05 エピローグ
ウィンターは、虚空に身を投げ出していた。
特にどうという理由はなく、気づいたらそうなっていた、という感覚が近い。彼は、何も見えない、真っ暗な空間に視線を送り、ただぼーっとしていた。直前までコクピットに乗り込んでいたことなど、全く気にも留まらない。
その内、過去の自分を見返していることに気がついた。産まれた頃、学校に通っていた頃、パイロットに憧れた頃、軍に入った頃――。時は流れ、やがて思い出したくもない出来事にまでたどり着く。
お前だけでも生きろ。そう言われ、彼は敵に背を向けた。本当は自分も残りたかったのだが、誰かがこのことを伝えないといけない、お前が一番腕利きだから、と、説得されてしまったのだ。そう言った仲間の機体は、直後に火を吹いていた。
このことがあってから、「ウィンター」という名前に、別の意味が込められるようになったのだ。好き好んで仲間を捨てたわけではない、と憤りたくなったときもあったが、全てがむなしくもあった。それで、ウィンターはなにを言われようと取り合わなかったのである。
不意に、声が聞こえた気がした。そちらに目を向けて、ウィンターは目を丸くした。あの作戦の、仲間だ。しかし、どうも彼は眉間にしわを寄せているように見える。
――なんでこんなところにいるんだ。
知らない。そう返そうとしたが、言葉にならない。戸惑っていると、仲間はまた言葉を発した。
――お前には、ここはまだ早い。いいから帰れ。
なにを言うか、俺は今度こそお前を。口に出したくてもできない歯がゆさが、ウィンターをいらだたせる。それまでむっとした顔だった仲間が、不意に顔を綻ばせた。
――せっかく俺が押し出してやったんだ。向こうでもっとゆっくりしてこい。
待て、まだ話は終わってない。そう念じたが、仲間の姿は次第に遠ざかり、消えてしまった。
――お願い、返事してよぉっ!
今度は、別の声が聞こえてくる。なんだか、騒々しい。そこに懐かしさを覚え、ウィンターの意識は引き戻された。
『――落ち着いてください。パイロットのバイタル、正常値に戻りつつあります』
意識がはっきりしてから、始めに聞いたのはオペレーターの声だった。パイロットスーツから送られるデータを、向こうでしっかりモニタリングしていたのだろう。
――しかし、体のあちこちが痛い。
ウィンターは顔をしかめながら、周囲を見回した。コクピットではないようだ。風がスーツ越しに直に当たってくるし、それくらいは見なくとも分かる。眼下に遠くある大地が、少しずつ、ゆっくりと近づいてきている。また、はるか彼方の方では、あの未確認兵器が火達磨となって地に墜ちようとしていた。
『そんなの嘘よっ! 私は設計者だもん、いくらなんでもあれに〈アサルト〉が耐えられないことぐらい分かる!』
さて、これはどういうことか、と、通信を半分ほど聞き流しながら彼は思案した。何発ものミサイルが迫ってくるのが見えたとき、確かにウィンターは死を覚悟した。だが、生きている。もしや、と思い背中を見れば、緊急脱出用のパラシュートが開いていた。
――そういうことか。
あのタイミングで、〈アサルト〉はパイロットを自動で脱出させてのけたのだ。機体の性能か、はたまた誰かの意志が働いたか。
『機械が嘘をつくわけないでしょう。落ち着いてくださいよ』
『これが落ち着いていられますかっ! 貴方も見たでしょう、爆発に飲み込まれた〈アサルト〉を! 私が、私のせいで、ウィンターが……!』
なんだかやけに通信機の向こうがうるさい、と思ったが、どうもリナが大騒ぎしているようだ。
面倒だし黙って聞いていようか、とも思ったが、それはそれで耳元で怒鳴られっぱなしになりそうで、精神衛生上よろしくないだろう。
――やれやれ、相変わらず気を使ってやらないといけない奴だ。
「――あー、司令部、聞こえるか」
『えっ――』
「こちらウィンター。機体は大破したものと思われるが、脱出に成功した」
ウィンターが一声かけただけで、通信機の向こうがしん、と静まりかえった。
『……ウィンター? ウィンター、なの? ほんとに?』
ややあって、震えるような声でリナがたずねてきた。どれだけ信じられないんだ、と言いたくなるほどの様子である。
「そうだ。正真正銘、ウィンターだ」
答えると、またしばしの静寂。それから。
『……うぇ、ひっぐ、ウィンターが、生き、生きて、うぅぅ』
リナの嗚咽が、聞こえてきた。
『こ、こんなところで泣かないでくださいよ!』
通信機越しにも、周囲の者が困惑していることが分かる。
『あの、パイロットの方。お知り合いなんですよね? どうにかしてもらえませんか?』
オペレーターに突然話を振られ、思わず吹き出しそうになった。助けを乞われたところで、ウィンターは対人関係が苦手な方の人間なのだ。
「すまないが、原因が分からないので対処出来ない」
平静に答えると、ひどくため息をつかれた。
「とりあえず、迎えをよこしてくれないか。足をなくしたから、このままでは帰れない」
『足をなくしたって、けがしてるの!?』
不意に、耳元で怒鳴られたようなものだ。ウィンターは二重の意味で顔をしかめた。
「……機体がなくなったからな。俺自身は、特に部位欠損などはないが」
『あ……そ、そうだよね。ごめん』
しゅんとした様子でうなだれる、リナの顔が容易に想像できる。
「全くだ。おまけに、今回はひどい目にあった。埋め合わせをしてもらいたい」
『えっ……? う、埋め合わせって、なにを――』
戸惑っている様子のリナの声を聞きつつ、ウィンターは人知れずほくそ笑んだ。
「一食おごれ」
『……へっ?』
呆けたような返事に対し、ウィンターはヘルメットの奥、いたずらを成功させた子供のように口角を吊り上げ、彼にしてはめずらしく嬉しそうな顔をしているのであった。