懐から銀色のベルを取りだして振ると、涼やかな音が空間を振動させ、アンティークを中心にして草原に微細な波紋を起こした。

 アンティークが叫ぶ。

「来るのよ、ディメンオン!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ